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🎧口紅の魔法、流れ星に乗せて

「私たちって、人生で口紅何本ぐらい食べるんだろうね?」

唐突に言われたことがある。
「えっ?食べてないよ!」と瞬間的に答えたものの、よくよく考えたら、食べてる。
朝塗った口紅は、昼ごはんを食べると落ち、昼に塗り直したものは休憩中に落ちている。

初めて、外出するために口紅を塗ったのはいつだろう。
子供の悪戯ではなく、一人前の女として口紅を塗って外に出た日。

あの日から、何本の口紅を食べてきたのか。
口紅を食べた分だけ気合を入れてきたのかもしれない。
口紅を食べた分だけ、外の世界へ堂々と歩いて行けたのかもしれない。

祖母が亡くなった時、死化粧というのを初めて知った。
祖母は、あまり化粧っ気のない人だった。
ふっくらとした色白の人で、素顔のままでも十分に魅力的だったと思う。

だけど、晩年の病院のベッドの上の祖母は、やせ細って顔も青白く、遠方に住んでいた私は、久しぶりに祖母に会った時、少しギクリとしたのを覚えている。

亡くなったという知らせを受けて、棺に眠る祖母を覗き込んだら、血色のいい頬紅とややピンクがかった可愛らしい赤の口紅がひかれていて「おばあちゃん、いい顔してはるわ」と隣に立つおばさんが言った。
「生きてるみたい」と言ってその頬に触れると、その色味とはあまりにも対照的に、冷たくて硬かったので、驚いてつい、ビクっと手を引っ込めてしまった。
「ああ、生きてるって勘違いしたんやね」おばさんはそう言って「化粧が上手やもんなぁ、私も死んだら、こういう顔にお化粧してもらいたいわ」と笑った。

そうか、お化粧しているから、こんなに生き生きと眠っているみたいなのか。
祖母の口紅姿は見慣れないものであったのに、なんだかとても安心できた。

なんというか、堂々と天国に向かっていく気がしたのだ。
病院のベッドの上の方が、よっぽど死に近い顔だった。
祖母の棺の中にあるのは、死というより「これからどこかへ向かう人」だった。

ビクッとした手に、言い聞かせる。
「冷たいけど、おばあちゃんだよ」
私の手の温もりは、祖母の体に静かに吸収されただけだった。
おばあちゃんは、花嫁さんみたいにキレイな顔で、もう旅立って行った後だった。
私の脳裏には、生き生きと歩くおばあちゃんが浮かんだ気がした。


最近はマスクをして出歩くので、口紅をあまりしなくなりました。
だから、もし気合を入れるのならば、アイメイクになります。(それも疎かにする日の方が多い)
それもまた、儀式として楽しんでおりますが、やっぱり、紅をひくというのは特別な気がします。
なんでかなぁ、あの魔法じみた感じ。

時々、魔法にかかりたいなと、ふと思う時があります。
口紅を塗って歩き出す時。
それは、どの瞬間でも力を与えてもらえる、特別な儀式なのかもしれません。
それがたとえ、食べたら消えてしまう、儚い魔法であっても。


というわけで!
今回のすまスパは『口紅』朗読です!

ちょっと湿っぽい前フリしてしまったー!
作品に湿っぽさはないです。
だけどやっぱり女性特有の「口紅」に対する想いが込められておりました。

私が朗読したのは
枝折さん『あの子と口紅』


口紅と触れ合い始めたばかりのフレッシュな女子高生たち。
まだ、口紅を扱いきれていない幼さが感じられます。
「口紅」を扱えないのと同じぐらい「外の世界」の距離感や同調圧力に戸惑う姿が描かれている気がします。
女子特有の陰湿さや、美や可愛らしさの争い。
似合うものより、よりブランド力の高いもの。
自分で全てコントロールしているつもりなのに、傍目から見る危うさ。

でもそれが、大人になる準備なのかもしれません。
そうして、バランスを整える術を持つ頃に、本当に自分に似合う口紅の色が見つかるのかもしれません。
素敵な女性になるんだよ。
そんなエールを彼女たちに送りたくなる作品です。


そして、ピリカさん朗読
樹立夏さん『おまじないの口紅』

こちらは、口紅の扱いを熟知した大人の女性が出てきます。
白拍子。
そう聞いて浮かぶのは、朧げなイメージでした。
でも。
首を傾げ、口元を覆う滑らかな動き、沈香の香り。
薬指でそっと唇をなぞる、気品あるれる口紅の仕草。
なんと美しい描写だろうと。

現代の主人公、静について外見の細かな描写がないものの、ミュージカル最終オーディションに残るまでのひたむきな芯の強さは、おそらく、白拍子と重なる美しさを持っているのではないだろうかと思います。
そして、恋しい人からのプレゼントの口紅は、さぞや彼女に似合うのだろうなと、その鮮やかな色を想像しました。

ちなみに、白拍子さんのイメージは静御前だそうです。
私詳しくなくて、すぐさま検索に向かいました!
うーん、美しい…!



そして、ごめんなさい、順番が前後してしまいました!
こーたさん、ピリカさんの朗読は『流れ星』でした。

ピリカさん朗読
SHIGE姐さん『星に不埒な願いを』

修学旅行先での突っ走る恋心。
満点の星空を見上げ、流れる星につい願う。
好きな人とキスをしたい。
明子が不埒だとするのは、同性だからなのかもしれません。
好きな人とキスをする。その気持ちを受け取ってもらえない確率の圧倒的高さ。
まるで何事もなかったように時はすぎ、決定的なピースを埋められないまま大人になる明子。
本当はごく自然な気持ちの恋心であるのに、不埒だとするその気持ちに切なさが募りました。
ラストに流れ星のように駆け出す2人が、かつての青春を取り戻しにいくみたいです。
2人がどうなるのかは、星だけが知る、かもしれません。


こーたさん朗読
もつにこみさん『僕らを見てる』

美しい星空を見上げて、流れ星を見つけて
「こんなに星が見える夜なんて、嘘だ、嘘だ、嘘だ」と始まる冒頭に、戸惑います。

それは、暗闇の中で、残酷なほど美しい空。
自然の畏怖というものは、さまざまな形で感じることがあります。
もつにこみさんのそれは、震災でした。
どうすることもできない、太刀打ちの出来ない脅威の力を見せつけると同時に、人間のことなと無関係にただそこにある壮大な美しさ。
むしろ、人間が無力になるほど極められる美しい星空に、胸が掴まれました。
だけど、人間だけが奏でられる「音楽」がそこに生まれます。
無力だけれど、無力ではない。
太刀打ちできないけど、奏でる力がまだある。
ラストに流れる「きらきら星変奏曲」までぜひ聴いてみてください。
私、震災には思うところがあります。少し泣きました。


さて、今年のぴりか文庫朗読は、これにて終了となります!
たくさんの素敵な作品を読ませていただき、ありがとうございました。
本当に楽しかったです。
また、来年、ピリカ文庫で新たな作品とたくさん出会えることを、とても楽しみにしております!



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