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ラジオドラマ脚本 016

「桜と夏奈子」
登場人物 
主人公—健作(ケンサク) 28歳
看板娘—夏奈子(カナコ) 38歳

健作「やっぱり、桜! 桜だよ! 逆に桜のない景色は考えられない。寅さんだってさくらがいないとダメなんだよ。」

(N)健作さんの引越の重要条件は、桜に決まった模様です。休日は、候補の不動産巡りが最近の日課のようです。

健作(M)ネットで調べるよりも、現地をみて、町場の不動産屋もみてみないとダメだよな、逆に。

健作「桧原不動産? 何か感じるね。」
夏奈子「はい! 今、行きます。少しお待ち下さい。」


健作(M)完全な家族営業の不動産屋に違いない。いい情報があるかも。

夏奈子「お待たせ致しました。どんな物件を
お探しですか?」

健作(M)ちょっと、おっとりした喋りだけど、言葉自体は明瞭に聴こえるが、いやなリズムではないな。

健作「この辺りに、桜が見える部屋とかないですか?」

夏奈子(M)この人、なんだろう?いきなり、間取りじゃなくて景色からって、どうなってるの? 少し、笑いをこらえた。

健作「いきなり、桜って、変ですか?」
夏奈子「おかしくはないと思いますよ。普通なら、陽当たりが良いとか 静かだとか、彼女と住むから、2LDKがいいとかの条件提示が普通だと思います。」

(N)夏奈子、少し困り顔で、答えています。

健作「そこですよ。逆に、自分のカラーを全面的に押し出したいんです。逆に!」
夏奈子「わっ、わかりました。探してみす。」

夏奈子(M)健作の溢れ出れる暑苦しい思いが、なんとなく、羨ましい。若さなのかな。

(SE)キーボードを叩く音

健作「すみません! お姉さんの名前は夏?なんて読むの?」
夏奈子「夏に、奈良の奈に、子供の子で、か な こ と読みます。」
健作「かなこさんかぁ。僕は。健作、よろしく!」


健作(M)オレンジ色のTシャツが似合う感じがするから、夏なのかな?

夏奈子「それにしても、なんで桜なんでか?」
健作「やっと、聞いてくれましたね。ほんとに、聞きたいですか?」

健作(M)この話を誰かに話したかったんだよ。聞いて驚くなよ。

夏奈子「いや、やめておきます。」
健作「えっ、なんでだよ! 夏奈子さん、ちょっと!お願いします。」

夏奈子(M)どうせくだらない事なんだよな。大凡の想像はつく。

(N)夏奈子には、だめんずに対する予感めいた感覚が備わっているようで女友達からもよくいわれているようです。ただし、だめんずセンサーが働いても、魅かれてしまうようです。夏奈子の悪い癖です。

健作「桜って、一年に一度しか咲かないじゃない?それと、桜は、いろんな伝説も、あるし、その事を考えると、すごくワクワクしない?夏奈子さんも、ワクワクするでしょ。一年に一度の口実が必ず有るのだから、女の子も、誘い易いでしょ。毎年、ロマッチックだよね。来年の予約は、夏奈子ちゃんで決まり、いいでしょ? 夏奈子ちゃん、予定明けておいていいでしょ!」

夏奈子(M)いつの間にか、さんから、ちゃんに変わってる。この子、私をバカにしてる?でも、部屋から桜が見えるって、素敵だよね。確かに、だめんずにまた、ひかれてる。こりませんね。

健作「まだ、見つかりませんか?この界隈、けっこう気に入ったんだけどな。」
夏奈子「ちょっと、待って下さい。すみません、その間に、こちらの用紙に、必要事項を記入して下さい。はい、ボールペン!」

(SE)ラジオの音がかすかに聴こえる

夏奈子「二軒ほど、有りました。どうしますか?内見しますか?」
健作「行きます! 行きます! 夏奈子さんと、デートだ!」
夏奈子「違います! 仕事です。資料をプリントしますので、少し待っていて下さい。」

(SE)プリンターの排出音

夏奈子「今、電話したんですけど、内見は、一軒しか出来ません。まだ、一軒は、住んでるようなので。」

健作「一軒だけでも見れるは、僕がついてるってこと。そこに桜が見れるなら、もう、決めてもいいかも。」
夏奈子「健作さん、今、桜は咲いてませんよ、葉桜ですからね。」
健作「そこなんですよ。逆に今から、来年の事を、想像するのも、また、粋なものんですよ。女の人には、わからないかな。」

夏奈子(M)だめんずセンサーが、働いてるけど、なんか魅かれるな。

(N)流石、夏奈子さんのだめんずセンサー、今後、長く続く事になる事を予想しています。

(SE)商店街の音

(N)暑い日差しの中、健作が、ゆっくりと桧原不動産に向っています。オレンジ色のTシャツが、風になびいています。

健作「ごめんください。夏奈子さんいまか?」

(N)奥から、夏奈子さんの声が響きます。

夏奈子「はい!」
健作「夏奈子ちゃん! すみません、その後、いい物件ありませんか?」
夏奈子「そうね、その後、物件情報は、更新されていませんね。」

健作「なんだ」
夏奈子「桜の条件は、難しいかもしれませんね。」

健作「簡単だと思ったのに」
夏奈子「わたし、花見って、どうも苦手です。」
健作「えっ、夏奈子ちゃんは、花見嫌いなの?花見嫌いだなんて意外だな。日本人だよね。違う?」
夏奈子「花をみるのは、好きなんだけどね。ただ、許せないのは、あの酔っぱらいの集団が、とてもいや!」

夏奈子(M)あの傍若無人な集団が、幅を利かせる事をその時期だけ容認する雰囲気も好きになれない。すこし、潔癖過ぎるかな?

健作(M)あっ、その気持ちよくわかるな。でも、僕のキャラじゃない。

健作「来年は、僕の借りた部屋で、見れるから、そんな変な集団からから離れて、ゆっくり、僕の部屋から眺められるよ。きっと、最高の時間が流れるだろうな。」

夏奈子(M)健作さん、あのこちらの世界に戻ってきて下さい!おい!健作!こら、聞いてるか!それにしても、なんで、この人わたしみたいなおばさんを熱心に口説くのかしら。すごく不思議な気持ちになる。でも、気持ちが悪くはないのが、また、不思議な感じ。

健作「桜を年に一回見れる事って、すごく奇跡だと思わない。その奇跡が、僕のモチベーションだったりするんだ。なぜ、そうなるかって? 実は、僕にも、よくわからない。」
夏奈子「確かに、奇跡。同じような時期に毎回咲く花。不思議。」
健作「桜をみてると、将来に対する不安な気持ちが消えていくんだ。だって、翌年も同じように咲きまくるんだぜ。自分の将来なて、小さ過ぎるよ。」
夏奈子「そうね、将来なんて確約されていないのに、毎年咲く桜かぁ」
健作「でしょ、夏奈ちゃんも、僕との将来を不安に思う事なんてないからね! 来年、僕と夏奈子ちゃんと、花見をする桜が咲く春の日に。不確実の未来なのに、確実になった事がひとつ。」
夏奈子「えっ? どういう事?意味がよく分からないんだけど。なんか、健作くんは、不思議だね。」
健作「夏奈ちゃんは、鈍感だよね。それとも、鈍感を装ってる?僕が、こんなに夏奈子さんの事、口説いてるのに、まったく知らないそぶりだもの、僕も、ついに、言葉にしてしまったよ。僕の負けだね。」
夏奈子「ごめんなさい。私、この歳になっても、相手の気持ちに気づくのが、遅いみたい。だから、今でも彼氏なし数十年、お客様だとばかり思っていたの、ごめんなさい。」

夏奈子(M)正面切って、こんな事いわれたのは、いつ振りだろう?

(N)だめんずセンサー、振り切ります。夏奈子さん、気づかないようです。


健作(M)夏奈子さんの制服が、秋らしい色合いのものに変わった。僕たちの間に、変化なし。逆に、夏奈子さんに逢える口実が出来て、嬉しかったりもするが、夏奈子さんのつれない態度が気になるんだ。

夏奈子「健作さん、少し待っていてもらえますか?前のお客様の件、片付けてから」
健作「イスに座って待ってます。」

(SE)ラジオから流れるスローテンポな歌謡曲

夏奈子「お待たせしました。」
健作「その後、いい物件出てきましたか?」
夏奈子「そう、それで、一度連絡しようと思っていたところでした。良さそうな物件が、出てきました。」
健作「グットタイミング!素敵なタイミグ!すぐにみにいける?ダメ? 」
夏奈子「まだ、情報だけで、先方には、確認していない。ちょっと、待っていてね。確認します。」

健作(M)不動産の物件探しのように、いつ来ても、先に進む事がないまるで、僕たちの関係のようだ、あの告白から、夏奈子さんは、まるで、心閉ざす感じで、僕との接客業務を淡々と遂行している感じ。よそよそしいと言う言葉がしっくりる。

夏奈子「紅茶でも、いれましょうか?」
健作「紅茶よりも、ビールがいいな。」

(SE)ビールの栓を抜く音

健作「あれ? 本当に出てきたよ。夏奈子さん、一緒にどう? 」
夏奈子「わたしは、勤務中です!お客様どうぞ!」


健作(M)結局は、お客様なんだよな。

夏奈子「ほら、この物件、二人で住むには、ちょうどいいと思うけど‥」

            【完了】

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