【すっぱいチェリーたち🍒】スピンオフ 多さわこ(おおのさわこ)編 ⑤
あかん、本筋では文化祭終わってんのにまだまだ追いつかへん(笑)
こちらの記事は、仲良くさせてもらっているうりもさんの企画に乗っかって書いています。
▼ プロローグはこちら。
▼ スピンオフ さわこ編 前回の第④話はこちら。
さわこ ・ エピソードⅤ ‐ 帝子の逆襲 - (前編)
目が覚めると白い天井に白い壁、自分が横になっているベッドには見覚えがあるが、ここは自分の家ではない事は明らかだ。
しかし、見覚えのあるタンスに小物、家族の写真などが小さな部屋の隅に整然と並んでいる。
着ている寝巻きも着慣れた寝巻きだ。
なんとなく覚えがある。
起き上がると自然と身体が動く。
窓際の仏壇の写真の前に置かれている水を取り替える。
写真は2つ。
一つは婚約をして結婚を約束し生涯の伴侶となるはずだった、京和克で、もう一つは夫の毛野比帯一の物だ。
京和克とは、お互いに16歳の頃に出会って、20歳になったら結婚しようと誓い合った。運命の人と直感し2人は恋に落ちた。そしてすぐに戦争が始まった。
翌年、京和克に赤紙が届き戦地へ送られた。
必ず生きて帰るから、お前も生きろ、戦争が終わったら結婚しよう、と約束をした。
そして、終戦間際の8月12日、彼はフィリピン沖で特攻隊として出撃して二度と戻らなかった。
彼は、出征中に帰省した時は必ず会いに来てくれて一緒に過ごした。
最後に会ったのは彼が特攻隊に配属されるのが決まった直後だった。
いつも優しくお酒も飲まない彼が珍しく酒に酔っていたのを今でも思い出す。不平不満など口にしない人だったが、その時は違っていた。
『お国の為、お前たちを守るために死ぬのはいい。』
『戦場では良い奴がどんどん死んでいく。』
『自分は死ぬ、日本を守って死ぬ事に不満はないが、俺たちのような国を守るために命を賭けれる人間を戦地に送り出して、自分たちで戦争を始めておいて安全な場所で命を懸けないばかりか、本土が攻撃されようとしているその時ですら戦場にも出てこないような責任の取り方も知らないような連中ばかりが生き残るのかと思うと日本の将来が不安だ。』
たしか、そんな事を言っていた。
そして、最後にこう言った。
『お前は俺の分まで長生きをして俺の分まで幸せになるんだ。』
『わかったな。』
酔ってはいても強い口調で有無を言わせない迫力があったが、泣きわめいて彼にしがみついて首を横に振っていた。
翌朝、別れの際にも彼は同じ事を言った。
『必ず幸せになるんだぞ。約束だ。』
絶対に首を縦に振らなかった。
必ず帰ってきて、と何度も言った。
彼は、悲しそうな顔をしていたが、優しい目でじっと見つめてくれた。
そして、振り返る事なく戦場に向かって行った。
その直前に撮影した、今では古ぼけてしまっているが、あの優しい眼差しの彼が、当時のまま時を止めて少し顔を引きつらせて笑ってそこにいる。
多帝子は、この写真を見るといつもあの頃を思い出す。
( ずいぶん年をとってしまったもんだねぇ・・・ )
その隣で、夫の毛野比帯一が笑っている。
こちらの写真は、晩年の帯一の姿だ。
帯一は73歳で他界した。膵臓癌だった。
見つかった時には手遅れだった。
びっくりするくらいあっという間に亡くなってしまった。
帯一は、12歳年下だったので、まさか夫に先立たれるとは思っていなかった。夫に看取られて死ぬのだろうと、漠然と思っていた。
結婚したのは、帝子が37歳の頃だった。
終戦から17年経っていた。京和克が帰らぬ人となって17年経っていた。
戦後しばらくはその日の生活も大変だった。
帝子の両親は、空襲で亡くなってしまったので帝子は戦後を独りで生きぬいた。
器量も良かったし、今でも若い頃の自慢をするが、本当に帝子は美人だったので縁談の話は後を絶たなかった。お金持ちの妾の話なども多かったが、帝子は全て断っていた。
京和克と誓った約束を忘れられなかった事や、自分だけが幸せになっていいのかどうか、結婚して果たして幸せになれるのかどうか、いくら考えてもわからなかったから、答えを出せないでいたからだ。
帝子が35歳になったある日、京和克が夢に出てきた。
戦後しばらくは毎日のように夢に見ていたが、10年も経ったら夢に出るような事もなかったので夢の中で驚いた事を今でも覚えている。
( 昔の事はこんなにはっきり覚えているのにねぇ・・・ )
久しぶりに夢に出てきたと思ったら、彼はこんな事を言った。
『はやく良い人を見つけて結婚しなさい。僕が成仏できないよ。』
照れくさそうに優しく彼が笑っていた。
戦争前に誓い合ったあの頃のままの姿だった。
その夢を見た直後、帯一と出会った。
帯一から想いを告げられてから2年悩んだが、これ以上は待たせられないと思い、思い切って首を縦に振った。
周囲からは反対されていたにも関わらず、多への婿入りに、帯一は大層喜んでくれた。多家は代々女系である。
京和克も喜んでくれているように思えたので、帝子も幸せだった。
( もうそろそろそっちに行くつもりだけれど、もう少し待っとくれよ。)
( さわこの婿さんを見つけないで死ねないのでね。 )
二つの写真に手を合わせてそう伝えると、腰を伸ばして考えた。
( ・・・しかし、ここは何処だろうねぇ。 )
( 病院にしては、自分の家具があるのがおかしいねぇ・・・ )
考えていても解決しないので、とりあえず着替えて外に出る事にした。
部屋には引き戸が二つ。
一つは開けるとトイレと洗面台があった。
もう一つは、小さな台所の奥に玄関らしきスペースがあり、そこにあった。
その引き戸を開けると、そこは薄暗いホールのような場所で、真ん中に大きなテーブルが置いてあり、椅子には点々と人影があった。
誰がいるのかよく見ようと目を凝らした時、目の前を人影がゆっくりと横切って行く。
左手で車椅子を押しながら右手にベッド柵を抱えたパジャマ姿・・・
いや、下半身はオムツ姿のお爺さんが、何かブツブツ言いながら帝子の目の前を、帝子の両目をしっかりと見つめながら通り過ぎていく。
『 京都府きょーとし左京区たなかもんぜんちょうひゃくまんべんべんべんべんべんべん・・・ 』
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多さわこは、おばあちゃんが入所している特別養護老人ホームたりき苑に向かっていた。
毎日下校の際に立ち寄っている。
コロナになってから面会制限などあって、会える時間は少なくなってしまったが、それでも会える事で安心感もあった。
入所してすぐの頃、おばあちゃんは新しい環境になじめず混乱して、帰りたい帰りたいと言っていたが、しばらくすると元気もなくなって表情もなくなっていってしまった。
ただ、少しずつ元気を取り戻してきていて、少しずつ新しい暮らしに慣れているような感じもあった。
そんな頃、あの事件が起こった。
おばあちゃんが施設から抜け出してしまって、道路で倒れている所を通行人に助けられて救急車で運ばれたのだ。
持ち物から身元が分かって病院から学校に連絡がきた。
おばあちゃんが肌身離さずに首から下げているお守りの中に、多さわこと書かれた木札が見つかり、そこから学校に連絡連絡が来たらしい。
( あの形代、おばあちゃん私のために使ってくれてたんだ・・・ )
さわこは、おばあちゃんがくれた先祖代々に伝わる形代の事を思い出していた。
『 これは願い事をかなえてくれる形代だから、大事につかいなさい。 』
おばあちゃんと同居し始めて、しばらく経った頃に5枚の形代を分けてくれた。
願い事をして、対象の人物の名前を書いて、肌身離さず108日身に着けていたら、願いが叶うらしい。
『 おばあちゃんの願い事は叶わなかったけれどねぇ・・・ 』
と、さみしそうな笑顔でさわこの手に握らせてくれた。
あの時のあったかいおばあちゃんの手の感触が思い出されるようだった。
( 私の願いも叶いそうにないな・・・100日もせずに落としちゃったんだもの )
( 一度に二つもお願いをしたからバチがあたったのかな・・・ )
さわこは、少し寂しい気持ちになった。
そんな事を思い出していたら、たりき苑の前に着いていた。
辺りはすっかり暗くなってしまっていた。
日が暮れるのが早くなったな・・・。
秋の風が、さわこのおさげ髪を揺らす。
首筋が寒い。
そろそろ首巻きをしないと・・・。
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どうやらココは老人が集団生活をしている施設のようだ。
いわゆる老人ホームというやつだろう。
そういえば娘がそんな事を言っていた気がする。
しかし、こうも記憶が曖昧だと調子が狂う。
こうして頭がしっかりしている事もあれば、なんだか意識だけが霧の中に迷い込んでしまったような感覚になる事もあるみたいで、自分が自分なのか誰か別人なのかもよく分からなくなってしまう。
だいたいそういうはっきりしない時は全体的に鈍くなって眠たくなって仕方ないし、何もやる気が起きない。
それに、どうやら全く覚えてないような事もあるみたいで、気が付いたら夕方になっていたり、そもそも今日が何月何日なのかもよく分からない。
それに、部屋には馴染みの品があるから少しは安心できるのだが、どうも何の道具か分からい物もある。
ずっと使っていたような気もするが、このガラス製の道具の使い方がよく分からない。コーヒーに関係ありそうな気はするし、いつも使っていたような記憶はあるのだが、どうしても使い方がわからない。
そういえば、孫のさわこと一緒に暮らしていた時は、さわこがそっと手伝ってくれていたから不自由せずに使えていたような気もする。
孫のさり気ない気遣いも、日々衰えていく帝子にとっては辛いものだった。
また何かできなくなった。
こんなこともできないのか。
どんどんと、何もかもを喪失してしまう恐怖感、寂しさ、悲しみ、辛さが、じわじわと帝子の心も容赦なく蝕んでいった。
・・・だから忘れてしまうようになったのかねぇ。
あと少しでなんだか思い出せそうなのに、どうしても思い出せない。
なんだろう、この変な形のガラス製の容器と丸い紙の束は・・・。
自分の意識の変化すら忘れてしまった頃に帝子は少し我に帰る事ができるようになってきた。
しかし、さっきはびっくりしてすぐに引き戸を閉めてしまったけれど、あの爺さんはいったい何なんだ。京都がどうのこうのとブツブツと言ってたけど・・・。
あぁ、こういうのがボケたとか痴呆とか・・・なんだっけ、認知症とかいうのかねぇ・・・。
そうか、アタシもボケちまったから施設に入れらてたんだねぇ、勝美も上手くやったねぇ、アタシの子ながら天晴だヨ。
修行も途中で放り出してしまって、何でも弟の克己に押し付けてばっかりで奔放に育ってしまって、結婚もせずにどうするつもりかと思ってたけれど、そういう決断力と行動力は流石に多の血だよ、嬉しいじゃないか。
・・・ただねぇ、克己が行方知れずになってしまって、さわこの面倒を見なきゃいけない大事な時にアタシがこの体たらくであの子もアテにならないとなると、ちょっとこんな所でのんびりしている訳にもいかないのさね。
帝子は、部屋の中を見渡して考え事をしていると、ふと思い出したように仏壇の引き出しを開けて、一冊の手のひらサイズの小さなノートを取り出した。大事な事がそこに書かれている気がしたからだ。
ノートの表紙には、自分の字で大きく【読むべし】と書かれている。
ノートの中には、箇条書きでいろんな事が書かれていた。
最初は何の事かわからなかったが、どうやらこれまで経験してきた事や、生活していく上で必要な事などが書かれているようだ。
思い出せる内容もあったが、まったく身に覚えのない出来事も記録されていたが、さすがに自分の筆跡はわかるので、自分が経験してきた事を忘れてしまっても思いだせるように記録した物なのだろう。
( さすがアタシだよ。 )
そのノートによると、何度かこの施設から脱走したらしい。
( 我ながらヤルじゃないか、アタシもそのつもりだよ。 )
一度、かなり遠くまで脱走できたようだが、結局自宅がわからなくなり、困ってへたり込んでいた所をゴリラ似の学生さんに助けられたらしい。
その事が書かれているページの隅に走り書きで、【スーツの男/克己?】と書かれている。
また、次のページいっぱいに大きな字で【ゴリラ顔/性格よし・婿候補、さわこと同世代か】と書かれている。
たしかに何となく思い出せる、あんなにゴリラにそっくりな顔は忘れられない。
だれがゴリラやねん、というツッコミまで聞こえてきそうだ。
( たしかに親切で優しくて性格の良さそうな子だったねぇ、顔はともかく克さんに性格はそっくりだったよ。 )
( やっぱり、さわこの婿には優しい人が良いよ。 )
( あの子は物静かだから、あんまりキツイ性格の相手じゃダメさね。 )
そうと決まれば善は急げだ。
今夜抜け出すとしよう。
毎日さわこが面会に来てくれるらいいので、その後だ。
しかし、家の場所がわからないとなると、どうしたものかねぇ。
ノートをめくりながら考えをめぐらす。
駅や病院など、ある程度の覚えがある場所には行ったようだが、肝心の自宅には辿り着けていない。
ノートの後半には、【もう失敗できない】【次が最後だ】と書かれている。
そうとなれば不確定な賭けに出るわけにもいかない。
恐らく、そのあたりの不安要素が払しょくできないので、最近は大人しくしていたようだ。
考えろ帝子、90歳にもなったんだ、アタしゃ伊達じゃなんだヨ。
9歳サバを読む帝子であった。
しばらく悩んでいたが、急に閃いた。
田梨木高校、富良子。
そうだヨ、富良子を頼ろう。
たしか、あそこの長男坊が田梨木高校の校長をやっていたはずだ。
なんで今まで思いつかなかったのかねぇ、ボケちまうとこうまで鈍くなるかねぇ。やだねぇ。
不良雄坊、小さい頃は散々"可愛がって”やったんだ、アタシの事を忘れたなんて言わせないからね。イーッヒッヒ。
そうだ、手土産が要るね。
あの子の好物だった紫色の小袋に入ったお菓子が必要だね。懐かしいね、あの子あのお菓子が大好きで、喉を詰まらせて死にかけたからねぇ。
心肺蘇生してやった事を覚えているかね。
まだあの子が、こんなちっさい頃だったよ。
(帝子55才、熟れに熟れた美魔女時代の想い出である)
あの子にとっては、ファーストキッスってやつだ、ヒッヒッヒ。
アタしゃあの子にとっては、命の恩人であり初体験の相手だもの、無下にはできないヨネ。
フフフ。
待ってな不良雄坊、すぐに遭いに行くヨ。
数十年ぶりに心躍る帝子99歳の血圧は、上がる一方だった。
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校長室で、富良子不良雄Aの報告を受けた不良雄は、その報告に満足して校長室に特設してあるキッチンスタジアムの後ろの大きな窓を覆っているブラインドを指で少し開いて校庭の様子を見ながら、明日の子ども食堂のメニューをどうするか頭を悩ませていた。
校庭の真ん中を一匹の黒猫がゆっくりと横切っていく。
その刹那、背筋に何とも言えない悪寒が走る。
なぜか、もうしばらく会ってもいない、多さわこの祖母である多帝子の笑顔が脳裏を横切る。
胸と唇を触りながら不良雄は、思い出したくない想い出を振り払おうとするが、そうすればするほどに帝子が追いかけてくる、そんな恐怖を感じながら、大きく息を吸い込んで、ゆっくり吐き出しながら校長室の大きなソファに腰を沈めた。
『 嫌な予感がする・・・ 』
( 克己さん、荷が重いっすよ・・・ )
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誰もいない校庭を、”孤高の空を歩む者”が歩いている。
二本脚からは、『ゴリラ』『ウーリー』『うりも』『くろねこ』『はとむね』等と呼ばれているが、当の本人にとっては、呼ばれ方などどうでもよかった。
天涯孤独で実力でこのあたり一帯を縄張りにしてきた。
ここいらでは誰もが一目を置く存在。
それがオレ、"孤高の空を歩む者"だ。
仲間からは、敬意をもって”孤高の”と呼ばれている。
公園から五里も離れたこんな所に来た事には理由がある。
最近、ここら界隈で問題になっている愚連隊が、どうやらガッコウの四角い池の近くに居着いてしまっているらしい。
もともとガッコウ周辺の警備をしていた三毛猫一家と、その舎弟筋の赤サビ組の連中から相談を受けて、わざわざココまで出向いてきたのだが、どうも様子がおかしい。
いつもならガッコウの前で出迎えがあるはずなのに、それがない。
二本脚の集会も終わったようでガッコウの中は静かだった。
敢えて開けた校庭を歩いて身を晒してみたものの、特に動きもない。
❝ 嫌な予感がする ❞
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今日の多さわこの書記は素晴らしかった。
さすが多さわこだ、黒板にあんなに美しい字を書けるなんて。
この機会に多さわこと同じ担当になりたかったのにうまくいかなかった。
残念だ。
しかし、貝差彩子だけを警戒しておけば良かったはずなのに、なぜこうなった。
なぜ小室哲子が多さわこと同じ裏方なのだ。
気になる気になる気になる気になる。
小室哲子。
宇利盛男だけでは飽き足らず多さわこまで惑わすつもりなのか。
許せない。
あの木札を処分して気が晴れるはずだったのに。
文化祭で”私”は、多さわこに近づけるだろうか。
それにしても宇利盛男だ。
劇の主役を買って出るなんて何て恥知らずなんだ。
しかも、貝差彩子から主役の座を奪ってまで。
宇利盛男、”私”が思っている以上に厄介な存在なのかも知れない。
“私”から全てを奪ってしまう存在になるかもしれない。
要注意だ。
油断するな。
木札も処分した、数日すれば体調も戻るだろう。
つづく
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今回は、以下の方に登場してもらいました。
▼ 宇利盛男役のうりもさん
▼ 富良子不良雄役のふらおさん
▼ 貝差彩子役の彩夏さん
▼ 小室哲子役のTKさん
■ 参考資料
▼ 認知症の方の気持ちや思考については、こちらの記事を参考にしています。
▼ 特攻隊等については、こちらの記事を参考にしています。