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「アンスクーリング その1」朝食を作らない母親。子供だって眠い日もある、お腹が減らない日もある。

前回の投稿で、子供達がホームスクーリングという
ひとつの選択をした事を書きました。

実はホームスクーリングにも種類があります。
学校のように時間割を決めて学業や習い事をするものや
フリースクールなどに通ったり、机に向かい勉強するものなど
確定的な決まりはないのですが、「一定のやる事」があるタイプと
「どこまでも子供が主体であり、制限をしない」タイプがあります。

後者のようなタイプのホームスクーリングを
「アンスクーリング」と言います。

アンスクーリングについては
「あくまでも子供が主体であり、本人の好奇心や興味に基づき学ぶこと」
というのが私の中での定義となっています。

そして我が家では、実際にアンスクーリングという考え方を採用しています。
その為、子供達には一日の中の活動でしなくてはならない決まりはありません。
(家庭内における支え合いは別物です)

むしろ本人たちが必要に応じてやるべき事を設定して一日を過ごしています。

一日の始まりや起床のタイミングに関しても
長男は朝3時に目覚ましをかけます。
起きられればそこから活動開始です。
もう少し睡眠を取る日でも、5時ごろには動き出します。

変わって次男の朝はゆっくりです。
同級生が学校へ行く頃はだいたい寝ています。
8時を過ぎた時は声を掛けますが、それまでは眠りたいのならと寝かせています。
時々6時に起きたりするとなんだか誇らしげなので可笑しくて微笑ましいものです。

我が家では子供達の自由を尊重する代わりに
「早寝早起き」だけは幼い頃から徹底してきました。
そのことの意味について、彼らはもう十分に理解しているので
今では各々の自由としています。

それでも「たまに映画を観る」などでもない限りは夜更かししませんし、
陽のある時間に活動する事をとても大事だと思っているようです。

ちなみにタイトルにある「朝食」も、私の方で準備する事はありません。
空腹感も個々で違うし、その日の活動内容に応じても変わります。
一日フィールドワークに勤しむ日の長男は、朝から丼飯。
基本ベジタリアンな次男は、果物だけ。
食べたいものがあれば朝から自分たちで賄います。
子供達に任せています。

なにか問題あるでしょうか?
兄は14歳、弟は10歳です。
子供とは言えど、それぞれに別の人間ですから
目的に応じて起きる時間も違えば、お腹の減り具合も違うのが自然です。

そういうところで敢えて足並みを揃える事をしない、というのも
アンスクーリングの発想を重視するところから来ているとも言えます。

彼らには一切のカリキュラムがありません。
用意されているものは何もないのです。
自分の好奇心の赴くところで行動が決まります。
自分で考えて動く子供達に
つまらないところで足並みを揃えさせる事に価値を感じません。
自分で考えて動くということは
実は自分の行動に対して責任を持っているということでもあります。

そんな「1人の人」に対して、所謂「普通」という観念を押し付ける意味が
あるとは思えないのです。
子供とは言え、1人の人間です。
さっきは年齢に話を挙げましたが、実は年齢で語れるものでもないとも思っています。

親も子も1人の人間です。
様々な固定概念を押し付けられて生きやすい人は、そうはいないと思います。
すごく単純な話で、眠い日もあれば、お腹が空かない日もあるわけです。
まずはそういうシンプルなところから、子供達自身が自分の本当の声に
素直に生きられる環境を作りたい。
そして、「作りたい」といっても朝食すら作らない私が作れるものはむしろ何もなく、
そこにはそれぞれの価値観や個々の自由が存在して、
新しい環境が自然と作られていくのです。
だから起床時間も朝食も個人判断で任せているのが現状です。

それで子供達がだらしなくならないか、と言えば
驚くほど「なりません」。

要は重要なのことはどこまでいっても、どんな場面でも
彼らがコトの意味を「理解しているか、否か」ただそこだけにあるのです。
子供だってきちんと納得していれば、必要性は自然と感じるものです。
自らの体験からきちんと学ぶものなので、心配ありません。



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