「或いは子年の初夢」
谷水春声さんには「傷口には触れないで」で始まり、「不器用でごめんね」で終わる物語を書いて欲しいです。できれば3ツイート(420字)以内でお願いします。
#書き出しと終わり
https://shindanmaker.com/801664
「傷口には触れないで!」
診療所を訪れた患者の言葉に、私はぽかんと口を開けて手を止めた。
「傷を治すなってこと?」
硝子戸を叩く音が、私の仮眠を妨げたのは五分前のことだ。
「実は、私の正体は鼠なの」
どう見ても人間の娘である。
「ここのセロの中に入れて貰えば、触れられずとも治るって聞いて。私、嫁入り前だからさ」
患者は頬を染めた。
鼠は何かの隠語かもしれないので流しておく。
医者にも触らせないとは随分前時代的なことだ。しかし、仮に高貴な身分だとしても随分と砕けた喋り方ではないか。
そもそもそんな療法は採用していない。
「山奥のレストランに行ったら猫に齧られてしまったの。粉を自分の全身にはたいたところで罠に気づくべきだったわ」
どこの何とかが多い料理店だ。
私の仕事はあくまで傷の消毒だ。混乱しているらしい患者の言葉は無視しよう。
「痛い!」
この治療が、患者が恋に落ちる瞬間だったと気付かずに、私は言い訳のようにとどめの一言を放ってしまった。
「不器用でごめんね」
(420字)