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007_超車!超カー!スーパーカー!!

みなさんの好きなスーパーカーは何ですか?
私が一番好きなのは、カウンタックです。

こんにちは。トレトロです。名前のとおり、レトロが大好きです。
レトロ好きの仲間の飲み会で、よく昭和50年代(1970年代後半)の話をして「なつかしい!」と、皆で盛り上がっています。

そこで、勝手にレトロなお裾分けということで、
昔の話をnoteにまとめることにしました。

子どもの頃に、突然やってきたブームについて書いていこうかと思います。

あくまで、私の周辺の狭い話となってしまいますが、
楽しんでいただけますと幸いです。

さてさて、今回のブームは・・・

スーパーカーブーム!

小学生に上がる前、物心着いた頃からカウンタックが好きでした。
家にはカウンタックのムック本があって、母もお気に入りだったようです。
家の壁にカウンタックのポスターが貼ってありました。

どうやら、知らないうちにスーパーカーブームが来ていたようです。

カウンタックといえば赤!
だと思ってます。
このシザーズドアは、アコガレでした!

当時、おばあちゃんち近くの駄菓子屋では
スーパーカーカードくじが売られていました。
カードくじはおなじみの、カード裏に赤文字で「当たり」が出ると
オリジナルのカードアルバムがもらえる仕様です。

駄菓子屋に通い集めていました。
カウンタックが出たときはうれしかったなぁ。
でも、すぐに物足りなくなるんですね。
所詮は印刷されたカウンタックなので、形あるものを触りたくなる。

そして、スーパーカー消しゴムが欲しくなって。
幼稚園の帰り、母に20円をもらい、ガチャを回していました。
(当時のガチャは、1回20円でした。)
もちろん、カウンタック狙いです。

ところが、
コスモスポーツ、フェアレディZ、セリカ・・・
日本車しか出ません。

もしかしたら、そのガチャはスーパーカー消しゴムではなく、
日本の名車消しゴムのガチャだったのかも知れません。

スーパーカー消しゴムでレース?

飲み会などでスーパーカー消しゴムの話をすると、
レースをしたり、落とし合いをしたりしていたそうですが、
実は、私にはその記憶がありません。

ガチャを回して集めていた憶えはあるのですが、
それで遊んだ記憶がないんですよね。
皆さんはどうですか?

どんな遊びだったかと尋ねると、
机を4つ並べて鉛筆で机上にコースを描き、ボールペンのノック部分を使い
プッシュしてレースするというもの。
または、机の対角線上にお互いの消しゴムを置き、ぶつけあって落とし合いをするというものでした。

どちらの遊びも、ボールペンのノック部分を動力源にしていたことは
共通しています。(下図1)

(下図1)ボールペンのノック部分で発射!
指で弾くのはダメ?

滑りをよくするために、消しゴムにロウをぬったりしたそうな。

生まれてはじめてのラジコンは、スーパーカー!

私には叔母が1人いて、幼少期によく遊んでもらいました。
彼女はおばあちゃんちの2Fに住んでいて、タバコやお酒といった嗜好品を
私にすすめてくるのです。
私はたばこを吸いましたが、すぐに気持ち悪くなって吐いてしまい、
それ以来、たばこを吸えない身体になり現在に至ります。

また、フォークグループにハマっていたようで、
ステレオから「ふきのとう」や「グレープ」がよく流れてました。

そうそう、
スターウォーズの映画に連れて行ってくれたのは叔母です。

さて、その叔母が結婚するというので
ある日、お相手の男性が、姉である母のもとに
訪ねて来られました。

そのときいただいた手土産が、当時では高価だったラジコンの
ランチア・ストラトスでした。

カウンタックの次に惚れたスーパーカーです。

画像は赤ですが、当時もらったラジコンは
白ボディにグリーンのラインが入ったラリー仕様のものでした。

当時は、家の周りに用水路跡があり、子どもたちの遊び場になってました。
車や自転車が通らない格好の走らせ場です。

私はそこでラジコンを堪能しました。
爆走するランチアを追いかける子供たち!
水溜りの上を、飛沫を立てて走るランチア!

そういや「エクスドライバー」というOVAで主人公のひとり、
理沙の愛車がブルーのランチアでした。
もちろん、DVD BOXを買いましたよ! いまでもたまに観てます。

OVAエクスドライバーの2巻 青いランチアが、、、、かっこいい!!
実車のランチアやヨーロッパスペシャルのエンジン音を聴けるだけでも買い!かも

ラジコンは間もなくして壊れましたね。まったく動かなくなって。
多分、水溜りのせい・・

小さなスーパーカー

ミニカーにもずいぶんとお世話になりました。
子どもの頃って、乗り物が好きで電車とか飛行機とかにも興味がいくと思うのですが、私は“車”ひと筋でした。(弟は、鉄道)

おばあちゃんちとお隣の家の間には2mほどの隙間があって、
そこにある花壇(といっても、土があるだけ)で
ブロロロローンとミニカーを走らせ、一人遊びをしてました。
昔から土やどろんこが好きで、ソフビや超合金なども土まみれにするので、おばあちゃんが水で洗い流し、鉄は錆びるという繰り返しで。

当時、花壇で遊んでいたミニカーはいまでも持っています。

いまでも持っている当時のミニカー
車体のウラを見ると「1975 MADE IN ENGLAND」とあります。
このミニカー、ヤフオクなどでよく見かけるのでメジャーなものだったのかもしれませんね。

このミニカーの造形とカラーリングが好みです。
よく土の上で転がしたり、埋めたりして遊びました。

私のスーパーカーブームは、ここで一旦去っていきます。

後年、大人になってからブームが再燃し、ミニカーを集め出しました。

トミカ製のミニカーは大きさも程よく、造形もよくて
ついつい買ってしまうんですよね。
最近まで買っていましたが、さすがに置き場所に困り
今は買い控えています。

トミカ製は出来が良くってお値段も手頃。
サイドミラーがないのが、唯一の不満点です。

ちなみに、ブーム再燃のきっかけとなったのが、グランツーリスモ5です。
カウンタックでプレイできたんですよね。
洋書のスーパーカーの本を買い、ミニカーを買い、ゲームにはまり
幼少期とはちがう、少しリッチなスーパーカーブームでした。

スーパーカーの歴史の本
全編英語ですが、豊富な写真で「写真集」としても楽しめます!

(オマケ)どろんこ遊び

当時の私はほんとうにどろんこ遊びが好きで、
雨上がりでぐちゃぐちゃになった土の上を裸足で走り回っていました。

どろんこのメッカといえば、田んぼや畑です。
母によると、あるとき友人と2人で
ねぎ畑に侵入し、葱坊主を片っ端から引っこ抜いて遊んでいたそうです。
弁償として結構な額をお支払いしたと言ってました。

さて、どろんこ遊びが、ある日、大変なことになりました。

当時の私は爪を噛む癖があり、手足の爪すべてを噛んで超深爪でした。
そのままの状態でどろんこ遊びをするので、バイキンが入り、
すべての指が「ひょう疽(そ)」という病気になったのです。
爪の下に膿がたまり、指先の腹がプックリ腫れあがり
激痛が走りました。
あまりの痛さに、その晩は一睡もできませんでしたね。

翌日、外科に行くととりあえず溜まった膿を出さないといけないと
千枚通しで爪の上から穴を開けるという治療をされました。
空いた穴から膿が溢れ出し、消毒後包帯して完了です。

付き添った母は、私が爪に穴を開ける治療をされるのを見て、
「気を失いそうになったが、なんとか踏ん張っていた」そうです。
彼女は注射が大の苦手らしく、ここで気を失ったら注射を打たれる!
との思いから、必死だったそうです。

担当医によると、私は化膿しやすい体質らしく、
どろんこ遊びは控えるようにとのことでした。

その後も何度か化膿しましたが、
慣れたもので、「あ、これやばいかも」と思った痛みには
マチ針の先端を火で軽く炙り、爪の側面に小さな穴を開けて
ぎゅうーーっと押して膿を自力で排出する術を身につけたのでした。

以降、ひょう疽になったことはありません。


今日のお話はここまでです。
読んでいただきありがとうございました。

次のブームでまたお会いしましょう!

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