とある二人。その2
玄関を開ける。
「おつかれー。」と言いながら入ろうとする彼女を一旦制し、彼は自分の靴を片付ける。
中に入り扉に背を預けて彼女は踵に手を掛け、一段上がって自分の靴を揃える。
『大人と小人みたいだわ…。』
大きな靴にある種の感動を覚えながら、
「ねえ、靴のサイズって幾つ?」
投げかけられた素朴な疑問に彼はサラリと答える。
「でっか!」
見つけるの大変そうだなぁ、などと思いながら、部屋の中へ滑り込む。
「着るもの貸して。」
彼女がTシャツを受け取って着替えると、太腿まですっぽりと隠れてしまうことに改めて彼は驚く。
『俺の服着てる。』
少し幼いときめきを感じながら、彼女が小柄であることを再認識する。
「仕事だったの?」
「うん、仕事。のお付き合い。」
そう言って彼女は床に座り、椅子に座って画面に向かう彼の膝に顎を乗せる。
「どうだった?」
「美味しいお店に連れて行ってもらって、センスのない下ネタを聞いてた。」
スッとした表情を崩さずに彼女は言う。
彼は苦笑いを浮かべて、彼女からお土産と差し出されたタバコを受け取る。
「ストレスフルだね。」
「そうねぇ、何度か話を切り替えてみたんだけど…鉄壁だったわ。」
あはは、とクールな表情のまま彼女は笑う。
「下ネタってホント、センスだと思うのよね。」
「どういう意味?」
「品がないとただの下品な話だし、センスがないとなんか汚い。」
「汚い、って。」彼は思わず吹き出す。
「極論だけど、ぐっちゃぐちゃのどえらい話をしていても興味深く聞けたり、面白く笑えてしまうのはセンスの問題だと思うのよ。逆に、ある程度の普通の話でも なんかすごく気持ち悪く聞こえるっていうのは、”センスがない”って事だと私は思ってる。」
『ぐっちゃぐちゃのどえらい話ってなんだろう…。』
と彼は思うが、敢えて訊ねない。彼女の場合、自分の想像の範疇を越えた話が飛び出しそうな気がする。
そういうのを真顔で話すのが面白いんだよな、とも。
「でも、仕事の話も出来たんだけど。そこで切り上げて帰ればよかったわ。
お料理が全てとても美味しいお店だったからこそ、気分が悪かったのよ。」
「そこ!?」
「だって、誰とどんな風に食べるかは大事でしょう?」
他愛もない話。冷えた酒とそれぞれの体温。
とてつもないスピードで密度を濃くする空気に、
二人して身体の距離を詰めるタイミングを計っていたことは
彼も彼女も気付いていない。