安らかな世界
冷凍冬眠制度が自由化され、人類は飛躍的に長命になった。長い眠り、つまり仮死状態である時間も実年齢に数えると、という意味であるが。
冬眠していない期間の合計、つまり本来の寿命も延びた。冷凍冬眠を施すことで治療困難な病の進行を食い止め、移植のチャンスや有効な治療法の開発を待つことが出来たからだ。
人口増ゆえの食糧問題が深刻化していたこともあり、冷凍冬眠は奨励された。「果報は寝て待て」という故事が、冗談半分本気半分で囁かれた。
しかし人間の応用力はあらゆることに発揮されるものだ。社会生活に困難を感じる人々が冬眠に逃げ場を求めるようになり、一気に社会問題化した。当初はむしろ自殺者を減らす有効な手段だと見なされたりもしたが、その数は次第に増え、時の政府もこれは人的資源の損失だと気づく。
一度冷凍冬眠に入ってしまうと、強制的に覚醒させることは難しい。調理の際、生肉の解凍は低い温度で徐々に行わないと鮮度を損ねるという、それと同じ理屈である。心身に危険を及ぼす恐れがあるため、犯罪者などでない限り、外部の人間はたとえ関係者であろうと手出しが出来ない。小さなイザコザや借金、人間関係のストレスから逃れるのには格好の手段だった。ただし追っ手も冬眠し、時間を超えて追いかけるという荒技も生まれたので、完全な逃避とはなりえなかった。
誰もが問題解決を避け文字通り目を閉じてしまえば、たちまち社会は崩壊してしまう。各国は急きょ人工冬眠に関する法整備をはかり、安易な冬眠は認められなくなった。しかしその頃にはすでに冷凍冬眠技術が民間に拡まっており、申請せずとも大金を積めば誰でも利用できるまでになっていた。
政府の努力も効をなさず利用者は増え続けた。
平均寿命の三割以上を冬眠期間が占める時代になると、逃避と責められた行為も常識化される。低エネルギー低コストで人工冬眠を維持できる技術が進み、冬眠によって食糧不足の問題も解消されつつあったため、社会自体が冬眠に依存するようになったと言える。
長期冬眠から目覚めた者たちは、期待していた未来の侘しさに失望し、怖じ気づき、再入眠を希望する者がほとんどだった。また、それを管理するべき側の人間も孤独に耐えられなかった。子供が真夜中に目覚めたときのあの寂寞感を年中抱えていれば、生きるのは無意味だと考えるのも無理はない。入眠・覚醒の自動化が可能になると、ほぼ全員が自らも冬眠することを選んだ。彼らの家族や友人や、まだ見ぬ世界中の人々と同じように。
そうして時は経ち、すべての人が眠りについた。誰ひとり目覚めることを望まない、永遠の夜が訪れた。