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デザインの視点で見てみよう【第11回 時間の流れをデザインする。『とけいのえほん』】

【時間】と聞いて、皆さんは何を連想し、どんな思いを抱きますか?

ある側面から見ると【時間】はとても残酷な存在です。
1日は24時間、1時間は60分、1分は60秒と決まっていて、過ぎた時間を巻き戻すことは誰にもできません。

この抗いようのない流れの中で生きることについて、人は昔からさまざまなアプローチで解釈を試みてきました。

数学的な視点はもちろんのこと、文学、哲学、絵画…。
深く難解なテーマほど、たくさんの入り口が用意されるのものです。

どの入り口ならスムーズに理解が進むのか=自分にピタリとくるかは、人それぞれの好みや個性によって変わってきます。

これは何も大人に限った話ではありません。
一人ひとり異なる感受性を持つ子どもたちにも、同じことが言えると思います。
その最初の別れ道として現れるのが、時計をよむ、学ぶというステップです。

市場にある時計に関する絵本の多くは、時計の針を回せる仕掛けがあったり、答え合わせができるようなお話があったり、最短距離で時計を学べるように考えられています。
この入り口がピタリとくる子どもたちも、たくさんいると思います。

しかし、なかなかピタリとこない子どもたちも同じくらいいる。
これが私たちの実感です。

「短い針が1、長い針が12をさしたら1時。そういう決まりです。」と言われても、どうにも腑に落ちない。つかめない。
それはある意味、自然なことだと思うのです。


弊社『とけいのえほん』には、針を回すような仕掛けはおろか、物語もありません。答え合わせをするようなクイズもありません。

では何をデザインしているのか?何を伝えたいのか?
それは【時間の流れ】です。

午前1時から夜の12時。ページを開くと、その時間を表すイメージが展開されます。同時に各時間を刻む、大きな柱時計が描かれています。
「想像以上に詩的な世界」と評価いただくその内容をご紹介します。


【午前4時】夜明け前から仕込みを始めるお豆腐屋さん。


【午後5時】海に沈む夕陽を眺める人と犬。長い影が砂浜に伸びています。


【午後11時】星明かりの下を急ぐトラック。夜道をライトが照らします。

さらに最後のページには、作者・とだこうしろうのメッセージが添えられています。

じかんは、 おじいちゃんも あかちゃんも ぼくも びょうどうです。
じかんを かってにとめたり のばしたり ちぢめたりは、どんなひとでも できません。

こんなに情報量が少なく、大人でも考えさせられるようなメッセージでしめくくられた絵本。
これで時計のよみかたがわかるの?と不安になられるかもしれません。

しかし、出版以来、「今まで何をやってもわからないと言っていた時間や時計のことが、この絵本を読んですんなりとわかるようになった。」というお声が数多く寄せられています。

この絵本から時間の流れを感じた子どもたちは、各時間ごとに描かれた情景を自分の生活と照らし合わせていくことができます。
「私もこの時間はお家でお夕飯を食べている。」
「僕のお父さんも夜遅くにトラックに乗って帰ってくる。」

今まで長針と短針が示す“記号”として受け取っていた時間・時計というものが、いわゆる“自分ごと”に変わる瞬間です。
こうなれば、時計をよむことは、そこまで複雑なことではなくなってきます。

さらに知識を“自分ごと”として感じられると、さまざまな心の動きが伴ってきます。
「こんなに朝早くから働くお豆腐屋さん、大変だな。」
「夜の時間は、なんだかひっそりと静かだな。」

子どもたちはそれぞれの瑞々しい視点で、時間と共に生まれる情緒も感じ取るちからを持っています。
巻末の作者のメッセージも彼らの心にもきちんと届いていると、私たちは感じてきました。

最初に少しくらいつまづいたって心配ない。
自分に合った入り口を見つけて、また始めてみればいい。
(まさに人生と一緒ですね!)

デザインを通してこうした一つの提案ができ、多くの子どもたちに支持をいただいてきたことをとても嬉しく感じています。

これからも時計を学ぶ子どもたちにとって、もう一つの入り口となることを願いながら、本作を大切に届けていきたいと思います。