謎の球体
実家の洗面台横の棚の中には下着が入っているはずだ。すこし塗装のはげた銀色の取っ手を掴む。
中を改めたその瞬間、「母は死ぬのだ」とその時わかった。
母はいつもパンツを球体にしている。
ちょうど手に収まるくらいのサイズだ。
私はそのようなことをしないし、できなかった。
なにより、考えてみてもあまり意図が分からない。
言ってみれば、実家らしさというのがこの球体パンツなのだ。この特産工芸品こそが実家でのみ目にできる。
私には謎として映るその球体が、完璧に整理されている。どこにどの球体があるのかさえ、一目でわかる。全てのパンツに、指定席があるのだ。
これ以上はない。
この状態が最善であり、もし私がどう整理したら良いのか分からなくなっても、これをモデルにすれば良いのだ。この時、そう理解した。
だから母は死ぬのだとわかった。母はすべてをここに遺したらしい。
謎の球体群という作品がついに完成してしまったことで、その球体を謎たらしめていた人物に2度と触れることができなくなる。
涙と鼻水で溢れているこの顔を見て、リビングでくつろぐ母は言った。
「母が死ぬ夢でも見た?」
母がどんな顔で言ったのか、見えなかった。
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