新しい反抗期
それは登校している時だった。私はちょっと私生活でストレスを感じていて、気分重たく通学路を歩いていたんだけど、その途中にある鈴村商店の軒下にスマホを見ながら立っているみかの姿を発見した。みかは根っからのギャルで、明るい茶髪と黒い肌が遠目からでもよくわかる。みかは視線を感じたのか、ハッと顔をあげ、私と目が合うと人懐っこい笑みを浮かべて手を振ってきた。
「さやか。おはよう」
「おはよう。どうしたの?こんなところに立ってて」
「なんでもない。それより聞いてよ。昨日、オヤジが最悪でさ」
みかは父親の文句を言いながら歩き出した。どうやら愚痴を言いたいがために私を待っていたらしい。みかは育ちのいいお嬢様。ご実家はお金持ちで、欲しいものは何でも買ってもらえて、テレビもマンガも好きなだけ楽しめる甘やかされた女の子だった。わがままだけど、それが嫌にならないくらいに明るくて友達も多い。ただそのせいで高校生になってからは刺激を求めて毎日のように街に遊びに行くようになり、週を重ねるごとに化粧と日焼けが濃くなっている気がする。お父さんにしてみれば、手塩に育てた箱入り娘がどんどんと変わっていく様子に耐えられないんだろうなと思う。そのため、親子の溝も深くなっている気がする。
みかは不機嫌な顔で父親の悪行を語ってきた。
「あのクソオヤジ、私のカバンにGPSを仕込んでたの。最悪じゃない?」
「GPS?それって監視じゃん。さすがにやり過ぎだね」
私のリアクションが良かったのか、みかは上機嫌になって顔をほころばせて、早口でまくし立ててくる。
「そうでしょう。私だって、オヤジの言動にはこれまで我慢してきたところはあったのよ。私だって、ちょっとは心配させちゃったかなって気持ちはあるもの。だけどさ、やって良いことと悪いことがあると思わない?これって、絶対にやっちゃダメなことだよね。人にはプライバシーってものがあるもの」
「でも、どうしてGPSが仕込まれているってわかったの?最新のGPSの大きさって、それこそ髪の毛くらいだって聞いたことあるけど」
「それがさ、私、昨日クラブに行ってたのね。そしたらオヤジが乗り込んできたのよ」
二つの意味で驚いた。進んでいるとは思っていたけど、みかはクラブにまで行き始めていたのか。そしてお父さんも乗り込むくらいのバイタリティーがあるなんて。あまりの衝撃に言葉をなくしてしまった感じがした。
「それはすごいね」
「でしょう。その時に一緒にいた男が好きなバンドのヴォーカルでさ、せっかく楽しくおしゃべりしてたのにオヤジが乱入してその子に説教を始めたのよ。お前はみかのなんなんだ、未成年を酒の場に連れてくるなって。別に付き合っていないし、彼に連れられてきたわけじゃないの。完璧に冤罪よ。その子がかわいそうだし、もう絶対に仲良くなれないわ。クソ、今思い出しても腹がたつ」
みかは感情的になって、歯ぎしりをしていた。
「大変だったね」
みかに対して、私はどちらかというと俯瞰的だった。彼女の気持ちはよくわかるけど、問題は「なぜ、その話を私にするのか」ということにある。みかとは仲のいいクラスメートではあるけれど、一緒に夜な夜な遊びに繰り出すマブダチではない。だから、きっと何か魂胆があると思って、その話を聞いていた。
みかは疑わない人だ。私が疑心暗鬼になっていることも察しないまま、チャーミングに笑いながら両手を合わせて、私を拝んでくる。
「だから、今、私とオヤジは最悪なの。家に帰りたくないのよ。だから私を泊めてくれない?」
「え、なんで私?」
びっくりの提案だ。予想もしていなかったお願いに戸惑っていたら、みかは押せ押せの態度で私の手を握って迫ってくる。
「だってさ、一緒に遊んでいる子のところに行ったらすぐにばれるじゃん。それにさやかのお父さんって、国の研究機関に勤める有名な研究者でしょ。だったらオヤジにばれても、さやかの家ならまあいいかってオヤジも納得すると思うんだよね」
どんな論理だ。確かにフリーターのバンドマンの家にいるよりはいいかもしれないけど、家に帰らないだけで大問題なのに。それに娘のカバンにGPSを仕込むくらいだもの、他にも娘の非行を防ぐために二の矢、三の矢を仕込んでいるに違いない。そうなると私の家族が巻き込まれる。
それに、今、私の家も大問題を抱えている。そのことだけで気分が重いのに、みかまで抱え込むとなると私の頭はストレスで破裂するだろう。
懸念が顔に出ていたようで、眉をひそめた私の顔を見てみかは不機嫌そうな顔になる。
「なによ。嫌ななの?」
「そうじゃないけど」
友達を家に泊めることに抵抗はない。実際に友達を家に泊めたことは何度かある。だけど、それもお父さんが生きていた時の話だ。家庭の事情を話せない理由があって、そのことをどう説明したものかと悩んでいると、みかがさらに私の手を強く握ってくる。あまりの強さに彼女の顔を見ると、みかの目に涙が浮かんでいた。
「ごめん、本当にお願い。私、チャラい友達はいるけど、本音で話せる友達はいないの。さやかしか頼れる人がいなくて」
涙なんて卑怯だ。感情をもろに揺さぶってくるから。これで断ると私が悪い人になるし、もしかするとみかが先導して私を仲間外れにするかもしれない。だからお嬢様は嫌いだ。
もろもろを鑑みて、私はうなずくことしかできなかった。
みかを自宅に泊める条件はいくつか提示した。まずはご両親にそのことを伝えること。色々と問題を抱える我が家にお父さんが乗り込んできたら私は対処できない。この条件でみかは渋ると思ったが、彼女は意気揚々と「わかった」と言ってすぐにお母さんに電話した。
「今日、さやかの家に泊まる。さやか、知っているでしょ。そうそう。国の研究機関の娘のさやか。うんうん。本当、本当。今、本人に代わるね」
そう言ってスマホを渡され、私は戸惑いながらお母さんと話をした。お母さんは低姿勢な人で、何度も「すみません」「ごめんね」と言いながら感謝してくる。親子関係の軋轢の深さを垣間見れた気がした。
次にあげた条件は、うちの家庭の事情を絶対に詮索せず、そして絶対に他言しないということ。今、私の家庭は複雑だ。そのことを帰宅の道中で明かせる範囲でみかに説明した。
「実は今、お母さんが実家に帰っているの」
「え、何かあったの?」
「詳しくは話せないけど、ちょっとお父さんとの関係がギクシャクしちゃって」
「ケンカ?不倫?それとも援助交際がバレた?」
考えが飛躍している。もっとも、現実はもっともぶっ飛んでいるけど。
「お父さん、実験中にちょっと事故を起こして。軽い障害があって自宅療養中。その介護でお母さん、ちょっとノイローゼで」
本当はお父さん、死んじゃったんだけど、それは国から口留めされていることだ。事実を告げることはできないので嘘にならない程度に誤魔化したのだれど、素直なみかは心底申し訳なさそうな顔になった。
「うわ、ごめん。そんな状況って知らなかった」
「うん。あまり公にできないことなの。お父さん自身は元気なんだけど、思考とか学習能力とか色々と幼児返りしている部分はあるから、それを含めてあまり詮索しないでね」
「わかったわ」
みかは神妙にうなずいた。彼女は破天荒な女の子だけど、これまでの付き合いで条件を守ってくれる信頼性はあるのだ。
「でも、その状況でよく私を泊めてくれたね」
「みかが言うなよ」
私は笑いながらそう言った。本当はみかを泊められる状況じゃないけど、きっと、私もノイローゼだったと思う。これ以上、一人でお父さんと向き合うことが難しく、誰か明るい人を連れてきて負担を軽減したかったのだろう。このことは休み時間にお父さんに電話で話して許可は得ている。最初は渋っていたけど、「友達との付き合いで泊めるのは自然なことよ。もし拒否して不審がられたら問題になるわ。それに親として娘の友達のことは気にならないの?」と聞いたら、「それはその通りだね」と笑っていたので問題はない。
「あ、あれ。さやかの家よね」
みかが指さした先に我が家がある。私の家は普通の一軒家だ。これまで家族三人が住み、それが一人減って、そしてまた一人増えたという奇妙な家族が住む家。自分の家を見るだけで気分は重いけれど、明るい友人がいるのでいつもよりはマシだった。
「さやかの家、久しぶり。小学校以来かな。楽しみ」
「あの頃となにも変わってないけどね」
そう言って私は玄関を開ける。すると私の帰宅に気づいたのか、リビングの方から足音がした。
「ああ、さやかちゃん。お帰り」
「ただいま。お父さん、この人がさっき電話で話したみかだよ」
「初めまして」
みかは行儀よく頭を下げる。見た目はギャルだけど、育ちがいいからちゃんとしている。
「よくきてくれたね。ゆっくりしていって」
私たちが靴を脱いで玄関に上がると、彼は手を叩いた。
「急に泊まるという話だったから、急いでスーパーに行ってきたよ。今日の晩御飯が何かわかるかい?」
あまりにヒントがないなと思ったが、みかは鼻をスンスンとさせて「わかった」と手をあげた。
「カレーでしょ。すごくスパイシーね」
「正解!すぐに用意はできるけど、先にお風呂に入るかい?」
「えー!すごい。至れり尽くせり」
そう言ってみかは両手を合わせ目をキラキラと輝かせて感動を表現している。よくやるよ、と人たらしの真髄を見て呆れてしまった。
みかはクルッとこちらを振り返って笑う。
「せっかくだから、お風呂に一緒に入ろうよ」
私はヤレヤレと首を振る。
「わかった。準備するから先に私の部屋に行ってて。場所はわかるわよね」
「大丈夫。それじゃあ、お邪魔します」
素直なみかは足軽くトタトタと階段を上がって二階にある私の部屋へ向かっていった。
みかがいなくなると途端に気分が重たくなる。目の前にはニコニコと笑う見た目が非常に若い男性がいるからだ。いまだに彼のことをお父さんと呼ぶのに抵抗がある。昨年、病気で亡くなったお父さんは四十後半のぽっちゃりとしたおじさんだったのだけど、半年前にやってきた目の前にいる彼は見た目は二十代後半。ほっそりとしているし、髪型も流行を捕らえていてドラマのわき役くらいはできそうな風貌をしていた。元のお父さんとはくらべものにならないのだが、顔のパーツや骨格は非常に似ている。さすが、お父さんの遺伝子から作られた人造人間だ。
彼、今のお父さんはみかが私の部屋に入ったことを確認すると声をかけてきた。
「念のために確認するけど、彼女は僕のことは知らないよね」
「人造人間ってこと?もちろん言ってないよ」
「ちなみに僕を作った彼とは面識はあるの?」
僕を作った彼とは死んだお父さんのことだ。私はなるべく小さくため息をついた。
「面識はないはずよ。国の研究所の人だってことは昔からの友達はみんな知っているかあら、そこはごまかせないけど。でも、今のお父さんが記憶障害を起こして子供っぽくなっているって説明はしている」
本当は人造人間として生まれたばかりだから知識がないだけだ。それ以外に死んだお父さんに成りすました彼を守る術はなかった。
記憶障害まで起こしていると嘘をつかれると人は怒るものだけど、彼は愉快そうに微笑んだ。
「いいね。だったら何も気にせずにいつも通りに過ごせばいいか」
「お気楽ね。私はいつバレるかヒヤヒヤしているのに」
「大丈夫だよ、普通、国が人造人間の実証実験を一般家庭で行っているなんて想像もしないよ。それに、ほら。僕は見た目は若いけれど、お父さんとそっくりに作ってあるんだ。違和感はあるかもしれないけど、もともと近所付き合いもない人だったから、全然怪しまれずに生活できているんだ。きっとみかちゃんにも気づかれないよ」
みかちゃんだなんて馴れ馴れしいな。このへんが精神的成長ができないところなんだ。
そう思うけど、指摘する気力がなくて、「そうだね」と空返事をして部屋へ向かった。いくら死んだお父さんの最後の研究だからといって、遺族にそのお守りを押し付けるなんて国もどうかしている。
死んだお父さんはクローン技術の研究者だった。若くして有名になり、けっこう偉くなったみたいで大きな一軒家に住んでいた。ただ、あまりその家には帰らず、研究所詰めの不摂生な生活と持病の悪化で昨年亡くなってしまう。色々と腹がたつお父さんだったけど、大きなお風呂を作ってくれていたことだけは感謝していた。逆に言えば、それ以外に感謝していることは少ないのだけど。
「わあ、立派なお風呂ね」
唯一の我が家の自慢をみかは喜んでくれた。彼女もお金持ちなのでお風呂も大きいはずだが、こうして持ち上げてくれるから人望があるのだろう。
みかが体を洗い、私は湯舟に浸かる。お風呂に入っている時が唯一の安らぎの時間だ。
「でも、こんなに大きなお風呂なのに掃除が行き届いているわ。ほら、シャンプーボトルも汚れてない」
「うん。お父さんが毎日掃除してくれてる。今、仕事を休んでいるから家事くらいは完璧にやりたいんだってさ」
彼が来る前は私もお母さんもズボラなので、床と湯舟くらいしか洗わずにシャンプーボトルは白く汚れていた。死んだお父さんなんてデリカシーがまったくない人だから、自分の毛が落ちていても平気だったから話にならない。彼が来たことで家の中は業者が入ったみたいに綺麗になって、ホテル住まいになった気がしていた。
「すごいわ。私の家、お手伝いさんがいるけど、ここまで綺麗じゃないもの。でも、いくらご病気になったとは言っても男の人だもの。働きたいんじゃないの?」
「うん。もう少し色々知識を増やしたら、仕事をしたいと言ってる」
「さやかはお父さんとちゃんと話せているね」
みかはそう言って私に笑いかけた。お父さんと仲が悪いから、うらやましく思ってくれているのかもしれない。ただ、実際に話してみる立場にしてみると、死んだお父さんと同じ顔をした、生まれて半年の成人男性と会話をするなんて頭がおかしくなりそうだ。
以前、彼に家事のお礼を伝えると、彼はニコニコと笑いながら「今は家事が一番の勉強だから」と答えた。
「勉強とかはしないでいいの?」
そう聞くと彼は嬉しそうに自分の頭を指さす。
「君のお父さん、僕に遺伝子を提供してくれた人だけど、彼は人工脳を作る時に大学までの必須科目の情報をインプットしてくれていたんだ。以前、共通テストを解いてみたけど満点だったよ。君が望めば、僕は君の家庭教師だってできる」
自信満々にそう言うけど、私はその提案を丁重に断った。私が必死に勉強しても成績が伸びないから、余計に腹がたったのだ。なんの苦労もせずに得た知識でなにを無邪気に誇っているんだろうか。
「そんなに優秀なら家事なんかせずに、死んだお父さんのように研究所で働きなよ」
そう言うと彼はすごく暗い顔になる。
「僕は君のお父さんのことはぜんぜん知らないんだ。目覚めていた頃には亡くなっていたしね。彼は学習能力をつけてくれたけど、それ以外のことはなにもインプットしてくれなかった。研究所に戻っても活躍はできないよ。それに彼は僕に家族を守るように指令を残している。きっと、自分が死んだあとを僕に託したんだろう。いずれは仕事をして家計を支える大黒柱になるけど、今は家で社会勉強をさせて欲しい。さやかちゃんはいつも父親が家にいて嫌だろうけど」
彼が涙ぐんでそう言うので拒否はできなかった。改めて涙はずるいと思う。
また、彼は私がお父さんと呼ばない時も涙目になる。かわいそうだから「お父さん」と呼んであげているだけだ。ただ、彼をお父さんと呼ぶたびに、死んだお父さんをないがしろにしている気になるし、お母さんは会話するもの嫌だそうで「一緒にいられない」と言って実家に戻っている。お母さんにしてみると、死んだお父さんが若返って蘇ったという感覚があるそうで気分が悪くなったらしい。
お母さんのことを思えば、彼を研究所へ追い払って家に戻れる状況を作るべきなんだけど、彼はお父さんの遺伝子で作られているし、私たちを家族と家族だと脳細胞に刻まれている。彼が人懐こくて根本が良い人だから、私も心から毛嫌いすることもできず、またお母さんも若い頃のお父さんとそっくりな彼にひどい仕打ちはできないようだ。
がんじがらめな状況に置いかれて、この半年はずっと悩まされ続けている。ずっと悩んでいるから自然と長風呂になって三キロやせたのは数少ない功名だった。
お風呂からあがり、みかと一緒にリビングに入ると私たちはエスニックの良い香りで迎えられた。
「うわ、すごい良い匂い。本格的なスパイスじゃない?」
そう言われてテーブルを見ると、すでに料理が盛り付けてあった。色とりどりのカフェのご飯みたいなおしゃれなスパイスカレーに、お豆やパプリカが入ったサラダ。そして手作りのコンソメスープまで。まるでホテルのディナーのようだ。
それを見たみかは感動を表情豊かに表現してくる。
「すごい!プロの料理みたい」
その言葉を聞いた彼は誇らしげに胸を張る。
「ありがとう。日がな一日家事をしていると凝ってしまってね」
そう言うと彼は隣り合わせに座った私たちの前に食事を置いて座る。どうやら一緒に食べたいらしい。
「先にすませても良かったのに」
私がそう言うと彼はとんでもないと手を振る。
「何を言っているんだい。家族なんだから一緒に食べるのが普通だろう。ましてや今日はさやかちゃんの友達も来ていることだし」
「そうですよね。なんでも聞いてくださいよ」
みかはテンション高くそう言った。彼女には詮索はするなと言ったけど、私のことを話すなとは言っていない。こっちも口留めしておくべきだったと後悔した。
「ありがとう。さあ、冷めてしまうから食べてよ」
「はい、いただきます」
みかはさっそくスパイスカレーを口に運ぶ。私も口にすると爽やかなスパイスの香りが弾けるように口の中に広がった。風味と辛さが舌の上で踊って、ゆっくりと消えていった。
「うん!すごい本格的」
みかが感動していると、彼も満足そうにうなずいた。
「そうでしょう。ネットで調べて、スーパーを三軒も回って材料を集めたんだよ」
彼の自慢に水を差すわけじゃないけど、呆れている私はつい口を挟んでしまう。
「すごいけど、それを食べてるのが私たちって寂しくない?」
「寂しい?いや、そんなことはないよ。僕はさやかちゃんが嬉しそうにしているのが嬉しいんだ」
真顔でそう言うんだから、こっちは調子がくるってしまう。もし実のお父さんにそんなことを言われたら、「なに言ってんの、くそジジイ」くらいは良い返してしまうだろう。
なんと言い返そうかと考えていると、みかが私の気持ちを代弁してくれた。
「でもさ、こんなに料理がおいしいから、もっと多くの人に褒められるよ。人ってなかなか褒められないものだからね。私なんてお父さんに全然褒められないもん。特技を生かして世に出て褒められたいって思うのは当然の気持ちじゃない?」
みかの指摘に彼はカレーを咀嚼しながら宙を見上げ、モグモグしてから語った。
「僕はあまり見栄を張りたいという気持ちはないんだ」
「ふうん」
そう頷くみかの表情が一瞬、引き締まった気がした。気に入らない返事だったのかなと思ったけど、みかはすぐに明るい顔になる。
「本当にさやかのことを愛しているんだね。だったら私が普段のさやかのことを教えてあげる」
みかは学校での私の様子を語り出した。彼はそれを関心を持ってうなずいて聞いている。私は嫌な気分のまま、話が盛り過ぎないように聞き続けるしかなかった。
食事が終わると、みかに電話がかかってきた。それはお父さんからの電話だったらしい。最初はケンカ腰でやり取りをしていたけれど、何度かやり取りをしているうちに「わかった。いったん帰るわ」と言って電話を切った。
「ごめん、さやか。帰ってこいってさ」
「大丈夫なの?」
「うん。とりあえず謝ってきたから。ちゃんと話をしたいんだって」
「そっか。話をするのは大切だね」
そう言ってみかは帰り支度すませ、私は玄関の外まで見送った。父には黙って出て行くことにした。帰り際にまたいらないことを言われるのが嫌だったから。
玄関を出たみかは振り返り、私の目を見て言う。
「今日はありがとう。お父さんにも良くしてもらって嬉しかったわ」
「それを聞いたら喜ぶわ」
「そうね。お父さん、さやか大好き人間みたいだし。うらやましいわ」
「そんなことはないけど」
「だけど、さやかはそうじゃないみたい」
「え?」
ビックリしてみかの目を見ると、彼女は真剣な顔で私を見つめている。
「お父さんに何か言いたいことがあるんじゃないの?最近、ずっと悩みを抱え込んでいる顔をしているし。お父さんが大変な状況だってこともわかるけど、それでも一度しっかりと自分の気持ちを話しておいた方がいいと思うよ」
まさかみかからそんな正論が飛び出すとは思わなかった。なにか言い返そうと思ったけど、言葉が出てこない。きっとそれは彼女の言うことが正しいからだ。
私はうなずいた。
「みかの言う通りね。わかった。お父さんにちゃんと自分の気持ちを伝えるわ」
「うん。良かった。それじゃあ、また学校でね」
みかは手を振って暗くなった道を歩いていく。私は手を振りながら、自分の本当の気持ちを伝えようと決心した。
部屋に戻った私は彼の部屋へ向かい、ノックをして入る。彼は調べものをしているようで、パソコンに向かってブラウザを開いていた。
「みかちゃんは帰ったのかい?」
「気づいていたの?」
「ああ」
彼はとてもテンションが低い。もしかすると私たちの会話を聞いていたのかもしれない。だったら話がしやすくて助かる。
「ねえ、ダイキさんって何が目的で作られたの?」
「もう、お父さんと呼んでくれないんだね」
「ええ」
彼は少し沈黙し、笑みを浮かべながら語り出した。
「クローン技術は医療における重要なものになる。例えば、人工の臓器を作ることで副反応がない移植をできたりするしね。そして僕は同じ技術を使い、一人の人間を作り出せるかという人類の大いなる挑戦だった。ただ法的にはクローン人間や人造人間を作ることは禁止されている。しかし、君のお父さんは法律を無視して僕を作り上げてしまったんだ。彼の目的は、君たち家族を守ること。だから僕には君たちを守るようにインプットされているし、国もせっかくできた人造人間だから社会に通用するか実験をしたかった」
「成功したら、どうなるの?」
「今のままでは人造人間は作れない。だから当面は成功しても世界は変わらないだろうね。ただ僕は学習能力があるから、政治や会社経営などで活躍できる場はあると思うよ。今回、僕を君たち家族に預けた政治家の人は、いずれは事故で亡くなったシングルマザーのために外で働く代理父のような運用もできると言っていた。道具としての使い道は多いからいずれは法改正されるだろうね」
「でも、それは人権がないってことにならない?」
「人権はないよ。僕は作られた者で、憲法に記載された日本人じゃないからね」
「そうなんだ。じゃあ、私たち家族があなたを追い出したらどうなるの?」
「わからない。おそらく、別の場所で実験が続くと思うけど、僕は君たちを守るように指令を受けているから。さやかちゃんは僕が嫌いかい?」
私は息を吸い込んで、覚悟を決めて彼に言った。
「好きよ。だけど、家族じゃないわ」
「そうか。わかった」
彼は寂しそうにうなずいた。
みかは帰りの途中で父親に電話をかけた。
「あ、パパ?今、さやかのお父さんに会ってきたよ」
「おう。無理を言って悪かったな。どうだった」
「話した感じは全然普通だったよ。ちょっと子供っぽいところはあったけど、それが逆にかわいかった。さやかともちゃんとコミュニケーション取ってるみたいだし」
「ほう、そうか。彼はまだ生まれて半年もたっていない。それなのにみかが普通だと言うのなら成長は順調だな」
「人造人間計画だっけ。私は次の段階に進んでいいんじゃないかな。たぶん彼は社会経験を積めば、もっと成長するよ。接客業なんていいじゃないかな。対人関係のスキルは絶対実践の方が伸びるって」
「確かにそうだな」
「ねえ。カレー屋に勤めさせてよ。さやかのお父さんが作るカレーがすごくおいしいの。私としてはカレーの技術を伸ばしてさ、カレー屋さんを開いて欲しいな。そうしたらパパと一緒に行きたいな」
「おいおい。お前はいつ反抗期を迎えるんだよ」
「え?反抗期?パパ、古い。今どき無意味に親に反抗するなんてダサいじゃん。パパとはもっと良い友達親子になりたいなりたいな」
「何を言ってるんだ。俺は古き良き鬼オヤジだぞ」
「あはは、パパ、照れてる。じゃあ、すぐに帰るね。バイバイ」
みかはそう言って電話を切ると、スキップをしながら帰路についた。