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仲間をつくり、物事を動かすための交渉講座

あなたが新しいプロジェクトをはじめようとするとき、就職活動をするとき、恋人との旅行の行き先を決めるとき、今夜の献立を家族と相談するとき……もしそこに2人以上の人間がいて、その意思決定のすり合わせが必要になるとき、そこでは常に「交渉」が行われています。

交渉とは一般的に「利害が一致しない当事者間の利害の調整・合意形成」などと定義されます。
冒頭で述べたように、この定義から言えば、交渉は生活のあらゆる場面ですでに行われています。
一方、「交渉」という言葉に、「口が上手いひとにやり込められる」「駆け引きの勝負である」といったネガティヴな印象を抱く人も多いかもしれません。

しかし、本来の交渉は、利害を調整し、当事者全員にメリットがある解決策を見つける創造的なコミュニケーションです。

ここでは、本来の交渉について、その基本的な概念と戦術を紹介します。
人生のさまざまな場面で、仲間をつくり、変革を起こしていくための武器として、交渉を使いこなすための方法を学んでいただければと思います。

1.相手の利害に注目する

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交渉において、達成されるべき目的は「利害調整による合意形成」です。
そのため、まず注目すべきなのは、交渉当事者である相手と自分の利害は何なのか?という点です。
なかでも、特に重要となるのは、相手の立場になって相手の利害を考えることです。

「上手く自分の言い分を通すようにするのが交渉なのでは?」という誤解が多いのですが、自分の立場や利害のみを主張しても、その自分の言い分が、相手にとって利益になるものでなければ、交渉は上手く行かないでしょう。

そのため、交渉においてまず第一に考えるべきことは、自分の立場ではなく、相手の利害は何なのか?ということになります。

2.交渉の2つのタイプ

こうした利害調整の観点から、交渉は「配分型交渉」と「統合型交渉」の2つに分類することができます。それぞれ説明していきます

①配分型交渉
配分型交渉は、いわゆるゼロ・サム・ゲーム型の交渉です。
例えば、3個のケーキを姉妹2人で分け合う時、姉が1個取れば、妹は2個ですし、妹が2個取れば姉は1個になります(1個を半分にして1.5個ずつが平和的ですね)。

ビジネスの例なら
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デザイナー(D)「ご依頼いただいたチラシ制作の見積、10万円になります」
クライアント(C)「今回はあまり予算がなくて……5万円にならない?」
D「5万円ですか……それはさすがに……」
といった価格(のみ)の交渉も配分型交渉と言えます。
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このように、どちらかの取り分が増えれば(得をすれば)、もう一方の取り分が減る(損をする)、というのが配分型交渉です。

②統合型交渉
一方、統合型交渉は、さまざまな交渉事項について、統合的に交渉するタイプの交渉です。
と、書いてもわかりにくいので、具体例を見ていきましょう。

先程、例に出したチラシ制作では、価格のみに着目した交渉が行われていました。
これに例えば、納期と作業量という交渉事項が加わったと仮定します。
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C「さっきのチラシ、ちなみに第一稿は来週中にお願いしたいんだけど……」
D「来週中ですか!?それはなんとも……それなら特急料金いただきたいくらいです」
C「いや、ただ表面のデザインは前回のままでいいんだ。裏面の情報の差し替えとレイアウト調整してもらえれば。差し替え原稿はこっちで作ってあるし」
D「前回のデザイン流用して、ですか。うーん、まあそれなら。ただ、どちらにしろ急ぎ対応なので、ちょっと予算も再考してもらえると……」
C「わかった。納期がマストだから、予算はちょっと上にもう一度確認してみるよ」
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実はこの交渉では、価格だけでなく、納期や作業量など複数の交渉事項が含まれていることがわかりました。
このように、複数の交渉事項があり、当事者間での重み付け(優先事項)が異なる交渉を統合型交渉と呼びます。
こうした交渉であれば、例えばこの例では、クライアント側が重視するのは納期であり、デザイナー側が重視するのは予算であることがわかり、それぞれにとってメリットがあるよう、交渉が展開されています。

このように、交渉事項が増えると、取引の可能性が生まれます。
配分型交渉では、交渉事項が一つしかないため、どうしてもWin-Loseになりやすく、議論が平行線になりがちです。
一方、統合型交渉では、それぞれにとって価値の異なる交渉事項があるため、Win-Winの決着をめざしやすくなります。

配分型交渉が行き詰まったときは、自分と相手の利害をさまざまな角度から再検討し、隠れた交渉事項がないかを見つけ、配分型交渉から統合型交渉への転換を図ることによって、解決できることがあります。

3.交渉の基本戦術①BATNA

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交渉の考え方として、2つのタイプがあることを見てきました。
ここからは、交渉の最も基本であり、最も重要な戦術である「BATNA」についてご紹介します。

BATNAとは
BATNA(Best Alternative To a Negotiated Agreement)とは、「交渉に合意しない時の最適な代替案」のことを言います。

具体例を挙げてみましょう。
あなたは新しい自転車の購入を検討中です。
まず、ほしいモデルについて、インターネットで調べてみたところ、最も安いショップなら、8万円で購入できることがわかりました。
また、家の近所に「坂道サイクル」という自転車店があったので見に行ったところ、価格は10万円でした。

ここで、坂道サイクルで価格交渉をしようとした時、BATNAは「インターネットショップにて8万円で購入する」ということになります。

BATNAの強さ≒交渉力
交渉において、BATNAは交渉力の強さそのものと言っても過言ではありません。
よいBATNAが手札にあれば、「まあ、この交渉がダメでも、代替案があるしな」と思えるため、交渉時の余裕にもつながります。
このBATNAは、交渉が始まってしまったら変えたり、増やしたりすることができません。
そのため、情報収集を行うなどの事前準備をして、よいBATNAを携えて交渉に臨むことが重要になります。

ただ、ここで留意点が一つ。
BATNAは交渉時に決して悟られてはなりません。
先程の自転車の例で言えば、あなたのほしいモデルが坂道サイクルでは売れ行き不調であり、最大3割引の7万円でも売りたい、と店主が考えているかもしれません。
この時に、あなたのBATNAが8万円だとわかってしまえば、店主としては8万円より安い価格を提示するメリットはなくなり、どう交渉しても7万円で購入することはできなくなってしまうでしょう。

ZOPA
BATNAに関連して、ZOPA(Zone Of Possible Agreement)をあわせてご紹介します。
ZOPAは「相手と自分が合意できる範囲」のことを言います。
これはつまり、相手のBATNAと自分のBATNAの重なる範囲を指し、交渉の落とし所はこのZOPAの範囲内になります。

先程の自転車の例で言えば、あなたのBATNAは8万円以内で買うこと、店主のBATNAは7万円以上で売ること、なので、7〜8万円の間がZOPAになるわけです。

4.交渉の基本戦術②アンカリング

続いて、もう一つ、交渉の基本的な戦術であるアンカリングをご紹介します。
アンカリングとは、「最初に提示する条件によって、相手の認識をコントロールすること」です。

このアンカリングは日常のさまざまなところで浸透しています。
例えば、家電量販店に行けば、メーカー希望小売価格に訂正線が引かれてその下に実際の価格が書かれているのをよく見るのではないでしょうか。あれもアンカリングの一種です。

アンカリングは、交渉に大きな効果があることがわかっています。
不動産取引の研究等でも、まずはじめに「◯◯円以上で売りたい」と言われてしまうと、プロであってもその価格に引きずられてしまうそうです。

僕自身、「家賃7万円、敷金・礼金各1カ月分」というアパートを借りる時、とりあえず「家賃6万円、礼金なしなら即決します」などと言ってみるところから交渉をはじめますが、これも最初の提示条件の家賃7万円に引きずられている、とも言えるでしょう。

5.非合理的な人との交渉

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ここまで、交渉の基本戦術について、BATNAとアンカリングを紹介してきました。
ただし、これらの戦術は、原則として「合理的な判断をして、合意形成ができる」相手の場合にしか効果が薄い、という限界があります。

一方、交渉においては、相手が損得勘定で合理的に判断を下さない、非合理的な人と交渉しなければならない場面も生じるでしょう(その方が多い?)。
しかし、相手がどれだけ非合理的であっても、大事なのはその交渉によってどれだけ実りのある合意を得られるか、ということです。

瀧本(2012)によれば「非合理的な人」は次の6つのタイプに分けられます。

①価値理解と共感を求める人
②ラポールを重視する人
③自律的決定にこだわる人
④重要感を重んじる人
⑤ランク主義者の人
⑥動物的な反応をする人

それぞれのタイプ別の対処法を押さえておけば、非合理的な人との交渉の大半に対応できるようになるはずです。

①価値理解と共感を求める人
損得勘定よりも、自分自身の価値観を大切にするタイプです。
このとき最も悪手なのは、相手の価値観を変えようとすることです。
まずは相手の話をよく聞き、相手の価値観を理解に努め、共感することが大切になります。

②ラポールを重視する人
相手とのラポール(つながり・信頼)の形成を大切にするタイプです。
この場合、一朝一夕に信頼をつくるのは簡単なことでありませんが、ちょっとした工夫で信頼を積み重ねていくことが大切になります。
例えば、出身地や趣味など共通の話題を探る、スモールギフトを贈る...etc
人には、他人から何らかをもらうとお返しをしなければならないという感情を抱く「返報性の原理」があります。
これは「好意」についてもあてはまります。やりすぎない程度に、まずは高のタイプの人とは信頼関係を築くことを重視するとよいでしょう。

③自律的決定にこだわる人
答えの正しさよりも「自分で決めた」ことを大切にするタイプです。
この場合は、例えまったく同じ結論に至るとしても、答えを自分から伝えるのではなく、判断材料などを提示して、相手に判断・決定してもらうことが重要になります。

④重要感を重んじる人
自分のことを重んじて、大切に扱ってくれているかどうかを重視するタイプです。
この場合は、何よりも相手を尊重し、丁寧に接することが重要になります。
口だけの表面的な態度は見透かされますので、心から敬意を払った対応をするとよいでしょう。
連絡の反応速度や、事前の根回しなどを重んじるタイプでもありますので、そのあたりをきっちり対応することが肝要です。

⑤ランク主義者の人
相手を地位や肩書、年齢などで判断するタイプです。
この場合、相手が認めるランク(役職や年齢かもしれませんし、出身大学かもしれません)のメンバーを交渉に引き入れるのがよいでしょう。

⑥動物的な反応をする人
感情をむき出しにしたり、その日の機嫌によって判断が変わってしまうタイプです。
この場合は、その傾向を逆手に取って、交渉中の相手の気分を盛り上げること、相手の機嫌のよいときに交渉を行うことが重要になります。

6.交渉のプロセス

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ここまで、交渉の基本的な考え方、合理的な人との交渉戦術、非合理的な人への対処法を整理してきました。
最後に、交渉を実際に行うときの流れについて、「交渉の5段階プロセスモデル」をご紹介します。

①メタ判断
そもそもこの交渉を行う必要があるのか?交渉の目的は何か?重要な交渉なのか?を判断します。
場合によっては「交渉しない」ことがよいこともあるかもしれません。

②戦略プラン
自分と相手の利害を分析し、また情報収集により自分のBATNAを用意します。
この段階での事前準備が交渉の8割と言っても過言ではありません。

③実行プラン
交渉の時間、場所などのロジスティクスを設定します。
このときも、実際の交渉が円滑に、また自分にとって優位に進めやすいような準備を行います(例えば、シリコンバレーのITベンチャーとの交渉で、ラポールを築きたいのなら、スーツにネクタイで行くのは得策ではないかもしれません)。

④実際の交渉
実際の相手との交渉です。
事前準備がきちんとできていれば、相手の利害を聞き出せるよう積極的なリスニングをし、利害調整が図れるでしょう。

⑤評価・学習
交渉のプロセスと結果を評価し、次の交渉に活かしましょう。

おわりに

交渉は、何か物事を動かしていくときには、必ず求められます。
ただし、本来の交渉は、短期的な利益を求めて駆け引きをするものではなく、長期的な協力関係を構築するために、双方が利益を得られる合意形成を図るものです。

どんな相手とも、対等な立場で、交渉によって合意形成を結んでいくことができれば、一人では動かせない物事も、きっと動かしていけることでしょう。

ここまで読んでくれたあなたの交渉が、あなたの人生を切り拓いてくれることを願って。

参考文献

・印南一路『交渉学が君たちの人生を変える』,大和書房,2018
・瀧本哲史『武器としての交渉思考』,星海社,2012
・フィッシャー&ユーリー『ハーバード流交渉術』(金山宣夫・浅井和子訳),三笠書房,1990
・松浦正浩『実践!交渉学』,筑摩書房,2010

Photo by Christina @ wocintechchat.com, Christine Ro, Joanna Kosinska, Icons8 Team, Lindsay Henwood on Unsplash

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