迷子は迷子らしく振る舞ってくれ
なんだか長文になってしまいました。
約3,000字なので、お暇な時にお付き合い下さい😅
私には5歳下の弟がいる。
あいつは、幼少期、本当によく迷子になるやつだった。
当時、ジャスコと言われていたショッピングセンターで、父に何かを買ってもらった時だ。
嬉しくて、レジまで飛び跳ねて着いていったら、父が「あれ?息子は?」と気が付いた。
「あれっ、そういえばどこに…」と私が言ったのと、館内放送がピンポンパンポーンと鳴ったのが同時だった。「5歳の黄色いTシャツを着た〇〇君が迷子です」
「あ、うちの息子です、これ」
レジの店員さんに言いながら父が大笑いしていた。
また、茨城県の筑波で行われたEXPO’85でも、あいつはいなくなった。
迷子センターに、母が弟の特徴を言うと、テレビ画面にパッと弟の写真が映って「この子ですか?」と言われて、家族で感激した。
さすが科学技術博覧会!!
さらに、そのあと、テレビ電話に繋ぎますと言われて、ブラウン管越しに受話器で話すことができて、すげーすげーと家族が沸いた。昭和。
弟は、キレイなお姉さんの膝の上に乗り、受話器を持って、嬉々として「お母さん、僕ここで遊んでるよー!」と手を振っていて、母が「アホか!迷子になってるんだよ!」と笑いながらキレていた。
他にもあいつは、ちょっと目を離した隙に迷子になっては怒られていた。
本当の迷子事件が起きたのは、私が5年生か6年生で、弟は幼稚園の年長か小1の時だ。
母方の祖母は大阪に住んでいて、茨城から毎年夏休みに、3人で帰省をしていた。
家の近くの公園で、母と弟と3人で遊んでいたら、弟が「おかず屋のおばちゃんのところでジュースもらってくる!」と言った。
おかず屋のおばちゃんとは、祖母の妹で、公園の目と鼻の先の商店街にお店があった。
記憶が朧げなのだが、その時母は「気をつけて行きなさいね、あとでお母さんも行くから」と弟を先に行かせた。
私がその時、公園で何かしていたのか、なぜ弟の方を1人にしたのか何も覚えていない。
ほんの数分後だ。
「息子来てるー?」とおかず屋のおばちゃんに言うと「なんのこと?」とおばちゃんが言った。
母の顔色がサッと変わった。
この時、午前11時前後。
公園までの道のりを戻りながら、大声で弟の名前を呼んだが、なんの返事もなかった。
一度家に帰ってみよう。母が強張った表情で言った。帰ると、祖母が「早かったね、お昼ご飯どうするー?」と出てきて、瞬時に、弟は帰っていないと分かった。
もう一度、探しに行ってくる。
私は近所に電話できいてみる。
母と祖母が連携プレーをはじめてバタつきはじめたが、この近隣のことを何も知らない私は、ただ呆然と立ち尽くしていた。
お昼をとっくに回ったころに、母は警察に行こうと言った。
それでも、まだ昼間だ。交番の人が、迷子ですね、分かりましたー。とのんびり答えていた。
弟はそれから夕方になっても見つからなかった。
朝ご飯から何も食べていなかったけど、「お腹すいた」などと言ったら、バチが当たって、弟がもう見つからないような気がした。
弟も、何も食べていないはずだ。
私は、祖母の家の2階から、体を前に乗り出して、ずっと辺りを見回していた。弟が今にも帰ってくるかも知れない。そしたらすぐみんなに教えよう。
段々と日が落ち始めたころ、スーツの男の人が2人、家に来た。誘拐犯が来た…!私は本気でそう思ったが、それは、私服の警察官だった。
それぐらい、雰囲気がピリついていて、とても市民を守る感じに見えなかった。
深刻なトーンの声が玄関からする。
「捜査を、大阪府から全国に切り替えます」
そう聞こえた。
「事件か事故に巻き込まれたと想定し、捜査に入ります」
その頃、2時間サスペンスやドラマを母とよく見ていた私は、現実にこういうセリフがあるんだと、ぼんやり思った。
母の、泣いている声がする。
祖母の、大丈夫だから落ち着きなさいという声も。
それから、動転した母が2階に上がってきて、ボーッとしている私に「弟が心配じゃないの!?なんで探しに行かないの!?みんな心配してるのに!」と私に怒鳴った。
あの時、何故か私はひどく冷静で「今、私が弟を探しに出ても、ここら辺を知らないから、私も迷子になるかも知れないよ」そう答えた気がする。
母は、多分、なんてことを娘に言ってしまったんだろうと酷く後悔したはずだ。
「ここに、ここにいなさい!」と怒鳴ると、しばらくして、冷蔵庫から魚肉ソーセージのようなものを持ってきた。
「何も食べるもの作ってないから…」
私と母と祖母は、泣きながらそれをかじった。
夏の夜は遅くくる。
まだ外はうっすらと明るかった。
私は、2階の窓から外の様子を見ていた。家の前では、さっきの警察の人が何かやりとりをしている。
通りでは男の子が、木の枝を振り回して、歌っているのかリズミカルな調子で歩いている。
「あれが弟だったらどんなにいいだろう…」
どうしよう。
テレビに出ちゃうのかな。
誘拐したって、うちにお金は無いのにな。
弟は、今頃泣いているのかな。
あの男の子は、こんな時間にひとりでどこに行くのかな…?
ってあれ、弟やないかい!!!
私がそれに気がつくのと、下で、警察の人が「奥さんあの男の子は?」というのと、母が玄関から転がり出るのが、全部同時だった。
弟は、弟だと気付かせないほど、陽気に帰ってきた。
しかし、母の姿を確認すると「わーん!!」と泣き出し、「怒らないで下さい」と警察が言い、母は、怒るも何も、喋れませんと言わんばかりに弟を抱きしめた。
落ち着いた後、弟は、「赤い〇〇って看板が見えた」とか「こういう道を歩いた」とハキハキ警察に答え、「おそらくあの通りのことですよ!」「そんなところまで歩いたの!?」「よくそこから帰ってきたねー」というやりとりを経て、何故か鼻高々になっていた。
ぶん殴るぞ。
さらに聞くと、途中、10円玉を拾って、交番に届けたと言う。
そのお金で家に電話しなさいよ!!
てゆうか、交番で迷子になったって言えよ!!
散々大人たちに突っ込まれていたが、本人は「大冒険してきてやったぜ」という大物感を漂わせている。
我らの涙を今すぐ返せ。
お前、明日から鎖でつなぐからな。
と、母は思ったとか思わなかったとか。
後に「お父さんに知られたら離婚されちゃうと思った」と母が言った。
あの状況で父に連絡してなかったのかとびっくりした。
そして「警察の人がね、さっき質問したことを、忘れた頃にもう一回、そう言えば奥さん…って聞いてくるの!あれ、私が嘘をついてないか確認してたんだよ!」
と、めちゃくちゃ興奮して父に話していて、喉仏過ぎたら、人間って陽気になるんだなぁと感心もした。
自分が母になって思う。
あの時、母は、どれほど震えていたのだろう。
目を離した自分が許せなくて、最悪な想像を巡らせて、生きた心地がしなかったはずだ。
もしも娘が、長時間戻らなかったら、と考えると、私も、それだけで恐ろしくて足がすくむ。
そんなことを思い出しながら、娘にとうとう携帯を買い与えた。
ありがたいことに、制限がかかりまくっている携帯には興味を示さず、それはただのGPSとして機能している。
過保護かしら…。
でも心配だし、いや携帯なんて早く無い?と言う気持ちで悩みに悩んだ。
いや、自分の選択を信じよう。
もう2度と、家の窓か何時間も、早く帰って来て!!と念をとばすようなジリジリとした時間は過ごしたく無い。
安心を買えるなら、安いもんだ!
母に言うと、「あの時そんな便利なものがあったら、息子にはもっと早い段階で携帯持たせてたわー」と笑った。
ちなみに弟は、今や立派に二児の父で、「あいつちょろちょろしやがって!」と子供を追いかけている。ふふふ。
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