ダイアログインタビュー ~市井の人~ 岩井哲也さん 「エネルギーと恩のやり取り」 3

◎お客さんに勇気づけられた再始動

――正直に言うと、「みそ漬け処 香の蔵」には、「売ろう売ろう」という商売っ気は無いなと感じるんです(笑)。

岩井 うんうんそうなんです。売り上げって(客数)×(客単価)でしかないんですね。他には何もないので、売り上げを増やすには客数を増やすか客単価を増やすかしかないんです。接客をしながら「これはいかがですか?あれもいかがですか?」と上積みしている商法もありますね。でも、うちとしてはそんな「売れ売れ」「買え買え」という商法は取らない。うちを気に入ったお客さんに来ていただいて、そのお客さんがまた別のお客さんを呼んでくれたりとか、知り合いの方にうちの商品を送ってくれたりとか、そういう営業スタイルで行こうよという意識でやってます。なんで、商売っ気は無いかも知れません。商売っ気は敢えて出さないようにしてます。出そうになるんですけどね(笑)。

――その感じがここの地域性と合ってる感じがするんですよ。そんな雰囲気は、関東から来た人間である私からすると「これで良いの?」と思いつつ(笑)、心地良かったりするんです。

岩井 なるほどね。関東の方は家賃も高いですし、販売ノルマも厳しくしなきゃなんないですからね。うちもノルマはありますけど、ゆる~いですしぬる~いです。スタッフに「何で売れないんだ!」なんて事を言った事は一回も無いですね。でも、商品のこだわりだったり、お勧めの食べ方といった事の伝え方はしっかり従業員に伝えますよ。コンビニやファーストフード店みたいな定型的な接客ではダメだよという話はしています。コンビニやファーストフード店だってお客さんはある程度のサービスを提供してもらえるという期待を持って来るわけですけど、うちは食べ方の提案だったりとか、他の付加価値だったりとか、期待をわずかに超えた形のものをお客さんに伝えようよという事はスタッフに話してます。

――「みそ漬処 香の蔵」でたまに買い物させてもらいますけど、あそこで買い物すると、家帰って食うのが楽しみだったりするんです(笑)。ここの地元の人も多分そうなんでしょうけど、あそこで買った漬物って、ちょっと高級でスペシャルな感じはするんです。

岩井 それは良いですね(笑)。うちの商品って、スーパーで売っているものと比べると割高にはなってますけど、それには付加価値が乗ってるからなんですね。良い材料を使ったり、手間がかかっていたり。そこでぶつかってしまうと価格競争になってしまうので、価格競争にならないところで勝負しようっていう。

――大手のメーカーの商品と比べて、より「家庭の味」という感じがあって、工夫が感じられますね。「お値打ち感」があります。そこに値段以外の高級な感じがあるんです。「みそ漬処 香の蔵」を利用する人は、私以外の人もそう感じてるんじゃないかと思いますよ。

岩井 なるほどなるほど。確かな情報じゃないですけど、うち、東北で一番大きな漬物屋なんです(データの確認は出来ず)。

――へぇ~(笑)。

岩井 「へぇ~」でしょ(笑)。私の情報が確かならですけどね。

――とはいえ、まだまだ東北だけでも市場はありそうですね(「みそ漬処 香の蔵」は、南相馬市鹿島区以外に、福島市のエスパル福島店と仙台市のエスパル仙台店がある。それ以外には、店舗という形ではないが、東京にある福島県のアンテナショップや、福島県内の道の駅の一部店舗に商品を卸している。それに加えてネット販売を行っている)。

岩井 そうですね。今狙ってるのは郡山です。福島市には販売拠点が出来たんですけど、郡山には販売拠点が無いんですね。だから郡山には拠点を置きたいです。それと、仙台のエスパルには出店しましたんで、後は仙台の長町、泉かなぁ。いわきにも四倉には出たんで、後は平、小名浜、湯本あたりにもう一か所くらい欲しいななんて思ったりして。そうして東北に盤石の体制が作れたら、「ゆくゆくは関東進出も良いな!」なんて慾はあるんです。「福島県から出てきました」みたいな感じで。

――なるほどね。震災の影響で売り上げが落ち込んだという話はさっきもありましたけど、売り上げ減のタガが外れた感じはあります?

岩井 う~ん、「みそ漬処 香の蔵」のお店としては、年間1億2000万円くらいの売り上げがあるんですけど、震災後に営業再開したときに社長から「年間売り上げはどのくらいになるんだ?」と聞かれて、「そりゃ分かんないよね」という感じでした(笑)。結果震災の年は年間1億円を少し割り込むくらいの売り上げになったんですけど、1億2000万円が1億円になった程度で済んだんですね。何でその程度の売り上げ減で済んだかというと、私の頑張りなんかじゃないんです。お客さんの応援のメッセージと応援のお買い物が、物っ凄く多かったんですよ。思わず泣いちゃった事もあったくらい凄かったです。

――どんなメッセージがあったんですか?

岩井 「頑張って安心安全なものを提供し続けてくれ。こっちはそれを信じて応援し続けるから」という内容だったり。今でもそうしたメッセージは取ってありますよ。あれがあったから、復活に向けての手応えはありました。そうは言っても、4月4日に再開した直後は自衛隊や警察関係者がトイレを借りに来るくらいしか来店が無かったんで、「こりゃマズいな」と思ったわけです。そこで、福島県内の民放TV局各局に「南相馬で「みそ漬処 香の蔵」営業再開しました」という情報をFAXしたんです。TVでテロップが流れるまで各局にFAXを送り続けました。すると少しづつ「営業再開したんだね」「うちに品物を送ってもらって良いですよ」なんて電話が入り始めて、お客さんも少しづつ戻ってきて…という感じでしたね。再開した当初は来店も少なかったんですけど、1か月2か月くらいして、周りの避難した人もちょっとづつ戻ってきてましたし、それによって徐々に来店も増えてきましたね。他に開いているお店が無かったからかも知れませんが(笑)。

――私が初めて南相馬に来たのが、震災からだいたい3週間後の4月3日だったんです。その頃はまだ市内ではコンビニも営業再開していなくて。次の日から鹿島のコンビニが営業再開するという情報があって、「南相馬でもコンビニが復活する!」という話題で持ちきりになってました。

岩井 私、新潟に避難してて、3月25日に帰ってきたんですけど、二本松のインターチェンジを降りてすぐのところにあるスーパーで、米やら水やら他の食料やらを買いあさって南相馬に来て過ごしてましたね。帰ってくる時には南相馬の情報は全然無かったんで。でも、野菜が食べられなくて困りました。その日一日食べた野菜が、カップラーメンに入ってるかやくのネギだけだったり(苦笑)。

◎風評被害との闘い

――当時南相馬市内で開いていたスーパーは2店舗くらいしか無かったですしね。私が初めて南相馬に来た時、相馬の国道115号線経由で来たんですよ。だから相馬の、大型商業施設やホームセンターがある賑やかな辺りを通ってきたんです。その日は日曜日でしてね。買い物客もかなり出ていたんです。今にして思えば、他に買い物が出来る場所が無かったから、みんなが隣町の相馬に集まってたのかも知れませんけど。でも、賑わっていたのは確かです。それが、相馬を過ぎて南相馬に入った瞬間に街が静まり返ってましてね。その空気の違いに驚いた覚えがあります。

岩井 相馬は避難指示も出てなかったですし、補償も無かったので、「可哀想だな」と思ったところはありましたけど(相馬市は福島第一原発から40km以上離れていて、避難指示も屋内待機の指示も出ていなかった)、その分自分たちで何とかしなくちゃと行動していたし、だから街の機能が戻るのも早かったですよね。南相馬は「貰えるもんは貰っとかないと」とかやってるうちに、ちょっと復興のスタートが遅れたような気もします。

――農業の復興も向こうは少し早かったようですね。風評被害という事では、相馬も色々言われてるんでしょうけど。

岩井 やっぱ今も風評とは戦ってますよ。営業再開した頃は酷かったです。問い合わせの電話も「本当に大丈夫なのか?」という内容だったり、注文キャンセルや返品の電話だったり、「隣にあげようと思って買ったんだけど、「要らない」って言われちゃった。どうしよう?」みたいな話だったり。後、催事の出張販売で行っても、どこから来てるのかと訊かれ「南相馬です」と答えると、「え~!」みたいな感じで立ち去られるとか。昨日一昨日と、鹿島の「セデッテかしま(2015年4月25日にオープンした、鹿島区内にある常磐道のサービスエリアの物販施設)」で試食販売をしてきたんです。ウチで今年のゴールデンウィークから発売した、浜めししらす生姜」という商品の、試食をしてもらおうと思って。で、お客さんの中には「これ、どこで獲れたしらす?」と訊いてくる人がいて、相馬で獲れたしらすを使ってますと答えたら「試食なんて要りません!」と言っていなくなる人がいました。まだそういう人がいるのが現状なんです。しらすと刻んだ生姜がしょうゆ漬けになってる商品で、ご飯が進むんですよこれが。うちの新商品で、評判はとても良いんです。販売に関しても、かなりの手応えを感じてますね。

――聴いただけで美味そうですね。食いたくなりました(笑)。試験操業も対象魚種が増えてきましたね。ちゃんと解禁になれば良いんですけど。

岩井 しらすは解禁になったんですよ。なんぼ調べても放射性物質は出ないから、しらすは解禁になってます。

――「試験操業」という言葉の響きが駄目ですよね。「試験」という言葉が付いてるうちはまだまだ風評は抜けないでしょうね。

■ 誤解の無いように説明しておくが、ここで言う「試験操業」とは、放射性物質のモニタリング調査を継続的に行った結果、検出される放射性物質が基準値以下となり、小規模な操業と出荷が公に認められた魚介類を対象に行う漁の事だ。「試験操業」というと、「放射性物質のモニタリング調査のために試験的に獲っている」というイメージがあると思うが、ここで言う「試験」とは、市場における出荷商品の「評価試験」の事なのだ(言うまでもないが、放射性物質のモニタリング調査は継続して行われている)。言葉のイメージの問題なのだが、そこで本来の意味合いと違ったイメージで捉えられている事は何とも残念だと思う。

岩井 「安全宣言」が出せれば良いんですけどね。出来れば、ここの食材を学校給食で使って貰えれば良いなと。「学校給食で使われている」という事になれば、何より強いバックボーンになると思うんですけど、現状それをやってしまうと、親御さんが怒ってしまう。「安全性が担保されていない食品を学校給食に使うとは何事だ!」「うちの子を殺す気か!」とね(苦笑)。ですんでなかなか時間がかかる部分なんですけど、そうなって欲しいなと思ってますね。

――やっぱ地元で地元産の食べ物を食べられる状況にしたいですね。けど何にしても、安心安全を提供出来るかって難しいところでしょうね。答えは無いなぁという気がします。

岩井 統計が出てまして、福島産や南相馬産の食品は一切受け付けませんという人が25%くらいいるそうなんです。逆に言うと、75%の人は食べると言っているわけで、まだまだ全然やって行けるなという感じはしてます。

――その統計は私も見た事があります。その25%の人って、どんなアプローチをしても難しいんでしょうね。

岩井 そうなんでしょうね。正しい情報を、一人一人に伝えていくしかないんだと思います。正しい情報が伝わっていないから「危ないか危なくないかよく分からないけど、危ないらしいよ」みたいな感じだったりするんで、そういう人に正しい情報を伝える事が必要ですね。

~続~

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