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メリー・モナークin大原田 最終話

「……という、フラッシュモブの主役をかっさらう、全く空気が読めない男です!」
 真咲の話に、会場がどっと笑いに包まれる。
「しかも、一度はフってしまう姉ちゃんも、空気が読めない女です!」

 あの日、ピンクのレイを持って走ってきた友也くんに、私は心の底からギョッとした。落ち着け友也、よく考えろ、私たちは、まだ2回しか会った事がない!
 男女それぞれが遠方に住むため、合同練習の時間が取れず、リモートレッスンを駆使して練習は行われた。全てが一発勝負になるので、画面越しには確かに何度も話をしたが、愛を育むほどではなかったろう?
 その心の叫び虚しく「僕と付き合ってください!」がこだまする。
 全視線を浴びて、私はテンパった。
「いや、あなたが好きなのは『花花』でしょう!?」
 真咲が頭を抱えている。
「見ているこちらが照れてしまう上、プロポーズを断れず追い込まれる女性を見守るダンス?」
 あのセリフ、あながち間違いでもなかったな、と思いながら友也くんをみると
「花花はもちろんですが、花乃さんはもっと好きです!」
 と、顔を真っ赤にしたままレイを握りしめている。そんなにレイを強く握ってはダメなのよ、と思わず噴き出してしまった。
「まず、フラ友から始めましょう」
 私が、ゆっくりレイを迎えるよう頭を下げると、友也くんは
「はい……!!」
 と、私の肩にレイをかけて、それから、みんながお腹を抱えて笑うほど泣いたのだった。
 円花が「花花が好きって言うなら、私も候補でしょ? 私のレッスンってそんなに怖かった?」と後日、真咲に確認を取っていて笑った。

 あの日の映像が会場に流れる。恩田さんの撮った動画は、再生回数を大いに伸ばした。それまでの練習風景も編集されると、再生回数はさらに伸び、サークル舞空は、一部、カネフラの動きも取り入れた『舞空』というジャンルのダンスに仕上がっていった。サークルの枠を越え、今や、『舞空』という社会人パフォーマンス集団としてイベントを行い、わずかに収益も上げつつもある。

 お母さんが、黒留袖を着て、泣き笑いをしながら映像を見ている。肩まで伸びた髪が着物によく似合うヘアアレンジを施されていた。
 燕尾服を着たお父さんは、猛烈に照れて、おろしたての真っ白なハンカチでずっと顔を拭いている。
 あの日の映像は、お父さんもお母さんも映っている。告白のシーンはカットされているが、あの日のお父さんのフラは、観る人の心をちゃんと動かせる、愛に溢れている踊りだった。正直、あんなにお父さんが踊れるようになるとは思っていなかった。
「フラの何かはやっているって思っていたのよ、でもまさか、あのお父さんがあんなに素敵に踊るなんてね。あなたも、真咲もよ」
 お母さんに、サプライズのどこまでバレていたか確認したら、母さんはウットリと言った。
「過去は全部、今に繋がるのね」

 お母さんは、あのフラッシュモブの1週間ほど後に手術を受けた。
「もう思い残すことはない」
 などと、縁起の悪いことを言うので、真剣に家族に怒られ、ついでに、最悪の情報ばかりを流した私も、こっぴどく怒られた。
「母さんの様子を見てたから、端っから信じてなかったけどな」
 久しぶりにお父さんのドヤ顔をみたかもしれない。それから家事をこなせるようになったことのお礼も言われた。お礼を言うのは私の方だと思ったけれど、まだ言えてない。今日の手紙に存分にしたためたから、たくさん泣いてちょうだいよ、と思う。
 真咲も、一人暮らしで少し自炊をするようになったようだ。
 正直に言おう。友也くんが夫となった今、この家族で一番家事が出来ないのは、多分、私だ。効率よく家事を進める彼は
「だって、花乃さんがやると、逆に散らかるんだもん」
 と失礼なことを平気で口にするようになった。

「えー、今日こそは、間違いなく2人が主役の日です。思う存分、告白してもらって、みんなを沸かせてくれることを期待していいでしょう!」
 真咲が、マイクを手に会場をさらに沸かすと、さっと手を上げた。
 結婚式場の扉が一斉に開く。
 円花を先頭に、あの日踊ってくれたメンバーが入場してきた。
「え、うそ」
 そういう私の手を取って、友也くんが、円花のところまで私をいざなう。
 さっき、友人代表で挨拶していたはずの円花が、あの日と同じ衣装を着ていた。

 では!
 そう言って、いつの間にか真咲が上着を脱いでいる。『舞空』のパフォーマーとして、相変わらず鍛え上げている真咲に躊躇はない。
 友也くんも、すでにビシッと着こなしている白いタキシードの上着を脱ぎ出していた。
「君、脱ぐとバズっちゃうんだよねぇ」
 私はつい、本音を漏らして、困った顔で笑ってしまう。
 真咲が叫んだ。

「メリー・モナークin大原田!」
「with江田ー!」
 友也くんも叫んだ。



完 

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