彼女のその1。
「なんであんなこと聞いちゃったんだろ?」
平日、午前中のオフィス街を酒の残り香と共に越え、自宅のベッドで突っ伏して彼女は悶絶する。深酒の次の日にこういうことは確かによくある。
あー、恥ずかしい恥ずかしい、と繰り返しながら、醒めてきた意識と同時に生まれる敗北感と罪悪感、尤も勝ち負けなどない筈なのだが?と思い直したりしてみる。
敗北感は自分でなんなりと出来る。”そういう事”を期待しているように思われてはちょっと悔しいだけだ。そして、彼が素敵な男の子であることは間違いない。そういう子に好かれないというのは残念ではある。
問題は罪悪感。
これは何!?と彼女は自分に問いかける。
答えはすぐに出た。
彼に、”今までとは違う何か”を思わせるような事を言ったからだ、と。
悪い事をしたなぁ、と彼女は少し悲しくなる。そういうつもりではないのだ。この関係性を変える事を求めてなどいない。今を十分満喫しているし、この感覚は悪くない。ただ、なんとなくの一言だったのだ。
「魔が差した。」
と言った後にもう一度後悔する。酒のせいではあるが、耳に入れてしまった方はそうはならない事を、大酒呑みであるが故に彼女は知っている。
携帯を手に取って、彼女は何かを思案する。
いつもなら次の日に、昨日のあの空間の中に言及することはない。そのぐらいあの空間を出る時は現実に帰るような感覚を持っている。
そして、彼女は手を離す。
ここで何かを投じることは、逆に昨日の質問に意味を持たせることに他ならない、と。
『もう一回寝よう。自ら引き金を引く必要はない。そういうことは面倒だわ。』
昼過ぎだというのにパジャマに着替え、彼女は時計を見る。
あとどのぐらい眠れるか、今はそこが重要だ。
揺れている時は揺れていることには気付かない。
冷静で賢い彼女を以てしても。
この一年後、時間をかけて生まれる大きな変化に
彼女はまだ気付いていない。