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スキーインストラクター#2

スキー学校校長から、関西の私立の女子高の校外スキー学校の事前説明会があり、各インストラクターに受け持ちの生徒の名簿が渡された。一通りの段取りやスケジュール確認の後、特に気を付けるようにと云い渡された事がある。それは、決して生徒に自宅住所や電話番号などを教えないようにとのお達しだった。

毎年、インストラクターに恋焦がれて家を飛び出し、自宅へ押しかけ女房ならぬ押しかけ女子高生が発生するのだそうだ。




うふふ。やっぱりか。キタぜ。コレはキタ~っ!!!

ホイッ♪キタキタキタキタ北千住~

ゲレンデの王者ぁ~~~~♪

頭の中を、あの名曲のサビがぐるぐる回る。




いかがわしい妄想をひたすら隠し続け、キラリと爽やかな笑顔を見せつつ15人の生徒を3日間教えた。手とり足とりの熱心で辛抱強いギャグを織り交ぜた独特の指導は生徒の評判を呼び、他の班の生徒がこぞって休憩時間にスクールへ押し寄せるほどだった。隙を見てトイレで考案したサインを生徒手帳に書いてあげたりもした。更にスキー学校の校長に、オマエの指導には愛がアル、などと褒められ鼻の下がみるみる伸びていく。

そうだ。そうなのだ。この時のために講義をサボり、レポートを出さず、単位を落としてまでバイトに精をだしたのだ。血の滲むような苦労は、今、まさに報われようとしている。




最終日の夜、全生徒の前でスキーショーを披露した。ゲレンデのライトを全て消し、両手に松明を灯してトレインを組み滑り降りてゆく幻想的な演出。麓のスキー学校前は女子高生の熱気がたちこめている。ショーの最後にインストラクター仲間とジャンプ台でエアーを決めると、イベントは最高潮に達し熱狂で雪が解け始めた。

松明の炎が、生徒のうるんだ瞳で揺れている。




「てっちゃん、頼むから住所教えてえな。手紙書くから。」

「ごめんな。スクールで禁じられてるんだよ。」

「そんなあ、いじわるう、殺生やわあ。ほなら電話は?電話はええやろ?」

「ダメなんだってさ。」

「ええ? だって、だってえ。」

女泣かせな悪いオトコである。

「じゃ、せめて、一緒に写真を撮って。」

「うん、それなら大丈夫だよ。悪いな。」




イベントの後、ぼくと写真を撮るためにスキーウェアの女子高生が列をつくっていた。同僚にカメラを渡し、生徒と並ぶ。

そのときだ。あ、いけないイケナイ、と撮影を待ってもらい帽子とゴーグルをはずした。帽子とゴーグルを着けたままでは失礼というものだ。

すると、女子高生の列から声がした。

「あ、てっちゃん。帽子とゴーグルは取らんといてな。着けたままでオネガイ♡」




その晩、おそくから降り出した雪は吹雪となって、ひと晩中寂しげな音を立てて鳴いていた。♪ヒュウルリィ~ひゅうるりぃ~ららあ~、と泣いていた。

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