![見出し画像](https://assets.st-note.com/production/uploads/images/165583229/rectangle_large_type_2_01575f6ffe31d3e8f664507ca201aee9.png?width=1200)
パピコのひとつとボクらの全部 3 #シロクマ文芸部
マフラーにほとんど顔を埋めるようにして、僕の家の前にミノリが立っていた。見慣れない制服を着て、寒そうに足を内股気味にして俯いていて、ミノリだと気がつくのに数秒かかった。鞄を持つ反対の手にはパピコを持っている。何味なんだろう?と条件反射でつい確認する。
ミノリは、僕を見つけるとホッとしたような顔をして、それからもう一度緊張のスイッチを入れるみたいに視線を落とした。
色々な疑問が浮かんだし、聞きたいこともあったはずなのに、僕がミノリを前にしてまず口にしたのは
「またパピコ……?」
だった。平日の午後、学校は? と聞くのは、サボり続けている僕が聞けることじゃない。
「またって何よ、9月から一度も一緒に食べてないじゃない」
ミノリは、マフラーに顔を埋めたまま、僕を見ようともせずに言う。僕は、さっきコンビニで買って、食べながら帰ってきた残り一本のパピコをミノリの前にかざした。
「コーヒーチョコは好きじゃない」
そう言ってようやく顔を上げたミノリは、少し笑ってからそれを受け取り、自分のパピコの袋を開けた。
「お腹壊すね」
当たり前のようにパピコを2つに分けると僕に一本を差しだす。ピスタチオ味だった。僕もミノリも、パピコを持っていた方の手が寒さで赤くかじかんでいるのに、それを交換していることにちょっと笑えた。同じことを思ったのか、ミノリも笑った。12月の寒空の下のパピコは、それでも少し柔らかくなっていて、一体どれくらいここで待っていたのだろうかと思う。
「家はミコトに聞いたの?」
「うん。まだ学校来てないって言ってたから」
「塾で話せばいいのに」
「あたし達3人でいると、ソウシは話してくれないでしょう?」
「そんなこと……」
「あるじゃん。LINEだってブロックしてるくせに」
「ブロックは……してないよ! 見てないだけで」
「そんなんブロックと一緒じゃん!」
にわかに口調が強くなったことにハッとしたのか、ミノリはもう一度マフラーに顔を埋め直した。太陽の力が弱くなると、ミノリも弱くなるのかな、とぼんやり思った。
7月。
スケッチをするためにプールサイドに向かった。コンクリートの上で浅い水たまりになったぬるい水が裸足につくのが、本当は少し苦手だ。それでも、プールが僕を呼ぶ。
プールサイドには、1、2年を含んだ5人の美術部員が並んでいて、その多さにギョッとした。
「先輩、今年も水泳部描くんですか?」
2年の部員に声をかけられて、下心が見えてしまったのだろうかと、少し挙動不振気味に頷いてしまった。変な汗が、夏の暑さのせいだと思ってもらえるのはありがたい。
「去年の絵、本当に良かったです。俺もあんなふうに透明感のある水を描きたいと思って」
純粋に目をキラキラさせて言われると、照れ臭い上に、なんだか居心地が悪くなって
「ありがと」
と短く言ってから、プールに視線を向けると、ミコトがプールの中から僕を見つけて手を振っていた。それからとぷんと潜ったかと思うと、あっと言うまに、僕から一番近いプール際まで泳いできて
「今年もここ? やった! 俺描いて、俺ー!」
と無邪気に笑った。
言われなくてもそうするよ、と喉まで出かかったのを飲み込んで
「一番かっこいいやつ探して描くよ」
とニヤッと笑って答えて見せる。
「今年最後の大会、俺、自由形とリレーで優勝するから、ソウシも絵で優勝してなー!」
ミコトはそういうと、ガッツポーズをして、またとぷんと潜って行ってしまった。
「優勝じゃなく、金賞だよ」
レーンに戻って泳ぎ出したミコトの背中に言いながら、スケッチブックを広げる。多分僕は今、すごく幸せそうに笑っているはずだ。そう自覚して、頬を無理やり引き締めた。
空がまだ昼間の明るさを保ったまま夕刻を迎えたその日の帰り道、信号で立ち止まっていると、部活終わりのミコトが、湿った髪のまま走って僕に追いついてきた。
「今帰り? 奢るからアイス食べて帰ろうー」
僕の顔を覗き込むようにして言うと、信号の向かいにあるコンビニを指差す。ミコトの頭から漂うプールの塩素の香りが僕の鼻をくすぐって、これから先、僕の「夏の匂い」と呼べるのは、この香りになるんだろうなと思った。
コンビニに着くと、ミコトは迷わずパピコのコーヒーチョコを選んで少し申し訳なさそうに言った。
「奢るって言ったけど、これ一個しか買えないや、金なかった!」
「僕、お金あるから、自分のは自分で買うよ」
そう言いながら、アイスコーナーを覗き込む。さっぱりとしたソーダ味のガリガリ君に手を伸ばそうとした時だった。
「いいや、奢るったら奢る。俺の絵描いてもらうし! これ、これでいいよ」
ミコトは強制的にアイス売り場の蓋を閉めて、そのままレジに向かって行った。
「ええ、奢ってもらえるのに選んじゃダメなんだー?」
僕はくすくすと笑いながらその背中について行く。
思えば、ここが僕の幸せのピークだったかもしれない。
そのままコンビニの前で、二人でパピコのコーヒー味を食べながら、夏休みの話をした。夏休み入ってすぐの引退前の試合の日程を言いながら、日焼けした腕を、クロールするみたいに伸ばす。
「優勝、優勝!」
と言うミコトは、本当に楽しそうだ。
「大会終わったら受験だしなー」
と僕が言うと
「言うな、それを」
と笑う。
「高校、決めてる?」
少しだけ、勇気を振り絞った自分に「乙女かよ」と心の中でツッコミを入れた。
「決めてる。水泳強いとこ。ただ……」
その後に続いた言葉は、「県外になりそうで、彼女がそれは嫌だと言っている」だった。
別に、ミコトとどうにかなりたいと思ったことはないし、同じ高校に行きたいとか、いや、行ければちょっと嬉しいとは思ったけれど、その程度だと思っていた。
僕の気持ちは恋愛感情ではなく、純粋に憧れからきているものだと思いこもうとしていた。友人として尊敬しているとか、そういうものだって。
中学生なんて、迷走するもんだろう?
心のどこかでそうやって言いくるめていた僕の心は、その言葉に、まさしく失恋の痛手を感じていた。
「彼女、いるんだ?」
動揺を悟られないように、パピコを強く吸い込んでむせたように見せて言った。
「うーん、なんかそうなった。同じ水泳部の……」
同じ水泳部。
青春っていいよな。
僕は、私は、あの子が好き。
そう言い合って、失恋したらしたで慰めあって励ましあって、それもまた盛り上がるんだろう?
部室で他人事のように聞いていた他の生徒の楽しそうな話し声が耳に蘇る。
僕のこの気持ちは、一体、誰と共有できるんだろう。いや、別に共有できなくてもいいんだけれど。
「ソウシは? 彼女とか、好きな子とかいるの? あ、別にいなくてもいいけど! 今回の水泳部、誰の絵を描くのか聞きたいんだった!」
無邪気に笑うミコトを見ながら、僕の恋愛対象にこれっぽっちも興味がないことに傷ついた自分に驚いた。
「僕は……つい最近、失恋したばっかりだ」
せめてもの反撃だった。
「え、ごめん! え、誰? や、言わんでいいけど、ごめん!」
その1週間ほど後だっただろうか。
僕が男が好きで、ミコトにフラれた腹いせに、SNSで水泳部の写真を流しているという噂が立った。
夏休み直前の浮ついた生徒たちの間で、その噂には尾ひれ背びれがつき、まさしく泳ぐように広がっていった。
続く
ーーーーーーー
ええ。まだ続く?とか言わないで!
私も思ってる!
あと、カタカナ表記で、誰が誰や!?
ってなってたらごめんなすって!
以下参考までに
・スダ ソウシ…主人公 美術部部長
・スオウ ミコト…主人公と同じ中学の水泳部男子
・ミノリ 主人公の塾に通う三つ子 水泳部元気女子
・ミスズ 主人公の塾に通う三つ子 メガネサラサラヘア女子
・ミチル 主人公の塾に通う三つ子 主人公にだけ懐いている容姿端麗な人見知り。性別不明。
めちゃくちゃ楽しんでます。
軽い気持ちでシロクマ文芸部さんのお力を借りて書き出しましたが、脳内がパーティみたいに騒がしくなって、勝手に喋ってくれる感じで、気がついたら長くなってます。
長いものを読んでくださってる方に心から感謝の気持ちです。
ありがとうございますー!
年内には終わる予定です。