映画感傷記 #0「さようなら、永遠」
あまりにもすべての感謝を込めて、私は、この世界のことを諦めようと思います。
私が生まれたのはついこの間のことで、或いは何光年も昔のことで、友達は一人もいなくて、胸の内にある宇宙の、刺すように光る星々と文通をして暮らしていました。
ですから、学校では日がな一日突っ伏して、話しかけられることさえ嫌い、自転車を引く帰り道、最も夕景が眩しい時間に丘の上まで間に合わず、毎日さめざめ泣きました。
高校に入学してから携帯電話を買ってもらい、めいっぱいズームをしてがさがさになった画面の中に、朝の光と窓辺の埃、鉄塔にずぶりと刺さりゆく陽、見上げた街灯のハレーション、映りはしない星の瞬きを記録して、何にも映っていないことで全てが写ってしまっていたので、やっぱりさめざめ泣きました。
私は空を飛んだことは飛行機含めありませんでしたが、私以外のすべてのことが、ジオラマを見るように遠い時、確かに私は無知だったけれど、世界でいちばん寂しかったのです。
君は、そんな昼下がりに現れました。
駅まで続くやたらとまっすぐな道のりで、遠くの風景との間に光の梯子がおりてきて、何も見えず、無数の線が鼻先に今にも触ろうとするように、私は黄色い光の中で、君の声を聞きました。
「せめて君は、呼ばれるままにゆきなさい。今眩しくなって見えやしない、具体的な全ての事象に嫌われようとも、いちばん寂しい君の命を、死ぬまで何かを眩しがりながら焼き切れてしまうまで生きなさい。見渡す限りで一番さみしいひとを探して、その人のために生きなさい。あらゆる否定の暗闇を超え、その向こう側へ行きなさい。最初のひとりでもいい。そこに誰もいなくても、君はどこまでもゆきなさい。」
私はすれちがう犬もはっきり見えない涙目に、拡散した太陽を映し込み続けながら、君は、神だろうか。それとも、僕だろうか。と、しばらく考えました。
ポケットに入れた右手が、携帯電話にぶつかって、そうか、と思いながらカメラを光に向ける時、知ったひとつの答えをもって、これからずっと行くのです。
君の名前は、映画。
どんな傷も遂には光の粒に変えてしまうね。
君は映画。わたしの神様は光。愛はすべて失われる、この世に映画さえないのなら。
そう、恋という言葉を使うのは、もうこれで最後にしようと思います。
*
研究室でカメラをもらった。小さくて、多重露光もできるからきっとぴったりだよ。と言われて、シングル8。君みたいなカメラだね、と、仙人みたいな助手が言う。
坂をぐんぐんのぼっていって、朝ぼらけの街を見下ろす。ずっと遠くに観覧車が見える。木漏れ日がぼくらを網目状に光らせて、私ほんとうは、光だけが通過するあのレイヤーを生きるはずだった。
暗室の中、僕らはひとり、慎重にフィルムを引き出して、ぬるりとした液につける。鼻の粘膜を溶かすにおい、薬品が染みてやっと知る無数のこまかな傷に、私、恋をしていると知ってしまう。ひりひり痛い、心はゆれて乾いたフィルムも傷だらけ、でもあの傷が、そのまま綺麗だった。先生は馬鹿だって言う。傷だらけかもしれない君をほんとうに守りたいと思うのは、私が君にすべてをわかってもらえるような、そんな甘い期待をしたから。
季節は風と共にめぐる、私は光と君と私を、何度も何度も重ね続けて、ついには真っ白の映画になりたい。それは叶わないと知ったから、これまでの悲しみを全部集めて、あらためて編集してしまおうよ。あれはなんだっけ、あのひどい眩しさ。全部愛の途中なんだ。だけれど最後にはごめんね。ありがとう、さようなら。あいのうたのように繰り返す。私は最後の手紙を書きます。涙でインクが滲んでしまって、名の無い文様みたいになって、わからないまま四季が過ぎるから、この夏こそは、映画を撮ると決めました。弱々しい声で言いました。君はひとを愛したことはありますか?それがわからないなら行きましょう。さようなら、さようなら、かつてここにあったすべて。さようなら、本当は、さよならを言えない夏のすべて。撮りましょう、撮りましょう、映画になってやっとわかった。
私は君に恋をしていました。
この世界に恋をしていました。
叶わない恋をしていました。
この世界は、とてもさみしいところだけれど、最後には美しいのではないか、
そう言いながら歌ったね。私は下手くそなダンスをして、愛のゆめを信じていました。
明日もしも目が覚めて、外が明るい晴れならば、映画を見に行きましょう。
少しずつ恋を諦めましょう。また新しく夢を見ましょう。
ほんとうは最後に勝ちたかったの。すべての苦痛がひるがえり、金色に輝く空想をした。
だけれどそれは無理だから、せめてこの映画館の中で、撲殺されそうな光に満ちて、反射で見つかる透明なドアを、せーのでいちどに開けましょう。
あの日、瀕死の私が手に取った、誰にも見えない透明のサイコロ。
私、君よりもこの世界よりもずっと、私の映画を愛しています。
さようなら、永遠。かつてここにあったすべて。
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