ドラゴンと夏のポップコーン
「ドラゴンとポップコーンを食べたんだ」
映画館。
1人鑑賞を楽しむため、席に座って飲み物をセットする。
ポップコーンは1人で食べるには多いからいつもは我慢するのだけれど、今日は鑑賞ポイントが貯まっていたので、思い切ってセットで頼んだ。
大体途中で飽きるんだけどな、と思いながら、何粒かを一気に口に放り込む。
む。美味いじゃないか。
これは食べきってしまうかもしれない。そう思いながら、まだ薄ら明るい館内でムシャムシャやっていたら、隣に中学生ほどの少年が2人、後から入ってきた。
本日映画日和なり。
試験休みなのか、若い学生さんも結構いる。
そこそこ混んでいる館内だったけど、隣は誰も座らないといいなぁと思っていた私は、少し気落ちする。
少年たちは、「お前のドリンクホルダーそっちだろ」とか「キャラメルポップコーンって意味わからん」とか言っている。
わかるぞ少年。私も、ポップコーンは塩が好きだ。やっぱりしょっぱさにこそポップコーンの価値はあるというものだ。
すると、1人の少年がポツリと言った。
「ドラゴンとポップコーンを食べたんだ」
ん?聞き間違いか?
それとも、猫か犬の名前だろうか?
ポップコーンて動物にあげてもいいのかな…
「え、いつ?ドラゴン、喜んでた?」
「うん、喜んでた。フワフワしているのにカリっとしたところもあって、でもカリカリ過ぎない、ミューってなるところもあるねって笑ってた」
ドラゴン、感想が割と的確。
動物じゃないんだな。
「ミューってなる」そうそう、なんというか、ニュグーとしたような。
カリカリポリポリしないところが、映画館で売られる理由だと思うんだけど、そのフワっとでもカリっとでもあるような、ないような、それをドラゴンはうまい表現しているなと思った。
「いいな。俺もドラゴンと話したい。ドラゴンいつまで日本にいるかな」
「夏休み終わるまでだって言ってた。本当はさ、今年いっぱいの予定だったらしいんだけど、今年は寒くなるから海が凍って渡れなくなるんだって」
ドラゴンは外国からの転校生かぁ、と解釈していた私は、「海が凍るから」のワードにまた反応してしまう。
うーん、最北の地に住むのだろうか。飛行機じゃなく船で?
こらまた遠いところからようこそ日本だ。
そんなことを考えていたら、館内が暗くなった。
今後上映する予定の映画予告が次々と流れる。
しかし、脳内のドラゴンの方がよっぽど予告映画じみていた。
初めて口にするポップコーンをミューっと嬉しそうに噛み締めるドラゴン。
少年たちと友情を築くドラゴン。
本当はまだまだ一緒にいたいのに、海を渡るために日本を出るドラゴン。
そして氷で閉ざされる海のそばで、ポップコーンを共に食べた夏の少年を思い出すドラゴン。
映画の画面を観ている少年たちは、自分達の価値をまだ知らない。
君たちは、今すぐにでもスクリーンの中で主人公としてドラゴンと未知の冒険へと旅立てるのだ。
「ドラゴン、渡りの時だ、凍る前に行け!僕たちを振り返らずに渡るんだ!」
チラリと少年の顔をさりげなく覗き込むと、真剣に画面をみたり「これ観たい」と囁き合ったりしているようだった。
あどけなさの残る顔は、スクリーンに照らされて少し凛々しく見える気がする。
そしていよいよ館内が暗くなる。
本編開始の時間だ。
その一瞬の静けさの中で聞こえた。
「ドラゴン、映画に誘ったら来るかな?」
「ミニオンだったら分かりそうだよな」
予告編で流された黄色の生命体の映画に、どうやら心を奪われたようだ。
きっとドラゴンを誘って、ポップコーンを食べながら笑い合う。
日本語が多少わからなかったとしても、確かにあれならドラゴンも楽しめるに違いない。
彼らが、予告編の間中、ドラゴンが行けそうな映画のことを考えているのが可愛かった。
ポップコーンをミューっと噛み締めながら、彼らの冒険の結末を思う。
あれからひと月ほど経った。
ドラゴン、日本に来てよかったと思っているといいな。
ショックなニュースはあまり知らずに過ごしているといい。
黄色の生命体の映画予告をテレビで観て、彼らが一緒に映画を観に行く約束をしているといいなと思う。
娘も夏休みになったら、その映画をお友達と観に行くんだと意気込んでいる。
私が連れて行くのだけど、きっとポップコーンはキャラメルがいいって言われちゃうだろうな。
もうすぐ夏休みが始まる。
ドラゴンと彼らの時間が残りあとわずかだということを思い出して、少しだけ胸がキュッとした。
🌻
ほんのちょっと嘘で、ほんのちょっと本当。
コソコソ声を拾っていたらドラゴンって聞こえた気がしたんだけど、さて本当にドラゴンなのか。
海とか、凍るとか聞こえた気がするけど、ドラゴンは本当に海を渡るのか。
何かの予告編を一瞬聞いた気がした、夏の初めのお話です。