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Selectionと戦った10,000時間:最終章 - 品揃えのLife Cycle Management

サマリー

Selection PdMの仕事を要約すると”商品を獲得し、売れる土俵に乗せ、売れ筋を作り、利益を最大限に確保する、そして時には品揃えから落とす決断をする”という商品のLife Cycle Management。その最後の部分の利益担保のためのAmazonの取り組みと仕組みに関し説明。Selectionと戦った10,000時間の最終章

売上と利益、どっちが大事なんですか?

ある全体会議のときに新卒のバイヤーの子がこんな質問をした:

”年間ターゲットでトップライン(売上)の成長率を追われているから、売上を積み上げたいんですが、売上の作れる売れ筋には利益率の悪い商品が沢山あってボトムライン(利益率)を圧迫するんです。トップとボトム、どちらを優先したらいいんですか?”

僕の所属していた消費財事業部の売れ筋は、ペットボトル飲料(2ℓ x 9本とかのでかいやつ)やトイレットペーパー、そしておむつなどが挙げられる。

Amazonに限らず消費財を扱う者ならば、この手の商品がどれほど利益を圧迫するのか想像に容易いと思う。

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これらの商品含め、消費財事業部には
そもそも粗利の悪い商材や、
・上記のようなデカくてかさばり配送費が高くなりがちな商材
・また、歯磨き粉などのように単価が安い商材など、
配送費がかかるEC事業にとって、頭を悩ませる商材がわんさかあり利益を圧迫する。

先述の新卒バイヤーの子も上司から、やれトップラインを伸ばせ、やれボトムラインを改善しろと、散々言われてきた結果の質問なのだろう。
気持ちは痛いほどわかる。

これに対し、当時の部門のFinance Headはこう即答した。

”Both”(両方)

まあこの回答の想像はついていたが、その時の新卒の子の顔は曇っていた。

丁度このやりとりがあった頃、世界各国のAmazonのオフィスでJeff Bezosがボトムラインを気にし始め、毎回のレビューでも如何にトップライン(売上)を伸ばしながらボトムライン(利益)を維持するのかの戦略を聞かれだした。

トップラインを伸ばしながらボトムラインを維持する、この半ば相反する期待値に対してどのように応えていたのか。
シリーズ最終章として「④儲かる売り方を工夫する」という最後のフェーズを書いてみようと思う。

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利益の出ない商品は”クソ”?

タイトルからいきなりこんな言葉を使って申し訳ない。
ちゃんと説明しよう。

Amazonの仕組みには”商品単品としての利益率が悪い場合Selectionから落とす機能”としてCRaP(クラップ)というものがある。
これはCannot Realize any Profitの略称で、訳すと「もうこれ以上利益出ませんぜ。。。」ということで、カスタマーが買えなくする機能だ。

英語のCrapは”クソ”という意味を持つので、この機能を考えた人は相当ストレスが溜まっていたのだろう。

雑談
このCRaPという機能は実はAmazonとやりとりのあるメーカーやベンダーも結構慣れ親しんだ言葉で、こんな記事も出ていたりする。
この記事の内容は少し短絡的な批判なので、これを読むと「Amazon最低だな」となりがちだが、今回の僕の書いている内容でちゃんと裏側を説明すると、結構しっかりとした仕組みだとご理解いただけると思っている。

このCRaPは Selection大臣からするととっても迷惑な存在だった。
Selectionの担当として品揃えの数をメトリックスとして拡大してきたのに、利益が出ないからということで、ある日突然Selectionの数がゴッソリ削られるのだ。

メトリックス云々はまあ良いとして、Earth’s most customer centric company(訳:地球上で最も顧客中心の企業)を謳っているAmazonらしからぬ行為だ。

先述の通り、消費財事業部には商品の特性上利益率の悪い商品がめちゃくちゃ多い。
つまり放っておくと”ほとんどの商品が利益率悪し”ということで、殆どの商品がCRaPされる可能性がある。

では、カスタマーのために最大限の品揃えを担保するためにどうすべきか、ここで事業部全体の戦略を立てて、同じ方向を向かうためにどのような戦略を考えていたのかを説明する。

利益改善のためにできることは全部やったのか?

唐突だが、 Amazonの品揃えの登録方法は2種類ある。
1.) バイヤーが獲得してきて自分でホクホクと品揃えとして追加する場合と、
2.) ベンダーやメーカーの担当者が、直接システムを通して追加する場合だ。

前者のバイヤーがホクホク登録する場合は、大抵細やかなケアがなされている。
しかし後者のベンダーやメーカーによる登録の場合、実はあまり利益率が良くない条件や売り方で販売されているケースがあったりする

毎月数百〜数千の商品が改廃も含め登録されるので、きめ細やかなを担保するのはなかなか難しいものだ。
そして、Amazonのロングテールの恩恵のごとく、チリも積もれば利益率を圧迫していくのだ。

商品を獲得してカスタマーが買える状態になるまでに、この利益率を改善させるためのアクションは山程ある。

それらをちゃんやった上で利益率が悪いのであればそういう商品だと諦めがつくが、その工夫を網羅的に実施できていないのであれば、その状態で利益率が悪いと嘆いて取扱いを止めるのは、顧客中心も何もないだろう。

この”網羅的に考えて利益が出る品揃えにする”という部分を仕組み化がSelectionのPdMとしてのお仕事でもあったのだが、抽象化した全体像としては下記の通りだ。

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補足が必要そうな部分をオレンジでハイライトしたので、そこを少し深ぼろうと思う。

1.) 売り方の工夫
Amazonが利益を取れるかどうかはカスタマーからすると正直どうでもいいことだ。

なのでまず、カスタマーにとって影響のない工夫を模索する。
・仕入れベンダーや、メーカーから直接仕入れたり、
・商品の需要によって配送距離が最短になるような在庫保管場所の最適化を模索するなどが考えられる。

それが終わって、ようやくカスタマーに影響のある工夫を模索する。
例えば、
・歯磨き粉が1つからしか買えなかったものを2つからしか買えないように制限をかけ、購入数量を上げることで配送料を削減する(ただし複数購入することがカスタマーにとって自然なものだけに限定する)、
・200gの洗剤を600gの規格に変更できるかをメーカーと交渉し、サイズアップすることで、単価が上がり、配送料の割合が低くなるように工夫する、
・より利益率の高いプライベートブランドをAmazonで作り、代替商品として販売する

2.) カスタマーにとって重要?
上記の工夫を検討し、それでも赤字の商品は大量にある。
これらは全てCRaPされてしまい、Selectionから葬られてしまうのか?

ここでAmazonの凄さが炸裂した。

簡単にいうと、カスタマーにとって重要な商品は、どれだけ赤字であろうと提供する、という考えだ。

Amazonでは、全ての商品において”カスタマーにとっての重要度”というアトリビュート(指標)設定されている。
この指標は、かなり多岐にわたる項目(過去の売上、ブランド、クリックされた数などなど)のデータをもとに機械学習で算出していて、この指標が赤字額を上回れば、”赤字を出してでも販売し続けるべき”という判断が下される。
このカスタマーにとっての重要度はかなり奥が深いのと、これ以上説明すると怒られるので、これもまたここで書くことは控えさせていただく。

この仕組みにより、カスタマーにとって大事な商品はCRaPされない、という救済措置ができているのだ。

利益をとるという話になると、途端にカスタマーの利益と相反する施策に結びつくことが多い。

しかしながら、Amazonでは、可能な限りカスタマーへの影響が小さくなるような売り方の工夫を担保するための仕組みが作られている。

また、Amazonで働いている人間は、常に”お前は本当にカスタマーのためにできることを全てやったのか?”と問われながらどこまでも顧客中心主義の中で働いているのだ。

さいごに

Amazonでのわずか数年の経験だったので、もっと簡単にまとめられると思ったが、思いのほか自分が考えていたことを言語化すると沢山出てきてしまい、結局6話に渡る長編ものとなってしまった。

そもそもの原点に戻ると、Selection PdMのお仕事ってなんだっけ、というところから始まったこの企画、改めてまとめてみると”常にカスタマーのことを考えて、目の前の商品の一生を作り上げる”というようなお仕事だったのだと思う。

それは、商品を獲得し、売れる土俵にのせ、売れ筋として世の中に出し、カスタマーの満足度を担保しつつ利益を最大限に確保する、そして時には品揃えから落とす決断をするという、一つの商品のLife Cycle Managementのようなものであったと思っている。

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読者の中には、毎回Noteをかくとスキを押してくれた方もいれば、直接DMをくれてお話をもっと聞かせて欲しいと言ってくださった方、似たようなSelectionを仕事として考えていたのでとても助かったと感謝を述べてくださった方、この記事が元でお仕事に繋がった方など沢山いて、書き始めて本当によかったと思っている。

自身の経験の棚卸しのつもりで始めたこの企画と、僕のAmazonでの経験が少しでも読者の方のお役に立てたとしたら幸いです。

引き続きSelectionだけでなく、SCMや戦略のこと、10Xでのお仕事のことなどを中心に書いていきますので、NoteやTwitter(@mani_0417)のFollowをいただけると幸いです。

ありがとうございました。

Yoshihiko Tochinai
January 23, 2022

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