メリー・モナークin大原田 第七話
4月に披露する舞空の練習を終えたあと、恩田先輩に我が家の事情を話すと、思った以上に真剣な顔で聞いてくれた。我が家の一大事というところまでは説明していた友也も、隣で一緒に頷いている。フラダンスの説明のくだりで口をポカンと開けていたが、当然の反応だとスルーした。最後まで全部頷いていてくれた恩田先輩も
「で、どうしてもフラダンス? 俺たちの舞空だとダメなのか?」
と、腕を一本は真横に、一本は胸の前に折り、手首をゆらゆらゆらしながら疑問を口にした。
「俺たちに頼むとしても、舞空と対極な表現な気がするのだが?」
もちろん、日本人のほとんどがその想像をすることは承知の上だったので、用意しておいた本場のハワイアンフラダンサーの動画を再生する。母さんの愛するメリー・モナークのDVDから抜粋した、恩田先輩をくすぐるためのセレクトだ。
まずは、上半身裸で踊っている、出来るだけ筋骨隆々のカネフラを選んだ。『カヒコ』という、いわゆる古典フラの映像だ。ハワイの打楽器に合わせて、力強く大地を蹴るその踊りは、舞空と対極には感じないはずだ。むしろ、団体演舞での迫力と、体の軸に一切ブレを許さない美しさは、共通点と言っていい。
その次に再生したのは『アウアナ』という、今の楽器をつかっている現代フラだ。こちらは、想像するフラダンスに近いが、出来るだけコミカルに踊るカネフラを選んだ。カネならではの、キレのある動きにより表現されるコミカルさは、女性の踊るそれより、ずっと表現が豊かになる。このチームは球技を表現しているのか、最後にボールを投げるダンサーがホームランを打たれて項垂れる、というパフォーマンスをしながら舞台からはけていき、ホームランを打ったダンサーが会場に大きく手を振って走り抜けて終わると、会場は笑いと拍手が巻き起こった。
恩田先輩は思った通り、腕組みをしたまま真剣な表情で、「ほう」とか「おお」とか言いながら目を逸らすことなくフラを観ている。
最後に、最近SNSで話題になっている、日本人のおじさんたちによるフラを再生した。曲はJーPOPで、おじさんたちも決してフラが上手ではないのだが、その目は生き生きと輝いていて、心からフラを楽しんでる様子が見て取れる。再生回数はどれも全て1万回を優に超えており、タイミングによっては10万回を超えるという、カネフラとしては驚異的な再生回数を誇っているアカウントだ。もちろん、ハワイアンミュージックを踊っているものもあるのだが、カネフラの敷居を下げるため、あえてJーPOPで楽しんで踊っている様子は、俺たちのやっている舞空と似ているとも言える。
「何事も、真剣にやっていれば観てる人は惹きつけられる」
恩田先輩は、日本人のカネフラのおじさんたちのアカウントを確認して、すぐフォローをすると、楽しそうに笑った。
「大原田のご両親のために一肌脱ぐっていうのは悪くない。ただひとつ、こちらからもお願いがある」
恩田先輩はそういうと、そのパフォーマンス動画を配信させて欲しいと言った。
「やるからにはフラダンス、真剣にやろう。ただ、俺のモチベーションは、いいものを配信したいという欲求にあるんだ。もちろん、大原田のご両親が主役だし、不快な思いをさせるのは本意ではない。でも、普段、舞空をやる俺たちが、男のフラダンスにトライするっていう動画は、それなりに価値を生むと思うんだ」
恩田先輩の動画編集を観て、俺は今ここにいる。不快なものにはならないだろうという確信はあった。しかし、今回は、俺の家族が関わる問題だ、俺1人が納得して済む問題でもないだろう。俺は、姉ちゃんに確認をしてみます、と答えた。
「それと、俺たち全くの素人だし、見よう見まねじゃ仕上がらないと思うんだ」
動画の件を抜いても、やる気を見せてくれる恩田先輩に感謝をしながら
「それは心配ありません」
と、俺が言うのと、友也が言うのとが同時だった。
思わず「は?」と友也の顔を覗き込む。友也は細い目の際をポリポリと掻きながら言った。
「この、下手なフラ踊ってるの、俺の父親」
「ええ!?」
叫んだ後に、恩田先輩とSNSをもう一度再生をする。友也が指を差したカネフラダンサーの3列目に、友也の面影を感じさせる眠そうな顔つきのおじさんが、ヒョコヒョコと楽しそうにステップを踏んで、最後に拳を突き上げていた。
「バイアスをかけてたのは俺なんだ」
友也が目を細める。
なんだか話が込み入ってきたから飲もうじゃないか、と恩田先輩が言うので、俺たちは恩田先輩の家へお邪魔することにした。
コンビニへ寄り、嬉しそうにビールを選ぶ先輩を横目にコーラを買う。ついでにおつまみ系おやつを買っていたら、友也はバナナとナッツと炭酸水を買っていた。
「こういう時に適当に体に良さげなもの食べとくの、効率いいじゃん?」
効率がいいかは分からんが、みなぎる女子力に、曖昧に頷いて見せる。
「で、お父さんのフラダンス教室の先生を紹介してもらえそうってことだよな?」
恩田先輩は家に着くなりビールのプルタブを片手だけで器用に人差し指で引きながら、そのままビールを口にした。その筋張った指を見ながら、こちらは男の魅力全開だな、と、対極な2人を見比べる。
恩田先輩の部屋は、俺の部屋と違って適度に片付いていて、撮影機材やスピーカーらしきものがパソコンの隣のラックにゴソッと置かれていた。
「事情を話したら多分。ただ、かなり忙しい先生らしいから、聞いてみないことには分かりませんけど。あと、実は俺も、そこそこフラの知識はあります。まぁ、踊れるわけじゃないんですけどね」
俺たちはもう一度、ええ!? という。
「母親が神奈川で、小さいんですけどフラダンスの教室の先生やってて。俺は子供の頃からフラと近いところで育ってるんですよ。フラはかなり好きです」
え、なんでやらなかったの? とつい口にする。
「小学生の頃、兄貴と行った体験教室の空手で、なんかえらい褒められて。両親がめちゃくちゃそれに喜んじゃって。母さんはフラダンスやってる割には、俺にフラを勧めたことないから、やっぱり男は男らしいことしてる方が嬉しいのかなって、俺、勝手に思い込んでたみたいで」
母親にくっついて、フライベントや大会も結構観に行ってたけど、やっぱりそこは女の園というイメージが強く、母親の教室も女性クラスしかないため、フラダンスをやってみたいとは言い出せなかったと友也は続けた。
「でも、組み手をして相手を負かすっていう闘争心が、どうも俺にはなくて」
なまじ、空手の才能があると言われてしまったものだから、長く続けた空手道場を辞めるのも、フラダンスの世界に入るのも、どちらも勇気が出ずにモヤモヤと燻ってたら、舞空に出会ったと友也は続けた。
「そしたら、定年退職した父さんが、まさかのフラダンスを始めて! なんだよそれって」
そこで友也は大きく笑った。
「うちの両親に、男女のこだわりなんて特になかったんです。男は強い方がいいとか、フラは女の踊りだとかいうバイアスかかってたのは俺だけだったんです。よくよく考えたら、別に両親も兄貴たちも、あ、サッカーと空手やる兄貴が2人いるんすけど、別に男はフラやるなとか言ったことなくて。やりたかったらやればよかったじゃーんって。父さんなんて、定年してからずっと生き生き」
そのままくくくと笑う友也の笑顔が、なんとも幸福そうだった。いい家族と暮らしてるんだな、と思った。
「でも、舞空もすごく楽しいから、このまま続けようって思ってたら、真咲がフラダンスやるって言い出すから、俺、本当にびっくりして」
細い目がなくなるぐらいにくしゃっと笑う友也を見て、つい俺の幸福度も上がる。
「そういや、大原田も、フラダンス心配するなって言ってたよな? お母さんがやってたフラダンス教室に声かけるつもりとか?」
恩田先輩が、友也の笑顔に釣られて目を細めながら言った。
「ああ、母さんもだけど、姉ちゃんもダンサーだったんです。もう随分前にやめちゃったけど。で、姉ちゃんの友達で、割とすごい人がいるんですよ。プア・ハウオリって教室やってて、その人が今回フラの監修してくれることになってま」
言い終わる前に、友也の細い目が一気に開いた。え、友也ってこんなに目が開くんだ、と一瞬そっちに気を取られていると
「え!? 花花の!?」
友也は、男だけが集まる小さな部屋で、まるで大輪の花を見つけたような声を上げた。