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パピコのひとつとボクらの全部 最終話 #シロクマ文芸部

「来年は、花火大会ちゃんとやるかなぁ」
「やる、やるよきっと」
「その時はさ、同じ高校行ってるよね」
「誰かひとりぐらい落ちるかも」
「やめてよー縁起悪い!」
口々に話している三つ子を見ながら、ポケットに突っ込んだ小銭を握り締める。
5円で御縁をもじっているとして、少なすぎやしないだろうか。やっぱり500円玉ぐらいは用意しといたほうがよかったかな。
ミチルが、ボケット手を入れている僕の腕を組んで言う。
「ソウシは大丈夫そうだね」
僕は肩をすくめて見せてから、空を見上げた。青い青い12月の空。
「大晦日に神社に来たことはないかも」
鳥居の上に広がる青が綺麗だなぁと思う。
それほど大きいわけではない神社には、それでもまばらに人がいた。ほとんど神社の人みたいだけど。元旦には鳥居の外まで人が並ぶ。
「ダメなんだよ、元旦にお願い事だけして一年を終わらせたら。ちゃんと、今年もありがとうございましたって感謝を伝えに来たほうがいいの」
ミスズが白い息を吐きながら全員を諭すように言う。
「単純に、元旦が混んでいるからっていうのもあるよねぇ?」
ミノリが口を挟む。
「あ、ノリちゃん、そんなこと言ってると、落ち…」
「わーごめんなさいごめんなさい!!言わないで!感謝する!今年、最高でした!」
最高だと、躊躇なく言うミノリに思わず全員が笑った。
「受験生の身分で最高って言えちゃうのミノリぐらいだよ、ボクなんてずーっとナーバス。あーソウシと同じ高校行きたい!」
「なにそれ、あたしたちは?」
「毎日顔見てるし、もう高校ぐらいバラバラでもいい」
「うーわー」
「いや、俺の高校のことも誰か祈ってよ。なんだよ、4人揃って一番頭いい高校入ろうとかさ、俺、すっごい疎外感」
「ミコトは、水泳バカだから」
「ノリに言われたかないって!」
ミコトは、ミチルの反対側の僕の腕を軽く肘で突いて「なぁ?」と笑った。


9月
「ミコトが心配してる」
夕暮れのコンビニにはひっきりなしに客が入っては出ていっていた。外で輪になる僕たちに一度チラッと目をやっては、興味のなさそうな顔をする。僕ら4人は、仲良しのカップルに見えるのだろうか。同じパピコを手に、青春ど真ん中なやつ。
ミコトの名前が出た瞬間、僕の心臓が一度ドンっと波打った。内側から外側に向かって、身体中の血液が音を立てるみたいに巡ったかと思ったら、次の瞬間、その血がまるで蒸発するみたいに体を冷やして消えていくようだった。まだこんなに暑いのに、身体中が冷えていくのを感じる。
「なんで、ミコトを……」
「あたしたちは、半分同じDNAを持ってる」
ミノリがDNAという言葉を持ち出すから、一瞬、三つ子とミコトの生体実験を想像してしまって混乱した。落ち着け、と自分に言い聞かす。
「え、キョウダイってこと? 四つ子とか言わないよね?」
「ううん、双子。あたしたちの母親が」
ミスズが僕の目をしっかり見て言った。単にちょっと血が濃いイトコってことだよと付け足して
「あたしたち、去年からずっと、ソウシくんを知ってた。ううん、ソウシくんの絵を知ってた」
とさらに続けた。
「絵……?」
「去年、ミコトが、すごくキレイな絵を見せてくれた。プールの。この背中はきっとミコトの背中だよってあたしたちはずっと言ってて」
「背中って自分じゃ見れないもんね」
ミチルが思い出すような顔つきで嬉しそうに言う。
「今年になって、その絵を描いた子と同じクラスになったって、ソウシの名前を教えてくれた。今年も描いてもらいたいって、ミコトすごく嬉しそうに話してて。塾で初めてソウシの名前を見たとき、ミコトの中学から、こんな遠い塾に来るわけないって、同姓同名の子だと思ってたんだ」
だけど見つけた。ソウシが落書きをしてるところを。
ミノリが言うと、2人は笑った。
「ノリちゃんが、絶対そうだって、あんなに絵が上手いスダソウシが、同じ学年に二人はいないって言い張って、気がついたら、パピコ分け合っててさ。びっくりしたよね」
「ノリは誰にでも躊躇ないもんな」
ミスズとミチルが楽しそうに笑っているのに、僕にはそれがガラス一枚隔てた向こうの会話みたいに聞こえてた。ミノリは、最初の泣きそうな顔のまま、まるでそのガラスを叩くように言った。
「塾にスダソウシがいるよってミコトに言ったら、様子がおかしかった。それどころか、水泳の大会結果がボロボロだった。優勝するってずっと言ってたのに。お前らお嬢様が三人も揃って塾行かせてもらってる間に、俺は水泳で推薦取ってみせるって。ノリみたいに、ただ好きなだけで泳いでるんじゃないんだって言ってたくせに」
言葉を切ったミノリは、一度僕の手元に目をやった。
「パピコ、溶けてる」
体がこんなに冷えているのに、パピコは溶ける。コーヒーチョコ味をもらう時は、いつも辛い話を聞く前だ。
「それで写真の話とかネットの話も聞いた。他の中学の選手からも、大会のとき「あの人がプールで」とかヒソヒソ言われて、ミコト、かなり参ったみたいで。ソウシの話も……色々聞いた。だから、最初に見つけた時は、興味半分、恨み半分だった。あ、ミコトは、ソウシはネットに流すようなやつじゃないってずっと言ってたよ。でも、噂が出ること自体が、なんか原因もってるんじゃないかなとか、そんな風に思って……」
ミノリの話を聞きながらぼんやり最後の日を思い出す。「違うよな?」と言ったミコトは、何が違うと思ったのだろう。ネットに流したことが? それとも僕が自分を好きだということが?
どっちも疑って、僕に失望していたんだろう?
「だけどさ」
ミノリは自分の携帯をポケットから出すとそのまま僕の方に見せた。
「憧れていたんだよ、あたしたち全員。スダソウシの絵に」
黙って聞いていたミスズとミチルも携帯を僕の方に出した。全員が、同じ絵を待ち受けにしている。光るプールの上に時間がぼんやり浮かんでいた。
「面白がってたんだろ……?」
僕の声が僕の体じゃないところから出ていた。
「ミコトから聞く、中学校の僕と、塾にいる僕の違いを面白がってたんだろ? 平気で人に好きって言ってみたり、変にベタベタしてみたり、それで僕が浮かれるのを見て笑ってたんだろ? 隠キャが調子に乗ってるって。男でも女でも好きになってもらえたら、相手はなんでもいいんだろって! これみよがしに僕の絵なんて待ち受けにして、なんなんだよ!!」
身体中が震えた。握ったパピコが、出口を探してグニュッと押しつぶされるのを、まるで気持ちの悪いものを初めて触ったみたいに投げ捨ててから、僕はそのまま塾へと向かって、それから2度と三つ子を見ないようにした。
三人は、何度もコンビニの前で声をかけようとしたけれど、僕は。
自分の怒りが全くのお門違いであることをはっきりとわかっているのに、それをどうしたらいいのか全く分からなかった。そして僕は、塾でもまた一人になった。


12月
僕が学校に行かなくなって三ヶ月。それなりに親と担任とは話し合い、試験の日は学校に出向いた。高校受験のための話し合いも十分した上で、正しい不登校生の模範みたいに過ごす。図書館と塾、家での勉強。誰とも話さない日が何日も何週間も続く。
正しいって何かはわからないけど、僕は僕の理屈で正しくあろうとしていた。
全部、自分の力だけでやってみせる。

「パピコってさ、一人で食べないよね」
マグカップを両手に包んだミノリが、息を細く吐きながら口元にそれを運ぶ。
湯気が北風に煽られて一瞬消えてからまた立ち上った。
「あたしたちがパピコ食べたい時って、必ず一個余るでしょう? で、それを誰が食べるかってなるんだけどさ、結局みんな、半分で十分だから、残りの一個は冷凍庫にしまったり、三人で回して食べたりするの」
ミノリが何を言いたいのかわからないまま、僕は頷く。
「ソウシを見つけてさ、みんなで分けっこ出来た時ね、単純に嬉しかった。ほら、あたしたちって、三人だから、いつもなにかと誰かが余るのよ。世の中ってペアが多いし。でさ、ミチルがあんなんでしょ、誰とも組みたがらない。あの子はずっと何かと戦ってる。今まではミコトがいて、四人で分けっこしてきたのよ、パピコに限らず。でも中学生って忙しいじゃん」
「雪見だいふくも分けてたってこと?」
僕が真剣な顔で言うと、ミノリはケラケラと笑った。
「えー、アイスを分け合う話がしたい訳じゃないって」
わかってるよ、と言いながら、僕も笑った。
「なんかさ、うーん……。一人で全部、自分を食べるのは無理なんだよ。思考とか性別とか恋愛とか受験とかさ、問題が多すぎるじゃん。全部一気に消化できないのをさ、助けてって、誰かに言ったり、食べてもらったりしないと、お腹壊すんだよ」
ええと、伝わってる? と頼りなさそうにそれでも一生懸命話すミノリに頷く。
「僕はさ、多分、僕の半分を、ミコトに食べてもらいたかったんだ。あ、いやらしい意味じゃないよ」
わかってるよ、とミノリも笑った。
「解決してもらいたいとか、助けてほしいとか、そんなんじゃなくて、ただ一緒に話したいと思った。あの強く泳ぐミコトだったら、呼吸の仕方を教えてくれるって思ったのかなぁ」
「魚類みたい」
ミノリはさらに笑ってから、うん、うん、と頷いた。
「ソウシの絵はさ、あたしたちにとっても、そんな感じだったよ。この絵を描く人と話がしたいって。最初から、好きだったのよ、どうしようもなく」
あ、今の好きは、絵もソウシもだよと付け加える。
「どうしてそんなに人を好き好き言えるんだよ」
呆れた顔をしてみせる。いちいち顔が赤くなりそうな自分が恥ずかしい。
「ミスズがさ、こんな絵が描ける人が、つまらない合成写真なんか作らないでしょう! だったら描くに決まってる! って、ソウシの中学校に文句を言いに行こうとしてた。わかりやすく好きでしょう? ミチルもわかりやすすぎるけど」
「なんだよ、三つ子の好き好き気軽に言うの、家系なの?」
出来るだけ眉に力を入れた。そうしないと顔が緩んで、今まで3人を突っぱねて来た自分が馬鹿みたいじゃないか。
「ソウシはさ、自分のこと好きじゃないでしょう?」
あ、敵わないなと思った。僕がたったひとり、好きの一言で一喜一憂している時に、三つ子は、三人で色々分け合って、きっといろんな好きの形を確認してきたんだろう。
「ちゃんと、自分のこと好きになって、それであたしたちの好きと向き合ってよ。……別に恋愛してほしい訳じゃないよ。いや、そういう気もするけど、ソウシひとりを3人で分けっこするわけにはいかないし」
ミノリがほんの一瞬だけ頬を染めた、ように見えた。


ミノリと話した日の夜、僕は母さんに久しぶりに笑って言った。
「僕、紅茶の淹れ方も分からないようなガキだった! あと、この家って紙コップある?」
ずっと勉強机にしがみついて笑わなくなった息子が、突然そんなことを言ってきたからか、母さんは、一瞬「この子は誰?」みたいな不思議そうな顔をした後、戸惑ったように笑って、僕が想像もしていなかった書類が入っている場所の引き出しを開けた。
「紙コップはここにあるけど……紅茶が飲みたいの……?」
「ううん、人にお茶を入れてあげたくなっただけ。紙コップ、なんでそんなとこに入れるんだよ」
「紙類……だから?」
何それ、とケタケタ笑う僕をみて、母さんもプッと吹き出す。
「3学期は学校行こうかと思う。うまくいくか分からないけど」
「うまくいかなかったら、また休めばいいよ。……もう、なんでもひとりで決めるんだから。我が子ながら、立派すぎて怖いわ!」
笑い声に少し涙声が含まれている。
母さんも、僕がパピコを分けてくるのをずっと待っていたのかもしれない、なんて思う。そう思いながら、ミノリからもらったピスタチオ味のパピコが冷凍庫に入っているのを思い出す。あとで、もう一袋買って、父さんと母さんと3人で食べたいと思った。


『初詣に行かないか?』
というLINEを送ったのは僕からだった。
ほんの数秒で、三人の既読がついて、その後すぐ
『初詣は行かない』
と返信が来た時、一瞬僕の胃が軋んだ。
だけど、その後すぐ、『最後詣に一緒に行こう!』と来て、首を捻りながら、それでも胸の中が安堵でポウッと温かくなるのを感じた。
大晦日に、今年の感謝を伝えに行くのが、三つ子一家の、いや、その母たちの習わしらしい。そして初詣は三が日を過ぎてからゆっくり行くのが、双子や三つ子を育てる親には都合が良かったんだと言うのが、ミノリの見解だ。
『ミコトも誘っていい?』
とミノリからの送信に、
『僕から誘う』と返信したら、全員からサムズアップしたキャラクターのスタンプがピコピコ届いた。

「学校、行くよ」
両手を合わせながら、今年全部に丸ごと感謝ができるほど、まだ僕は大人じゃないや、と思う。それでも、5円がカラカラと音を立てて賽銭箱に入った音を聞いた時、自然と「ありがとうございました」と心が言った。
今、5人でここに立ってることに。
振り返ると、4人はもう階段の下にいて、僕を見上げて笑っていた。
同じ血を持ってる4人は、全然違う顔をしているのに、同じ笑顔だった。
その笑顔に向かって言う。
「3学期から学校行くよ」
言うや、4人がおしくらまんじゅうのように僕の体にぶつかってくる。
「わかったって、ありがとうってば」
押されながら、それでも心からの感謝だった。
「もー、俺、今年の夏の絵が描いてもらえなかったのがずっと心残り! ありがとうって言うなら、絶対また描いて」
ミコトが、体をぶつけながら、でも真剣な顔で言った。
「それはズルい! ありがとうってあたしたちに言ったんだよね?」
ミノリがミコトに体をぶつけながら言う。
「あんた、感謝されるようなこと、してないじゃない」
「はー!? ノリだって、大したことしてないよな!?」
「あたしたちは、パピコを分け合った仲なの! あんた、あまり!」

まぁまぁとミスズが割って入る。
「もう、蛇がケンカしてるみたいなんだから。あ、そういえば来年はお母さんたち年女だねぇ」
思い出したような顔で、「縁起いいかも」と笑う。
「え、僕んちの母さんも」
全員が、そうなの? という顔をした。
「え、ただの同級生ってだけでしょ? 縁起いいの?」
「ミコト」
「ミノリ」
「ミスズ」
「ミチル」
それぞれが自分を指差す。
「巳年のミー!」
「僕ら関係ないじゃん!」
全員が大声で笑う。

最後詣の空はとても青くて。
僕は、春を待ち遠しいと思う。

『パピコのひとつとボクらの全部』


ーーーーーー
年末に、長編に近いものを書くもんじゃなかった!!
ものすごくバタバタしていて、推敲出来てないので、誤字脱字重複等々、お見逃しくださいませ…!
でも、なんとしても年内で完結させたかったのは目標達成のためでした、てへへ。


私は絵が上手い人にどうしようもなく惹かれます。初恋の相手が本当に絵が上手くて、サラサラと何気なく描く線がいつのまにかかっこいい絵になるのを見るのがもう!14歳の至福でした(照)
そんな私の感情をゴリゴリ入れたのと、私も巳年なのと、本当は彼らを巳年にしたかったけど、年齢的に無理やん! でも実は三つ子の「ミ」から始まっていたのと、もはや恋愛どころじゃなくなって、カップル量産できなかったわいな!が、この作品の最後に言いたいことです!

シロクマ文芸部さんに参加できて良かった。
小牧部長ありがとうございました!


最終話、長かったですね。
ここまで読んでいただきありがとうございました!







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