20:頭で考え続ける限り苦しみは続く
今回は短いですが、「頭で考え続ける限り苦しみは続く」という、前回の続きというか補足というか具体例みたいなものです。
火に油を注ぐ
例えば、あなたが包丁で手を切った、車で自損事故を起こした、失言して職場の同僚や家族ナド身近な人を怒らせた等、何かやらかしてしまった場合、どうなるでしょうか?
前回の腰を捻った例と同じく、「あんなことしなきゃよかった」という後悔、および「これからどうなるんだろう」という不安、大まかにいえばこの「過去に対する後悔」「未来に対する不安」の2つが、頭の大部分を占めることでしょう。
そこで、今までの記事を読んできた人なら、
「そうだ!『苦しみから解放される方法』という、ノーベル文学賞モノの素晴らしい記事で読んだことある!」
「この思考は自分じゃないんだ!」
「苦しみと向き合えば苦しみが消えるんだ!」
「後悔や不安なんていう過去や未来は存在しないんだ!あるのは『今』だけなんだ!」
「ああ気持ちいい!シンボラー!(マジックガード)」などと考え、
「『今』と向き合い受け入れるぞ!」「この不安や後悔は幻なんだ!」「自分の思考を観察するぞ~」などとやるのですが、
後悔と不安はそのままで消えることなく、相変わらず苦しみ続けることになります。
これは一体どういうことなのでしょうか?
理由は簡単で、本人は今まで書いてきたことを読んで実践してるつもりなのだけど、実のところ思考レベルでアレコレ考えてこねくり回しているだけだから、でございます。
つまり、思考が苦しみの原因であるのに、その原因である思考でもってどうにかしようとしている、
思考という火に対してさらに思考という燃料を注いでるから、苦しみなんて消えないのであります。
思考や言葉を通じてしか表現や伝達できない
そんなわけで、悟り系で効果がないのは、上で述べた通り、「思考止まり」「思考の檻の中のまま」だからです。
引き寄せの法則ならば思考や感情の次元止まりの話なので、たとえ効果がなくても「それはあなたが真剣にそれを望んでいないからです」「それはあなたの信仰心が足りないからです」「なのでこのキラキラ引き寄せセミナーに参加しましょう(迫真)」で済む話だから良いのですが(いいのかよ)、一体どうしてこんなことになってしまうのでしょうか?
それはひとえに、
悟り、気付きというのは思考を超えたもの
ただ、それを表現したり伝達したりする手段は、思考や言葉だけ
という、四次元空間を三次元空間で表現するのと同じような現象が起きているから。
人間は思考や言語でしか情報を得たり理解できないため、誰もがまずはこの段階を踏まなければならないのですが、
そこから思考や言語といった「形」を超えられる人
超えられずに「形」の檻に閉じ込められ続ける人
この2つに分かれるのであります。
だから、これらに気付くまで苦しみ続ける必要があったんですね。
今回はここまで。
オポノポノぉ^~(ワイキキな挨拶)