【報酬未払いで逃げた取締役】中村が中村を追う6話
前回までのあらすじ 未払い金を支払ってもらうため、未払いグループで念書を交わした。と、同時に私は個人的に支払督促状を申し立てる。そのことで、中村と未払いグループでトラブルになってしまう。中村は支払督促状取り下げない限り、支払わないと念書無効を訴えた。仕方なく私は「取下書」を提出。しかし、9月末の支払日に入金されることはなかった。
誰かをこんなにも恨んだことはない。下手をすれば、相手の人生を無茶苦茶にしてしまいたいと思うほどに。。。
私は今、近影に東京タワーが映る60階建てのタワーマンションにきていた。宛先を頼りにたどり着いたのは、東京のど真ん中。利便性の高い港区の一画。
最後の砦、支払督促からまんまと逃げ通した中村は、そのまま姿をくらました。グループLINEはその後しばらく音沙汰がなく、10月の半ば、私は編集部のあった事務所に向かった。
事務所はもぬけのからだった。不動産屋に問い合わせると、9月中に退去したという。移転先は、不明。中村の作戦勝ちだった。そして、ついに代表の夏川氏までもが、中村との連絡が途絶えたのである。
すべてがゼロになってしまった今、私を含めた未払いグループは途方に暮れていた。
私は、支払督促状を申し立てる際に取り寄せた登記簿を再度入手した。登記簿には、取締役の住所が明記されているのだ。私は、その住所を尋ねてみることにした。
それが、冒頭のタワーマンションである。ヒルズやハイアットにほど近いタワーマンションは、まるでオフィスビルのような様相で都会の中で異常なステータスを醸し出していた。
調べれば、芸能人やIT企業の社長、Youtuberなどが住むハイグレードマンションである。入り口はひとつ。ガラス張りのエントランスのみ。中には、エンターキーがあり、部屋番号を押して中に入る仕組みだ。
ガラス張りの向こうには、24時間在中のコンシェルジュがいる。まるで、星付きのホテルのようなフロントサービスつき。私はその高級感や仕様を目の当たりにして、部屋ボタンを押すことが躊躇われた。
近くのベンチで小一時間近く座っていたが、人の出入りはない。これはあとで気づいたのだが、住人のほとんどは車を利用するため、地下駐車場から自宅フロアまで一直線。エントランスから出入りすることは、稀なのだ。
駐車場のセキュリティも厳重で、簡単に入ることはできない。私は、「未払い督促状」なるものをワードで作成し、中村に渡すかマンションのポストに投函するつもりだった。
しかし、枯れた花のように心が萎んで勇気がでなかった。と同時に、憎いと思った。東京を一望できるような眺望の良いマンションに住むという、このステータスを全く捨てる気がない中村の心情を痛いほど悟ったからだ。
中村は電話口で「自分の資産を使ってでも、支払うつもりなんで」といった。「まだ東京に住みたいから、後ろから刺されるような目にはあいたくないですよ」。その言葉は本音だと思った。
けれど、中村は全力で逃げることを選んだ。
タワーマンションの下、所持金621円しかないしがないライター風情の私は風前の灯火だった。しかし、この状況を目前にして、吹けば消えてしまいそうだったろうそくの火が一気に燃えあがる。
心が怒りで沸いた。あの言葉は嘘だった。強く中村を憎いと思った。家賃は最低でも30万円、車はベンツ。編集部にはロレックスの壁掛け時計もあった。彼は自分が一番大切なんだ。それが許せなかった。
私は、このマンションをしっかりと目に焼き付けた。
グレーゾーンの知的障害者の家族のコミュニティや生活のあり方などをもっと広めたいと思っています。人にいえずに悩んでいる「言葉にしたい人」「不安」を吐き出せるような場所を作りたいです