3.11をツイートで振り返る ー 親が東京での新居に引っ越すまで
2011年3月25日〜31日のツイート
10年後の振り返り
両親を迎えて早々に別居したいとツイートしているのが私らしい。帰省はしていたとはいえ、別に暮らすようになって20数年なので、無理もない。我が家は引き戸で仕切られるものの、壁で部屋が仕切られてないので、両親との同居により家が避難所のようになっていて、私も夫ももって一週間だなと感じていた。
そんなある日、母が急いで玄関ドアを開けようとして、玄関に置きっぱなしになっていたモノを倒し、そのせいで玄関ドアが閉まらないまま放置。というところに私がエレベーターから降りたら、家から出てくる猫びーと目があった。びーちゃん何やってるの、と言ったら、びーはゆっくりと家に戻ったのでよかったが、くーが家の中で見つからず(結局、家の奥の方にいたのだけど)、少しの間大騒ぎした。ちなみに当時、猫は三匹いて(まー、びー、くー)、家の中には玄関に向かうところに引き戸もあり、二重に猫が出られないようにしているのだけど、それなのにどうして?という感じだった。
また、くーが一人にされた、というツイートが疑問だったが、思い出した。両親を迎えに石巻に行く際に、三匹の猫をどうしようかと思い、いつもの動物病院に年長の二匹を預け、若いくーは家にごはんと水をたっぷり置いて出かけたのだった。前回の3/24までのツイートを見ると、まー、びーは落ち着いていて、くーだけが怒っていた模様。この三匹が10年経って皆いなくなった。年長組は年だからそうなのだけど、くーがまさかねーという感じで、若くして逝かれる辛さというか後悔みたいなのは何年経っても続く、ということを身を以て知ることとなった。
両親の引っ越し当日は我が家の隣人が手伝ってくれ、その直後の土日に私がボランティアをしていたNGOの職員が手伝いに来てくれた。職員の友人から冷蔵庫、洗濯機、ソファなどの家財道具もいただき、大変有難かった。
なお、両親は新居に移った後その年のうちに、自分たちで石巻から住民票を取り寄せて区役所に転入届を出しに行くなどした。これには私も驚いたが、所在をちゃんとしておいた方がいいからということだった。昔の人はちゃんとしていると思ったのを覚えている。
また、東京から石巻を0泊3日で行こうとしているというツイートもあるが、実際やれました。4月上旬でした。深夜東京を出て(事前に予約)仙台6時くらいについて、仙台7時台のバスを待ち(予約はなく並んだ順に乗車)、石巻着。事務手続きのため市役所に寄り、アパートの大家さんに会って借りている部屋の解約手続きに向け相談など。それらを書くのは次の回になると思うが、こうやっていると一向に終わらないのだろうか(笑)。