新婚旅行
19年勤めた会社をやめた。
超のつくブラック企業。おまけに退職金微妙。オーナー社長超金持ち。
搾り取られてたんだよね。ぼくの心と体力と時間を徹底的に。
ずいぶんとコワイところにいたもんだと、つくづく思う。
結婚を決意するにあたり、妻と望む人生についてたくさん話し合う機会を得た。そうして気づいたのだ。ブラックサラリーマンのままでは、望む人生は手に入らない。遅ればせながら退職して、新婚当時行けなかった新婚旅行にいくことにした。
娘が6歳、息子が3才。
子どもたちに新婚旅行の計画を打ち明けようと、母に相談したところ反対された。6才や3才の子どもが承諾するワケがないだろう、と言うのだ。
でも、ぼくたち夫婦は子どもたちに隠し事をしたことがない。全て、幼い娘と息子に相談して決めてきた。ぼくたちは家族だからだ。たぶん、わかってなかったことが大半だろうけれど。それでも、自分は家族の意思決定に影響力があるのだと感じてほしかったのだ。
母の反対に、娘と息子とは信頼関係をつくってきたから大丈夫、と説明し子どもに打ち明けた。
仕事ばかりで新婚旅行にいけなかったこと。ブラック企業を退社したこと。妻とぼくとの夫婦関係が家族の心臓部であること。そしてそのために、是非とも夫婦の絆を深めたに行きたいこと。
娘が即答せず、考える時間をとったことで、同席した母が不安になり口を挟もうとしたが、子どもたちの答えを待っていてほしいと頼んだ。
沈黙の時間は長く、父と母はいても立ってもいられないようす。注文を頼んだりトイレに立ったりしている。娘と息子は、ずうっと足をぶらぶらしていた。
「ねえ? シンコンリョコーって、行かなきゃいけないの?」
唐突に娘が沈黙を破り、こう切り出したのに驚き妻と顔を見合わせた。
驚いたよ、いい質問だね。そうね、行かなきゃいけないのじゃなくて、おとーさんとおかーさんがどうしても行きたいんだ、と答えたら、
「そうか、行きたいんじゃショウガナイじゃん。行ってきなよ。」
ね、と弟の頭をなで、娘がにぃっと笑顔をみせた。
あらま信じられないわ、と母があきれた顔で妻とぼくと子どもたちを見比べていた。