【テキストライブ】0917 結果→2489文字/79分08秒【即興小説】
第五回テキストライブ配信、結果です
○良かった点
・発想は悪くないと思う
○反省点
・ちゃんとオチがついていない
・時間がかかりすぎ
・調べ物が多すぎる
・文字数が規定に達していない
SFは即興小説には向いていないのかもしれない。
第二回のときの方が個人的には面白かった。
あと何かとSFと黒人をセットにしたがるのはどこからの着想なんだろうか
正しく起動してくれた。
私を取り巻く人混みから、誰彼となく歓声が上がり、強ばった肩から力が抜けた。イーグエルゼミの友人たちの腕を信じていなかったわけではないが、それでも〈アラカルト〉は多重空間間移動システムのなかでも制御が難しい。もしかしたら、という気持ちがここ数日間、ずっと心中を蝕んでいた。
「ミスター榊によろしく頼むよ」
イェンはここ数日間、大学に泊まり込んでまで機械の調整をおこなっていた。彼の誇り高い黒い肌は、〈アラカルト〉から噴き出した油で汚れていた。あまり眠れないんだ、と疲れた顔で笑っていたのを覚えている。今も同じ顔で笑っていた。
「もちろん。あなた達のぶんまで、榊には言っておくわ」
イェンは私の手を汚すと遠慮していたが、私は無理やり彼の手を取った。寝不足で指の節が細くなった手をがっちりとつかむと、目尻から涙を溢れさせた。
「彼には世話になった。別の世界の彼もきっと、ボクを助けてくれているはずだから……」
だから、何かあったら、向こうの世界のボクを頼ってくれ――
これは、私が榊に会いたいと言い出し、イーグエルゼミの教授に半ば脅迫めいたことをして話を通したときからずっと、イェンから言われていたことだ。
「きっと、そうさせてもらうわね」
私は痛いくらい握り込まれていた手をやんわりとほどいた。イェンはいつも悲しげな目を、いつもの十倍くらい悲しそうに歪めて、それでもバブルガムピンクのくちびるを余裕ぶらせていた。
イェンからの好意にはずっと気づいていた。そうでなかったら、こんな馬鹿げたプロジェクトを手伝ってくれるはずがないし、大学に泊まり込んで〈アラカルト〉を調整するはずないし、榊が集合墓地に埋められたからの私を毎夜訪ねては、指一本も触れず慰めてくれるはずがない。
もし、多重空間間の移動技術が発展していない時代――五百年くらい前だろうか――にあったら、私はイェンと添い遂げただろう。
だが〈アラカルト〉はここにあるし、私は榊を愛しているし、イェンのことも好きだけど、榊ほどではない。
だから〈アラカルト〉の黒い革張りの椅子に乗り込むのに、いっさいの躊躇はなかった。
「じゃあね、みんな。ありがとう」
私はイェンを初めとした、イーグエルゼミの面々に頭を下げた。私が頭を下げるのがよほど珍しかったのか、それとも今生の別れだというのにあっさりしているのに驚いたのか、ざわめきが起こっていた。
教授には特に迷惑をかけた。きっと向こうの世界では、教授の秘密を握りつぶすのに協力しよう。カレンとマックスにも世話になった。榊が生きているときから、彼と私が付き合っているときから、二人から学ばせてもらったことは多い。このプロジェクトでも重要な役割を担ってくれた。道影咲羅とカイロンは未だに好きになれないし、許していないけど、もしかしたら向こうの世界では案外上手くやっているのかもしれない。すくなくともあの事件が起きる前まで、私たちは上手くやっていたから。
「くれぐれも、時空法には抵触しないように」
教授がいつもの眠たげな声を張り上げて言った。私は目礼してハッチを閉じた。閉まりきる寸前、隙間から見えた教授の顔は満足そうだった。礼を失しているのが私らしい、とでも言うようだった。
〉操縦者のプロフィールが正しいことを確認して下さい
その声に従って、私は自分の名前や生年月日、身長・体重・足の大きさから瞳孔の大きさに至るまで、精密なプロフィールを確認していった。これを一つでも間違っていると、正しい時間へ渡航ができず、下手をしたら身体が分裂する可能性もある。
教科書でしか見たことのない事例だが、実際、そういう男性がいた。渡航する際、見栄を張り、自分のペニスの大きさや身長を、通常よりも大きく設定してしまったせいで、いくつかの平行世界と現代に身体をバラバラにしてしまったという痛ましい事件が、揶揄と皮肉をこめて紹介されていた。
榊の好きな話でもあった。『人間の心理は時空を超えるのか』という研究をしていた彼は、その男性の別の世界での心理と、現代との違いを、古びた論理学を駆使して明らかにしようとしていた。
プロフィールの確認を終えると、私はOKを押した。
〉統制局へ届け出がされていません
そうエラーメッセージが吐き出されたが、教授とイェンが共同制作してくれた、時空法による制限を一時的に解除するためのパッチ(つまり違法パッチだ)を操作部に差し込んだ。
すぐに情報が書き換えられ、エラーメッセージは消えた。
あとはひたすら待つだけだ。ホログラムゲームに興じてもいいし、オーディオブックを垂れ流してもいいし、眠ってしまってもいい。
そして次にこの機体を降りる頃には、別天地に到着しているだろう。
私は目を閉じた。
もう少しで会えるよ……
まぶたの裏には榊の笑顔が張り付いていた。
多重空間移動システム――平行世界へ移動する機体〈別天地〉は、これさえあれば時代が変わると言われていたマスターピースの、最後のひとかけらだ。歴史は長く、もう五百年以上前になる。感情と哲学と生殖機能を持った機械生命〈フィロソフィー〉、故人の意識をクラウド上にアップロードして永久の命を与える〈フェニックス〉に続いた人類の夢だ。
これまでの〈フィロソフィー〉〈フェニックス〉が人間社会に大きな亀裂と変化をもたらしたように、〈別天地〉もまた、人々を狂わせた。
この技術が開発されてすぐ、あらゆる企業が技術そのものを独占しようと試みた。もちろん、いつの時代でもそうであったように、そのようなことはできなかった。そうなると今度は、他社製品より早く、より正確に、平行世界へ移動できる機体の作成に熱が入った。現時点での最高傑作と言われている〈アラカルト〉は、そうした市場競争と偶然の連続によって生み出された一機だ。平行世界へ移動するだけでなく、平行過去に戻ることまでできる。技術の転用が難しい点と、時空間の秩序的観点から、現代の過去には移動ができないらしい。
私の恋人――榊は、ある人物に殺された。それをとやかく言うつもりもないが、私が深く傷ついたのは動かしようのない事実だった。
不定期ゲリラでテキストライブの執筆配信をします。
アーカイブを残してあるので、覗いてみてください。