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新しいものはちゃんと入ってくるけれど、それを維持できる人はどの分野にもいないの
なんだ、よくわかってるじゃないか。
ぼくは素直にそう思った。
この国の人たちはよく「楽しんでね!」という。本当に良く言う。日本人が「頑張ってね」というのと同じくらい言う。使い方も同じ場面。
初対面での定番の会話は、どこから来たのか、いつ来たのか。それを言うと、きまって「How do you like St.Vincent so far?」(セントビンセントはどんな感じ?気に入ってる?)という質問が来る。まるで台本でもあるように。
この日も、ミセスアダムスに対し、ぼくはいつもの如く、何の印象にも残らない退屈なルーティーンのような初めましての会話を執り行った。
ぼくはいつも、目の前の人がどのくらい真剣な話をしたいのかを探りながら話している。
たいていの場合、言い方は悪いけれど、さっきのような社交辞令の、こう言っておけば君らは喜ぶんだろ?というような受け答えをしている。
ー どうしてわざわざこんなところに来ようと思ったの?
定番だ。何度も聞かれてきた。ぼくはいつも決まって、恵まれないコミュニティのために何かしたいんだと言う。これは本当。ここにウソはない。ぼくはラッキーでここまで来ているという自負がある。
けれど、世の中にはそのラッキーを享受できない人が驚くほどたくさんいる。それを努力が足りないからだと厳しいことを言う人もいるけれど、それは努力ができる環境で、その努力を評価してくれる環境で育ったから。そういう環境で生まれたラッキーがそうさせている。決して自分の力だけではない、と思っている。
それは多くの場合、先進国のことであって、豊かなコミュニティ内でのことだ。
そういう環境に生まれなかった人たちの人生というのはぼくたちのそれよりも難易度は上がる。それはフェアじゃない。どこに生まれようと機会を求める人には機会が与えられる世の中になってほしい。
そしてそれは十分可能なはずだと考えているから、ここにいるわけだ。
貧困解決だとか格差是正という大きなテーマの中で活動している。
ー それは…すごいなぁ。でも大変だね、ほら、この国はすべてが遅いから。なかなか物事が進まないの。すべてにおいてね。知ってる?この国の学校のトイレ、ほぼ水がでないのよ。どの学校もよ。ジョージタウンの学校だけよ、きちんと水が流れるようになったのは。変でしょ?iPhoneはあるのにトイレの水は流れないのよ。おかしな話でしょ?でもそれが現実よ。新しいものはちゃんと入ってくるけれど、それを維持できる人が誰もいないの、どの分野でもね。
期せずして真剣な話になった。
ミセスアダムスはぼくが感じていたことそのままオブラートに包むことなく言い放った。ちゃんとダメなところをわかってるじゃないかと感心した。
完全にその通りだ。
この国の人たちが怠け者なわけではない、決して。けれど、まじめの定義がぼくたちと少し違う。
例えば、この国は暑いから始業の時間が8時であることが多い。終わりは3時ないし4時だ。まじめに一生懸命働いているかというとそんなことはない。
ただ、時間通りに出社する、というだけ。
おしゃべりに熱心で、口は動いても手が動かないなんてことはよくある。そして、めんどくさいことは後回しにしがちで、それはたいていの場合重要なことなので話は延々と進まない。
早めにその日の作業が終わっても、明日の分をちょっと取り組むなんてことは絶対にしない。絶対だ。
学校の先生であっても、授業はやらない。時間通りに始まらないなんてのはザラで、なんだったら職員室で酒を飲んでいたりする。なぜかって?ある先生の誕生日だからパーティーなのだ。平日でバリバリ授業あるんだけどね。
そのいう光景を見聞きすると、ぼくらの価値観からはどうしてもなんと愚かな人たちなんだろうと感じざるを得ない。嫌悪感を抱くかもしれない。
しかし、彼らの価値観からすると仕事への責任感や大きな目標に向かっての自己犠牲と言ったものよりも、自分の人生、”今”を楽しむことの方がプライオリティが高いだけのことなのだ。
しかし、その価値観の弊害として仕事のクオリティは下がるし、新しく入ってきた技術も1から体系的に学ぼうとする人が少ないために上っ面の理解だけになり、一度故障するともうお手上げということになる。
そして学ぼうする稀有な人は正当な評価を求めて国外に出てしまうという悪循環の中にこの国はある。
ー 2年間この国で過ごす覚悟はできた?私は、私には1年でも長すぎた…
来月帰国する、台湾人ボランティアがボソッとぼくにつぶやいた。
壁を押して1歩進んで、一息ついたら壁に押し戻されて3歩後退するような仕事とこの国のビーチ以外の娯楽のなさに疲れ果てていた。
バーンアウト、燃え尽き症候群という言葉が頭をよぎる。
明日は我が身だ。
満点のビーチと太陽の下でも心は晴れない。
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