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人間関係の構築って

新しく相談員が配属された。
私一人では心許ないから。
急拵えのバディ。

相談員の経験者だから、即戦力になるよ、と聞いていたけれど、施設ごとに流れは違う。
この施設の当たり前が通用しない。
それは2ヶ月前の私にも言えることだった。

人の説明を腕組みをして聞く彼に、仕事をはやく覚えてもらいたいから、メモをとってほしいと言った。
早く自分の仕事を他の人と分担できるようにしたいのもあるけど、前任の彼から教わったことを、同じように新人に返すことも仕事だと思ったから。
パソコンの前に座って、このフォルダのこのファイルを開く、と一緒に確認しながら伝えた。
紙ベースの表と表の突合の仕方を教えて、定規と鉛筆、消しゴムを渡しながら、こうやって、日にちがずれないようにするといいですよ、とアドバイスした。
契約書の社判を押すところは、鉛筆で丸をつけて、そこに押してもらった。
教えるたびに、前任の彼はとても丁寧に教えてくれたのだと感じた。

一つ一つ仕事を覚えてもらうたびに、前任の彼への思慕は強くなる。ファイルの中の彼の名前を消して自分の名前を上書きするたびに、彼の仕事の上に私たちの仕事があることを感じる。
Fax用紙の送信者に、前任の彼の名前があったから、新人の前で、それを消して自分と新人の名前を入れた。
使い方も注意事項も教えた。

そうしたある日。
朝礼の時間に、新人の姿がなかった。

朝礼は淡々と進む。
上司には視線と手の動きで報告した。
新人が出勤していません。

前任の彼が、無断欠勤したあの日を思い出した。
いつもの時間が過ぎても到着しない車。
いつもの時間に出勤しない彼。
朝礼で発言を求められるのはいつも彼だったのに、私に発言を求められた。絞り出すように、「今日は午前中、本部の事務長とミーティングです」と答えた。

「おはようございます」
朝礼最後の声出しは、声にならなかった。
朝礼が終わって、すぐ上司が寄ってきてくれた。
多分、私の顔色がだいぶ悪かったんだろう。
「あの人、来てないの?」
「先輩もあの日、連絡も無く来なかったんです。それで警察から電話がかかってきたんです」
私の言葉を聞いて、上司が他の職員に、新人に電話をかけるよう指示を出した。
「大丈夫、あの人はそういう人じゃないから心配しないで!」
明るい声色で、私に言ってくれた。
結局、新人は、前夜にお酒をたくさん飲んで、寝坊したらしい。
「遅くなって、すみませんでした!」
慌てて出勤してきた新人に、他の職員がわあっと寄って行って、やっときたわね!遅かったじゃない!と声をかけていた。
それからその後で、上司が、寝坊したら気づいた時にすぐ電話連絡をするようにと指導してくれた。

その時にはやっと震えは治まっていたけれど、しばらく仕事に身が入らなかった。
そのあと、急に入った面談だとか、なかなか事務長が来ないで押しているミーティングの準備とかをしているうちに、隣で大あくびをしたり、うとうとしたりしている新人が目に余った。
「もうお昼だし、先に休憩しますか?私が電話番してるんで」
もうイライラが募って仕方がなかった。
多分昨日頼んだ書類の作成は、途中で止まっていると思う。パフォーマンスにも影響があるから、先に休憩してもらうことにした。

その後のミーティング。私は午前中の件さえなかったら、普段の精神状態でいられたと思う。
滅多に来ない、本部の事務長が相談業務を指導してくれると聞いていたのに。
予想もしないことで、辞令が降った。
まぁ、それはいいんだけど。謹んでお受けするけれど。
新しい立場でやっていくだけじゃ無くて、これからも新人の指導をして、新人と協力しあって仕事をして行ってほしいと。
あんなことがあった後に、お互いに敬意を払えとか。
ちょっと理解できない。
その上、分からないことがあったから、聞きたいことがあったのに、自分の言いたいことだけ言って、話したいことだけ話して、帰りの送迎があるからと帰ってしまった。

ミーティングでは、新人が、男なのにマメだと言われるくらい、ケアマネに報告しなさいと言われていた。
前任の彼はずっとやっていた。
新人はやってくれるだろうか。

お互いに対しての不満は他の職員に言うな、中立である上司には伝えてもいい。
こんなことも言っていたけれども。
決してやってはいけないことだけれども。
どうしても前任の彼と比べてしまう。
苦しくて仕方がない。

ミーティングが終わってから、本部の事務長が、「大丈夫?」と声をかけてきた。後ろに主任も心配そうにこちらを見ている。
返事は涙に邪魔された。
多分泣き虫だと思われているだろう。このところ、私は涙もろくなっている。
離婚した時だって、猫と会えなくなった時に寂しくてわあわあないたけれど、今回のレアケースにも気持ちがついていかない。
「何泣いてるんだよ、頑張ろう」
結局、休憩室に篭って一人で泣いた。

どうにも、前向きになれない。
心の中が乱れた。

私の心の中の彼が、カウンターで黙々とファイルに目を通している。多分書類をまとめるために情報を集めているんだろう。もうそんなことをしなくて良くなったんだけど、落ち着かないのかもしれない。

そうだ、私にはやらないといけないことがあった。
そこでやっと仕事をする気になった。

彼とお喋りしたい衝動を堪えて、新人に新しい仕事の指導をした。彼からも教わっていない、本部の部長からの宿題。
「さっき事務長から指示を出された内容は、この書類を使えば解決すると思います」
「ああ、はぁ」
私は、協力し合うための言葉遣いを、使えるようになれと、事務長から言われたんだった。
「一緒に、やりましょう」
絞り出すように言った言葉で、新人の表情が明るくなった。

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