「しゃべるピアノ」
祖父母の家、庭に面した応接間には古めかしいピアノがあった。正月に帰省するたびに、私は好んでピアノの椅子にずっと腰掛けていたらしい。それまで楽器に触れたこともなかったのに。
記憶と違う。
覚えている限りではその部屋にピアノはなく、私は同じ年頃の女の子と遊んでいた。きらびやかな服を着た、歌うように喋る子だった。
親戚だと決め込んでいたが、そういえば同世代の女の親戚はいない。それに今思えば、あれはピアノの発表会で子どもが着るようなドレスだった、かもしれない。
「あ」
その子が外を指さして呟いたのは覚えている。
「私、次はあれになる」
親戚の大人たちが手分けして雪かきをしている。祖父母の家は豪雪地帯にあった。
「何?」
彼女は大人たちの手元をじっと見ている。
叔父の持っている雪かきシャベルの、赤い取っ手が目に留まった。
それが、その子を見た最後だったように思う。
付喪神が憑く物を途中で変えることがあるのか、私は知らない。
(空白含め410字)
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