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[ナカミチの考察(VOL.6)] 1000ZXL – 世界最高峰のカセットデッキ

1000ZXLはナカミチの最上位モデル、いや世界中の全てのカセットデッキで最高のカセットデッキといっても過言ではないモデルです。


エピソード


創業者である中道悦郎氏がアメリカで初代1000を持ちこみ、「1000ドルでどうだ」と言って売ったという逸話があるほど、初代1000は業界に一代旋風を巻き起こしたモデルでした。その初代1000(1973年)、マイナーチェンジ版である1000II(1977年)の販売から、1980年に満を持して発売されたのが、通算三代目となる1000ZXLでした。

当時のオーディオ誌で、「読者のお宅訪問」企画では必ずといって良いほど1000ZXLがあったために、メーカーの持ち込み機では無いかという都市伝説もある様ですが、現在中古市場での流通数を見ると実際に購入された機器であったと私は思います。

オートキャリブレーション(A.B.L.E.)


オートキャリブレーション

まず最初は、1000ZXLの肝となるオートキャリブレーションから見ていきましょう。オートキャリブレーションの呼称はABLE。このABLEは、アジマス(Azimuth)、バイアス(Bias)、レベル(Level)、イコライザ(Equalization)の頭文字を取ったもので、英語的には「able:有能な」という意味もありますから非常にマッチしていますね。

このオートキャリブレーションの制御には4ビットマイコンが使われています。現代の技術では、ちょっとした白物家電の制御にも使われないレベルですが、当時はそれなりの技術だったのです。
しかしながら、設定の分解能として4ビットでは不足していましたので、工夫が必要でした。そのため、4ビットマイコンのデータを2回に分けて設定することで256ステップと調整範囲を広く取ることを実現しました。

ちなみに、オートキャリブレーション時にイコライザ設定をノーマルテープで70μS、ハイポジションで120μSにして録音することも可能です。その場合でも、周波数特性はフラットになるようにキャリブレーションされます。ノーマルテープで高域の伸びをやや犠牲にしても、ノイズの少ない録音にしたい場合、逆にハイポジションやメタルテープでノイズは多少増えても、高域を延ばした録音をしたい場合など、裏ワザ的な使い方も可能です。

これまで、「ナカミチ・オリジナル・サイレントメカ」のモデルでオート機能が搭載されたのは
680ZX(オートアジマスのみ)
682ZX(オートアジマス、録音レベル感度)
700ZXL(1000ZXLのABLEから録音イコライザのチェックポイント数が少ない)
700ZXE(700ZXLのABLEから録音イコライザ機能を省略)

となっています。つまり、1000ZXLのオートチューニング機構は最上位モデルに相応しく、妥協はありません。

オートキャリブレーション動作の概略的な流れは以下となります。
※実際には、キャリブレーション結果によって流れは変わります。

アジマス調整(録音ヘッド)
 ↓
1回目のバイアス、レベル、イコライザ調整(粗調整)
 ↓
400Hz、ピークバイアス調整
 ↓
1回目の録音レベル感度調整(400Hz、-10dB)
 ↓
周波数特性チェック(400Hz、7.2KHz、20KHz)
 ↓
周波数特性チェック(400Hz、7.2KHz)
 ↓
録音イコライザ調整
 ↓
周波数特性チェック(400Hz、2.4KHz)
 ↓
録音レベル感度調整(400Hz、-10dB)

マニュアルキャリブレーション機はアジマス/録音レベル感度調整に400Hz(0dB)、バイアス調整に15KHz(-20dB)でしたが、1000ZXLにおいては、キャリブレーション信号の周波数は400Hz、2.4KHz、7.2KHz、20KHzと4種類、レベルも0dB、-10dB、-20dB、-30dBと4段階。
カセットテープの性能を引き出すために、オートキャリブレーション用として、これだけの信号を内蔵させたコダワリに感服しました。手動キャリブレーションモデルの信号は400Hz、15KHzと2種類ですからね。

この高精度を極めるオートキャリブレーションですが、開始から完了までの所要時間は凡そ30秒程度、オートアジマスのみの場合は数秒で完了します。

このABLEによるキャリブレーションは非常に高性能で、ナカミチ推奨テープではノーマル、ハイポジション、メタルといった種類に関わらず、周波数特性20~20000Hz±0.75dB(18~25000Hz±3dB)を保証していました。S/N、ダイナミックレンジ、歪率ではメタルテープに優位性はありましたが、周波数特性に関して同スペックを保証していましたので、私は価格とヘッドの摩耗を考慮し、普段使いでは敢えてノーマルテープを使用しています。

また1000ZXLには、ノーマル、クローム、メタルといったテープタイプの切り替えスイッチがありません。これは、テープタイプ別の設定情報を内蔵していないということです。このために録音済みテープの再生はすぐに出来ますが、録音はすぐに出来ません。これには違和感があると思いますが、オートキャリブレーション実施後に初めて録音することが可能になります。なお、キャリブレーション設定を保存するためのメモリが4つあり、予め録音するテープ設定を保存すれば、オートアジマスのみ実行後、録音することが可能です。繰り返しの説明になりますが、新しい銘柄のテープをセットして、さっと録音開始することが出来ないのです。しかしそれは、デメリットではありません。カタログスペックをギャランティするために、必要なプロセスと考えているのです。

プログラム選曲(RAMM)


RAMMは(Random Access Music Memory)の略で、簡単に言ってしまえば、頭出し機能です。80年当時、私が所有していたSONYのTC-K65のRMS(ランダムメモリー・ミュージック・センサー)は曲間スペース(4秒間の無音部分)を検出して曲の頭出しを行ってわけですが、ナカミチですから普通の方法ではありません。5Hzという音声信号を使い、曲番号を20ビットのデジタルコード化(以降RAMMコードと略)して曲間に録音し、それを検出することで曲の頭出しを行います。このRAMMコードには曲番号だけではなく、録音時のノイズリダクション及びイコライザの設定も埋め込んでいます。これにより、再生時には録音時に設定したノイズリダクションとイコライザを自動設定してくれます。普通テープ録音時、カセットインデックスに曲名と併せて、大抵ドルビー設定を書込みますが、うっかりと書洩らすこともありますから、この機能は保険としても非常に有用です。

また、このRAMMコードはユーザー操作により任意場所への記録も可能ですから、曲間ではなく曲途中に埋め込むことで、曲中の部分リピートも可能です。この5Hzを使ったRAMMコード埋め込みは、再生音に影響は無いのか?という疑問があるかと思います。
検出は、リール速度を通常再生時の約7倍に制御したキュー状態で行いますが、再生はハイパスフィルタで5HzのRAMMコードはカットされますので心配無用です。なお、コード化は15ポイントまでで、メモリ再生プログラムは30曲まで可能です。

メカニズム


[ヘッド]

・再生ヘッド
再生ヘッドは、ラミネートクリスタロイコアーを用い、小型化されたうえ、0.6ミクロンというナローギャップで、再生時に起こる数々の損失をなくし、25kHzにおよぶ高域の再生を可能にしています。

・録音ヘッド
録音ヘッドは、高保磁力、高密度テープの録音に対しても、シャープなクリティカルゾーンが得られ、また大きいバイアス電流によっても磁気ひずみや飽和を起さず、低域から高域までMOLの高い録音録音ができます。クリスタロイのラミネートコアによる3.5ミクロンギャップで、ライフは再生ヘッドと同じように1万時間以上を確保しています。

・消去ヘッド
消去ヘッドはフロントにセンダストを用いたフェライトコアーのダブルギャップです。また消去用バイアス電流はクォーツを用いたバイアス発振器からの周波数を1/2に分周し、52.5KHzを使用しています。これにより消去ヘッドの渦電流ロスが減少。消去電流を増加させることができ、消去効率が大きくアップ。低域における消去率を著しく改善させています。

[アンプ]

ABLEコンピュータにより、それぞれのテープに最適な条件が与えられますが、アンプ回路は、この最適条件で引き出された性能を損なわないよう、ナカミチがこれまで培ってきたノウハウを全て注ぎ込んだ回路で十分なダイナミックレンジと低い歪率でサポートします。

・再生アンプ
再生ヘッドと初段アンプ間を直結、イコライザー回路にはダブルNF回路を採用し、直流の安定化、歪の低減をはかっています。

・録音アンプ
特音イコライザーアンプは、終段アンプと録音ヘッドを直結、ダブルNF回路を採用し、録音時の歪を低減しています。録音入力はL、R、ブレンド(センター)の3ポイントのマイクロフォン入力と、ライン入力がミキシングできる方式をとり、サブソニックフィルタ、MPXフィルタを単独あるいは、このふたつを同時に切り替え使用できます。

別売アクセサリー


本体である1000ZXLの別売アクセサリーとしては、以下の様なものがありました。

・NR-100(ドルビーCタイプノイズリダクション)
・RM-300(専用リモートコントリールユニット)
・DM-10(ヘッドデマグネタイザー)

開発時期的にはドルビーCを内蔵することが出来たと思われますが、敢えてノイズリダクションを外部接続可能にしたと思われます。ナカミチからは、外部ノイズリダクション・ユニットとしてリリースしていた「High-Com II」もありましたから、外部接続仕様にすることで、どちらにも対応するようにしたと考えます。また、専用リモートコントロールユニットは、基本操作以外にRAMM機能の操作、テープカウンタ表示も出来ました。

1000ZXLリミテッド


1000ZXL-Limited

1000ZXLには、限定受注生産モデルとして、「1000ZXLリミテッド」というモデルが存在しました。専用ダストカバー、ベルベットキャビネットクロス、ドルビーCノイズリダクション外部ユニットが付属、フライホイールは真鍮丸棒からの削り出し、アルミシャーシにブラックアルマイト処理、録音ヘッド、再生ヘッドのシールドケースに純金メッキを施し、表面に停滞する過電流を減少させ、外来雑音を抑えています。

電源部のヒートシンクは、熱抵抗、接触抵抗、電気抵抗などに優れた銅板に金メッキ処理を施しています。また、回路のコネクター類も全て金メッキ処理を施し、耐蝕性を大幅に高めています。

フロントパネルとツマミには純金メッキを施し、天然木の突き板を使用したローズウッド仕上げのキャビネットなど、カスタムモデルにふさわしいものとしています。通常モデルの1000ZXLでオプションとなっていた、外部ドルビーユニットも標準で付属されました。また、カセットリッドのプレートにはオーナーの名前が刻まれ、5年間という保障期間が設けられていました。限定数はわずか100台で、極限られたオーナーの手に渡りました。

スペック


トラック形式       :4トラック・2チャンネル・ステレオ方式
ヘッド          :3(消去x1、録音x1、再生x1)
モーター(テープ駆動用)  :PLLサーボモーター(キャプスタン用)x1、DCモーター(リール用)x1、   DCモーター(アジマス用)x1、DCモーター(メカコントロール用)x1
電源           :100V 50/60Hz
消費電力         :最大60W
テープ速度        :4.8cm/秒
ワウ・フラッター     :0.04%以下(WTD RMS)、0.08%以下(WTD PEAK)
周波数特性        :20Hz-20,000Hz±0.75dB、18Hz-25,000Hz±3dB
              (録音レベル-20dB、EX、EXII、SX、ZXテープ)
総合S/N比        :66dB以上(3%THD)、60dB以上(0%)
              (IHF-A、Wrms、400Hz、ドルビーNR、ZXテープ、70μS)
総合歪率         :0.8%(ZXテープ)、1.0%(SX、EXIIテープ)
              (400Hz、0dB) 
消去率          :60dB以上(100Hz)
チャンネル・セパレーション:37dB以上(1KHz、0dB)
バイアス周波数      :105KHz
入力(ライン)       :50mV 50KΩ
  (マイクロホン)    :0.2mV 10KΩ
  (ノイズリダクション) :100mV 50KΩ
出力(ライン)       :1V(400Hz、0dB、アウトプットレベル最大)
(ヘッドホン)     :45mW(400Hz、0dB、アウトプットレベル最大)
(ノイズリダクション) :100mV、2.2KΩ
寸法           :W527xH258xD322mm
重量           :約19kg
販売年          :1981年
当時の定価        :550,000円

出典: ナカミチ株式会社 1000ZXL カタログ (1981年)

最後に


先代の1000/1000IIを含めて、モデル名に1000を冠するモデルはすべてウッドケースの外装になっています。オーディオ機器として威風堂々とした外観を誇る訳ですが、メンテナンス時にはハンドリングに非常に気を使います。特に内部シャーシをウッドケースから取り出す時に養生は必須となりますし、校正・調整には専用治具も必要で調整時間も他モデルとは比較にならないなど掛かるなど維持するためにかなりのリソースが必要となります。それをもってしてもカセットテープとは思えないサウンドと所有感は、他では決して得られない貴重なモデルだと思います。

2023.9.2


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