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帰るまでが発表会

この3連休、娘のピアノ発表会と、私のウクレレ発表会。
娘の発表会は、朝からドレス着せて、髪の毛整えて、家族総出で良い席ゲットして携帯かざしまくっての参戦。そんな大袈裟な発表会でもないのだが、そこそこイベントとして楽しんだ。

ところが私のウクレレ発表会といえばだよ。
夫は、日課のウォーキング行ってくらーと化粧を施す私を見向きもしないし、娘は友達と遊びに行くから昼ごはん代をよこせと言ってくる。
おいお前ら。フルメイクで久しぶりにスカートを履きこなす母を見てから出かけろや。
母を褒めてから出かけたら、きっと夫はウォーキング中に飲む水がスポドリに変わっているし、娘はお昼ご飯代プラス100円ゲット出来たことだろうよ。
まあ良い。
今回のウクレレは、朝からリハーサルありの、18時まで続く長丁場のもので、私自身、何時ごろ出演するのか正直把握出来ていなかった。万が一「聴きに行くよ」と言われたら、それはそれで、待ち時間長すぎ問題を突きつけられ、遅くなった帰りに晩御飯をご馳走しなければならない話になりそうである。
「夜ご飯作っておくわ」夫のその一言が何よりの褒美だ、母さん一人でも頑張る!

そんな気持ちで、ウクレレを背負い、長めのスカートをたくしあげ、気合いを入れて自転車にまたがると、バッテリーが20%だった。パートに行く程度なら、余裕の数値なので充電をうっかり忘れていた。
この辺はとにかく坂道が多い。平坦な道のほうが少ないぐらいだ。会場までのアップダウンを考える。
行きはともかく、帰りつけるだろうか。しかし、今更充電する時間もない。
仕方ない、エコモードに切り替えて漕ぎ出す。
……想像以上に上り坂が続いた。
今から発表会なのだ、こんなところでエネルギーを使い果たしたくないし、フルメイクを施した顔面に汗をかくのも嫌だ、スカートがヒラヒラと邪魔だし、履き慣れないブーツが、信号にひっかかるたび、ペダルと接触して傷ついている気がする。
くそっ!炎天下が憎い!
母さん、バッテリーで気持ちがやさぐれ出す。

それでも、発表会はとても楽しく終了した。出演した皆様と、お互い褒め合いながら手を振って別れる。
はー疲れた!さて、今日の晩御飯何かなー?何かデザートでも買って帰ってあげようかしら!
なんて思いながら自転車にまたがると、バッテリーは13%だった。不吉な数字やめろ。あと、着いた時15%だった気がするけど、2%どこやった!?
もはや、寄り道なぞしている場合ではない。一目散に真っ直ぐ、1メートルたりとも無駄にせず帰るのだ。来た道を考える。すごく上りだった気がするから、今度は逆に下りが多いに違いない。
日が短くなり、真っ暗となった夜空を見上げて決心していると、後ろから声がした。
「どっち方向に帰るんですか?私、すごく方向音痴なんで、途中まで一緒に帰っても良いですか?」
同じウクレレ教室の方だった。すごく方向音痴とは、どれぐらいを指すのであろうか?
自慢ではないが、私も、すごくすごく方向音痴なのである。
来た道を戻ればいいと人は言う。それが出来れば、トイレから出た瞬間迷子になる人生など歩んではこなかった。

私は、バッテリーの残量について切々と語ったのち「あっちの地下歩道から帰りますよ」と伝えた。すると彼女は「え?あっち?私こっちから来たんですけど……」と言う。
私と彼女の帰る方向は同じはずなのに何故。
ちなみに、方向音痴は、謎に人の言うことを聞かない。詳しい人には黙ってついていくくせに、手探りが始まると「え?こっちじゃない?」とカンで言い出す。どういうわけか、カーナビの言うこともあまり聞かない。
全く同じタイプの人間が二人、別方向に指を刺す。これはもう、嫌な予感しかしない。そして私には、バッテリーの猶予がない。
すると、彼女が先に口を開いた。
「バッテリーなくなりそうなんですよね?私についてきて道が間違ってたら申し訳ないし、かといってそちらが間違ってても、すごく気を使ってさらにバッテリーが減りそうだし(笑)、これはもう、お互い自己責任で乗り切りましょう!私、あっちから帰ります!」

なんて空気の読める方だろう!ありがとう!
私たちは、自己責任の名の下に、各々が信じる道へ漕ぎ出した。
私は、来た道の地下歩道に向かう。

案の定、地下歩道を出た後、逆に走っていた。
そういう予感はしていた。方向音痴を背負って立つ自分に清々しささえ感じる。
これが自己責任…!ひとりでヨカッタ!
来る時に見た覚えのない神社の前で自転車を止め、携帯マップをジッと見る。落ち着け、単純な道のりのはずなのだ。
バッテリーの負担を考えると、出来るだけ乗り降りしたくない、スムーズに走らせるのだ、叩きこめ、この地図を……!!
まるで、ミステリー事件に巻き込まれているかのような形相である。タイムリミットが近い、みんなの命が…!否、自転車の命がかかっている。

そうして、ようやく見慣れた道に出た。もう安心である。
後はこのゆるーく続く坂道を……え、こんなに続くの?という、やたらに長い上り坂だった。行きも帰りも、上り坂に意識が集中しすぎて、下りがすごく短く感じていたのだ。
上れども、上れども辿りつかない我が家。バッテリーがどんどん減っていく。
君は知っているだろうか、バッテリーの切れた電動自転車の重さを。上り道でのそれは、もはや鉄の塊、何かの修行、『巨人の星』で言うところの『重いコンダラ』である。
※『巨人の星』主題歌の歌い出しで、正解は「思い込んだら」だそうだが、多くの人が「重いコンダラ??」と勘違いしたことから、グラウンド整地ローラーがコンダラと呼ばれるようになったらしいです。プチ昭和情報。

はっきり言って、発表会より緊張した。
1%減るごとにこちらの体力も奪われる。頼む、無事帰りつかせてくれ。
こんなに祈りに近い気持ち、合奏の時にもならなかった。それもどうなの。

そうして、我が家に辿りついたのは、残り5%のところだった。歓喜。今日のフィナーレはここだった。
帰り道までが発表会。

クタクタになって玄関を開けると、夜ご飯の秋刀魚の香りが私を包んだ。
この瞬間の気持ちで一曲歌ったら、多分優勝だったと思う。(ただの発表会)




ニヤニヤしながら歌うクセがあります
ここまでが発表会

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