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向こう側へ(短編小説)

青空が広がり風そよぐ気持ちのいい天気の日には必ずといっていいほど、サブはお気に入りの場所へ出かけて行く。そして今日も丘の上の見晴らしの良い指定席で高いフェンスで囲まれたこちらの世界の外に広がる乾いた大地とその遠く先にうっすらと見える草原をじっと見つめていた。

「おいサブ、そろそろ夕飯の時間だ。時間通りに戻らないとまたお前、母さんに叱られるぞ。」

夕食の合図である6時の鐘がちょうど鳴り響きはじめたところだった。ここではベルトコンベヤーで一斉に食料が運ばれてくる。自分の世界に入りきっているサブのしっぽを軽く噛み引っ張った。

「ねえ兄さん、フェンスには鍵がついていないし見張りもいないのにどうして僕ら皆ここに留まるのだろう。僕には本当に理解できないんだよ。」

渋々起き上がったサブは日が落ちていく遠い大地を見つめ大げさな溜息をつく。

「その話はまた後でだ。とりあえず早く家に戻ろう。俺は腹が減っているときにその話をするのは好きじゃない。お前がよく知っているだろ?」

俺はそう言い終えると土を蹴り走る。家まで競争だ。夕暮れに照らされ茜色に輝く黄金の毛並みをなびかせながら、2匹の美しいチーターが丘を駆け下りていく。

***

家に戻ると長らく会っていなかった叔父がちょうど配給されたばかりの食事にありついているところだった。サブは叔父を見つけるやいなや夕飯そっちのけで目を輝かせ駆け寄り、質問攻めをする。

「叔父さん、いつ戻ってきたの?お願いだよ、また外の世界の話を聞かせてくれよ。僕は叔父さんの話が大好きなんだ!」

笑顔ほころぶ叔父を横目に、母はまた始まったといわんばかりに部屋を出て行ってしまった。叔父はうちの一族では変わり者扱いされているのだった。というのも彼は外の世界で生きた経験がある、そしてここへ生きて戻ってこられた珍しい経歴の持ち主だからだ。

俺たちの住む世界は高いフェンスで出来た壁で覆われたとても平和なところだ。規則に従い、秩序を乱さない限り、時間通りに食料が運び込まれ、のたれ死ぬなんてことはない。必要なものは全てそろっているし、毎日なんとなく生きていけるのだ。ここでは安心・安定こそが最も大事にされている価値観であり、高いあの壁は外の世界からここにいる住民を守るために遠い昔に建てられたものであった。

だが叔父は若い時、その壁を乗り越え、外の世界を旅したのだった。腰を悪くし、以前のように走れなくなってからはここの世界へ戻り、こうしてふらりと現れては外の世界の話をしてくれる。

「サブ、いい加減にしろよ。叔父さんが若かった頃の外の世界と今は全然違うんだよ。ニュースでも見ただろう?外の世界では毎日戦争やテロなんかでいつ死に巻き込まれるかわからない。とっても危なくて恐ろしい世界だ。お前みたいなナイーブでサバイバルスキルもない奴が外の世界に出たってすぐ殺されちゃうに決まってるよ。」

吐き出すようにそう言うと、部屋の隅で静かに酒を呑んでいる父さんが続けた。

「エイジの言い方はきついが、言いたいことはわかる。サブ、この世界で満足できないのならどの世界でも生きていけないぞ。別に外の世界への憧れを捨てろとは言わないがとらなくてもいいリスクはとる必要はないだろう?いつかお前もエイジのようにいい嫁さんでも見つけて家庭を持って私たちを安心させておくれよ。母さんもお前のことを心配しているんだぞ。」

そう言うなり、父さんは居心地が悪いのか部屋を出て行ってしまった。
サブは怒りと悲しみが入り混じったような目で床を見つめている。

「まあエイジのいう通り世界は変わってきているよ。だけどここの世界だって変わってきている。結局、どこにも絶対安心なんてところはないんだから、自分が強くなって生きていくしかないだろう。サブ、外の世界は確かに大変さ。ここと違って、お前は自分で食べるものを探し、寝床を見つけ、仲間をつくらなきゃいけない。でも、だからこそ、自由だ。誰もお前をジャッジしないよ、だってお前はNobodyだからさ。それはすごく怖いことでもある。だって自分が何者なのかって、どう生きていくかって毎日問い続ける必要がある。こことちがってなんとなく流されて生きてはいけないんだよ。でもそれはとても素敵でやりがいのあることなんだ。」

ニヤリと笑ってサブの頭を撫でると叔父は続ける。

「なあサブ、いつか年をとって腰が悪いだの家庭があるだのそんなダサい言い訳をつくる前にさ、外の世界を駆け抜けて来いよ。お前が思っている以上に世界は広くて楽しいからさ。」

***

サブがこの世界を出てもう2年が経つ。風の便りに聞くと元気でやっているらしい。俺の新しい日課は丘の上のあいつのお気に入りだった指定席から外の世界を眺めること。いつも俺の後ろをちょこちょこついて回って、小さくて頼りなかったサブがたくましく大地を駆け抜けていく様子を想像すると嬉しいと同時に妬ましいようなちぐはぐした感情を抱いてしまう。ダサい言い訳を並べて自分の本心から逃げているのは紛れもない、怖がりな俺じゃないか。本当は俺だって向こう側にいってみたいくせに。きっとサブもここで毎日イメージトレーニングしていたんだ。この世界を出る日のことを。6時の鐘がなる。今日もまた終わる。でもきっと明日は向こう側へ。。。燃えるような夕焼けを背に1匹のチーターが颯爽と丘を駆け降りていった。


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