「白い砂のアクアトープ」第7話までを見ての感想と考察
はたして百合なのか、どうなのか。今のところ判断は保留中。どちらかというと青春群像劇っぽくない?
それはさておき夏だ!海だ!沖縄だ!
美しい映像の奔流ががあなたを沖縄南東部にご招待。
そんな2021年夏アニメ「白い砂のアクアトープ」
8月も下旬になるまで放置していたのだけれど、何となく見始めたら映像美と風花のかわいさにあてられて一気に7話分見てしまった。それではつらつら書いていくことにしましょうか。
舞台は沖縄県南城市にある閉館の危機を迎えた水族館。館長代理を務める元気いっぱいの女子高生海咲野くくるは東京で夢破れ沖縄に逃避行中の元アイドル宮沢風花と出逢う。大切な場所である「がまがま水族館」を継続したい。その夢を叶えるためくくるは奮闘していく。彼女の夢を手伝うことに決めた風花とともに。
大筋はこのような具合になります。きちんとした流れは本編を見てね。
まず特筆すべきは臨場感のある美しい風景。私は沖縄に二度、そのうち一回は離島でキャンプをしたこともあるんですが当時の風や温度を想起させるような鮮烈な描写と演出に目が奪われる。キャラクターの沖縄方言も相まって、見ていると沖縄に行きたくなること受けあいです。もっとも、今はそれが叶わない情勢となってしまっているのが残念ですが。
水族館の裏側を表現する「お仕事アニメ」としても非常に優秀で、複数の水族館への取材を元にした職員の描かれ方は、仕事に対する真摯さ、時に苦悩、そして何よりも楽しさをよく伝えていると思います。視聴後に水族館に行ってみると見える景色が少し広がっているんじゃないでしょうか。
・東から来た旅人、風花
さて、先に少し触れましたが風花が可愛いんだ。亜麻色の長い髪、優しくて押しに弱いところもあるけれど芯のある性格、非常に好みですね。
見出しにはあえて「東から」と入れました。
民俗学の世界には「まれびと」という言葉があります。折口信夫によって示された概念で、外部からやってきた人を歓迎する普遍的な風習の源流には来訪者を神と同一視する「まれびと信仰」があるとする考えですね。
この概念について触れられた「国文学の発生〈第三稿〉」においても沖縄の習俗・伝承は中心的存在として記されています。
そして神はニライカナイよりやってくる、とも。
前置きが長くなりました。
ニライカナイは東の海の彼方に存在するといわれています。
先の「まれびと」とは外からの来客。
つまり、風花の来歴は神をなぞっている。とも考えられます。
ではやってきた神は何をするのか。一般的には豊饒を始めとした祝福を告げる、といわれています。
作中における豊饒は水族館への来客数の増加を指すと捉えるのが自然でしょう。もちろん目に見える繁栄だけを指すのではなく、くくるの心を満たすということも含まれていると思いますが。
そしてもう一つの大事な役割。それは帰ること。来訪者である「まれびと」はここではない場所へと帰っていくことが宿命づけられている。
それは、風花も同じく。
ところで超常の存在が所持品を奪われたことで帰れなくなったという逸話をご存知でしょうか。有名なものに「羽衣伝説」がありますね。水浴びをしていた天女が彼女の美しさに惹かれた男によって天へ帰るための羽衣を隠されてしまうという民話です。
この伝説も沖縄とは無関係ではないんです。
宜野湾市には「中山王察度」という王の逸話として羽衣伝説が語られています。
キジムナーによって帽子が返されたとき、それが風花が沖縄を去る、もしくはその選択を迫られるときになるのでしょう。
・ガマという空間
がまがま水族館の由来ともなっている「ガマ」。ひんやりとした鍾乳洞は沖縄南部に多く見られる地形です。
琉球における洞窟(ガマ)とはこの世とあの世の境界に位置するもの。
それはガマがかつて風葬の場所として利用されてきたことからも伺えます。
風葬とは埋葬や火葬と同様に遺体に対する儀礼の一つで自然な腐敗を待つものです。時代が進むとここから洗骨をして骨壺に納骨するようになりました。現在は火葬に統一されています。
そんな来歴もあって生者と死者が限りなく近しくある場所。
だからこそ、キジムナー(赤髪の子どもの姿をした妖怪)の力で亡くなった人との対面が叶ったのかもしれません。
さて、不思議な経験をしたのは作中では風花、竹下獣医、くくる、常連の神里氏ですがみんな海中の風景を見ていますね。
これはニライカナイとつながったことによる現象と推測します。
ニライカナイ、先も触れましたが琉球における理想郷です。生者の魂が来る場所であり死者の魂が向かう場所。後生(グソー)とよばれる異界であり東の果て、海の底にあるともいわれている。
この世を去った命、これからやってくる命の在る場所。ガマの境界としての特性を寄る辺に現世と後生をキジムナーが繋いだのだとすればあの光景も肯けます。
風花だけは誰かと出会ったわけではありませんが、夢を失った自分自身を見つめていたということで。
・二つの母子手帳について
思わせぶりに出てきたアイテム、くくるが手にしていた二つの母子手帳。これについて少し考えていきましょう。交付日はどちらも平成14年10月8日、くくるのものには名前と生年月日(平成15年7月7日)が書いてありました。
同時に2冊交付されているということは双子だったと考えられます。
5話,7話の描写を見るに姉でしょうか。
余談ですが「くくる」というのは沖縄方言で心という意味です。
生まれる前に亡くなった双子の片割れがキジムナーであるという説も興味深いですが個人的には少し違和感があります。
キジムナーとは琉球における妖怪・精霊の一種。古木に住み魚の目玉やグルクン(タカサゴ)の頭を好物とし、人に恵みをもたらす一方でいたずらや祟りをもたらす側面も持っている存在です。
これに対して琉球では祖霊信仰が強く根付いています。こちらの考え方では死者の魂はニライカナイという異界へ行き、やがて神になる。
人が昇華した存在である神と超自然的な精霊では概念がやや異なるのではないか、むしろ琉球に息づく不思議の象徴としての存在とした方が素直に受け取れる気がします。
つまりくくるの姉(仮称)はくくるが生まれる前、もしくは生まれて間もないころに亡くなった双子の姉ではないかというのが結論です。両親が話していなかった理由は「機会をうかがっていた」「背負わせたくなかった」あたりでしょうか。
・アクアトープとは何か
タイトルも綺麗でお気に入りです。「白い砂のアクアトープ」文字だけで青と白、特に海のイメージを強く惹起するワードチョイスが素敵。
さて、アクアトープという言葉ですがあまり聞きなじみの無い、それでいて意味は何となく分かる感じがするんじゃないでしょうか。
おそらくはラテン語由来の造語でしょう。aqua(水)+tope(場所)、ビオトープという単語が浮かべば分かりやすいかもしれません。
東京ディズニーシーのアトラクションに「アクアトピア」というものがありますがこれと語源は一緒です。
ちなみに同名の水質保全システム(大成建設(株)の登録商標)がありますが無関係でしょう。
直訳すると「水のある場所」、意訳なら今のところは水族館が当てはまりそうですね。
では白い砂とは……。
単純に考えれば沖縄の白い砂。白砂青松という言葉があるくらいには海辺の景勝地の象徴で特に沖縄は珊瑚などを含んだ美しい浜辺が有名ですね。他方で白砂はシラスとも読みます。えぇ有名なシラス台地のシラスです。まさか沖縄を発った二人が鹿児島の水族館で働く、とはならないでしょうけれど。
まぁ2クール目にあたるBD4巻の特典に沖縄観光地紹介が入っていることからも舞台が沖縄から外れることはなさそうですけどね。
変えるとしたら場所じゃなく……。
第7話、年少者の登場は未来の暗示、とは思いませんか?
・“in the ruins of damaged dream“について
作品のタイトルは「白い砂のアクアトープ」ですが副題が付いていることに気づいていましたでしょうか。
タイトルロゴを見ると中央部に“The two girls met in the ruins of damaged dream“とあります。
直訳すると「二人の少女は傷ついた夢の跡地で出会った」
少し整えて「夢の跡で少女たちは巡りあう」
「沈む夢、漂う夢、動きだす夢」というキャッチコピーを引くまでもなくこの作品のキーワードは「夢」なわけです。
これを踏まえて夢の跡という言葉、風花のアイドルという夢に掛かっているのは分かりやすいですがこれがくくるの夢にも掛かるのだとしたら。
くくるの夢はがまがま水族館の継続。危機的状況ではありますがまだ潰えてはいません。つまりまだ跡にはなっていないのです。
全24話、この先がどうなるか楽しみですね。
個人的には12話でがまがま水族館が閉館し風花も帰郷、13話で10年後に切り変わっていると予想してみますがどうでしょうか。
追記(21.9.8):そういえば原作としてクレジットされている名前って「projectティンガーラ」であってがまがま水族館ではないですよね。やっぱり閉館してからが本番なのでは? ティンガーラ=天の川、引き裂かれてからの再会を連想しますが、さて。
ちなみにこのアニメ、公式のファンクラブ(月額550円の会員制)が存在してるんですが知ってました?
オリジナルだからなんでしょうか。あまり見たことない試みだと思います。
……FCサイトトップの二人を見てみて欲しいんですけど私服姿とはいえこれ本当に18歳か? という疑念が拭えない。
そんなところも10年後説の補強になっていたりするのです。
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