わりとていねいな「UNTITLED」感想文

前書き 

本記事は樋口円香SSSRカード「UNTITLED」のネタバレを多く含みます。 考察と呼ぶほど内容あるものではありません。「UNTITLED」を読んだ後の声にならない叫びをわりとていねいに書き留めました。⦅⦆は余談です。 太線部だけ追えばだいたい分かります。

存在

 コミュタイトルを素直に補足するなら「浅倉透という存在」になるでしょうが、浅倉透そのものではなく、浅倉透を語る人々が中心に描かれます。学校と仕事現場、どちらの場面でもモブ登場人物が「透には見た目以上の何かを感じる。目が離せない。」と語り、「なにかあの子は~」と続けようとしたところで円香に遮られてコミュが終わります。一見重い演出はなく、さらっと読みすすめてしまえますが、その実かなりメッセージ性の強いコミュです。学友が浅倉透を語る場面では、「アイドルってそんなに学校と変わらないね。」と本人が語る通りに、透が生来の「アイドル」であることを再確認させられます。存在するだけで周囲の注目を集め、そのまなざしの先になにがあるのか、端正な顔立ちのうちに何を秘めているのかを考えさせずにはいられない。職業としてのアイドルである以前に、崇拝される対象、偶像、憧れの的として生れながらのアイドルである。それが浅倉透という存在だというわけです。 コミュ中で透の魅力にあてられた人々が各々の浅倉透観を語ろうとし、(結果的に)円香に遮られるわけですが、これには強烈な皮肉を感じます。透を語ろうとしている生徒やスタッフは透と親しいわけでもない傍観者で、(結果的に遮られて読めませんが)透に対する理解も表面的で的外れなものだろうと思われます。思わず、そんな浅さで浅倉を語るなよ!と言いたくなる。ところがこれはシナリオを読んでいる我々にも言えることで、我々は完全な傍観者であり、透というキャラクターのごく表面を見ることしかできないのに、彼ら同様浅倉透、その瞳の内を知ったつもりになり、あまつさえこのような形で語らずにはいられない。浅倉透を語ろうとする者は皆、彼女の持つ「魔力」に中てられた有象無象であり、解釈違いと申することなど身の程知らずもはなはだしい。会話をわざわざ(言葉を大事に内に秘める)円香に遮らせる演出には昨今の語りたがりさんに対するライターの粋な皮肉が含まれているわけですね。
 ⦅透を語るもの、彼女をいまだ理解せず。などちょっと面白い反語的な標語が作れそうですね。かつてフランツ・カフカが「極端な評価を下すことで人を支配した気になっているのだ」と彼の教師を非難したそうですが、自己を省みると昨今の解釈ブームにも似たようなものを感じます。ノクチルや透を他人よりも理解した(つもりになる)ことで、それらとより近しくある、それらを所有しているような気分になっているところがあると思います。現実での人間関係やリアルアイドルでも往々にあることですが、シャニマスのキャラクター、特にノクチルは凄い魔力を持っているなと改めて思います。⦆

 以外 

コミュタイトルを素直に補足するなら「私以外皆(透に見惚れている)」になると思います。カードイラストがとても象徴的で意味深いです。ストーブで暖まる小糸と雛菜、すこし離れ、寒い場所で並び立つ透と円香。 「ギンコ・ビローバ」の「偽」で特に印象的でしたが、円香のコミュにおいて、「寒さ」は心を傷つける何かのメタファーとして用いられています。以下は「偽」中のセリフを一部抜粋したものです。 

円香 「……この寒いのに」 

円香 「アイドルだからって薄手の衣装とかありえない」 

円香 「まわりの人たちは、身を守るためにあたたかい服を着てるのに」 

P 「……ああ、今日は一段と冷えるもんな」

 円香 「今日だけじゃ、ありませんが」 

含みを持たせた言い方や(めげたアイドルを円香が励ますという)コミュの文脈から考えてもただ単に気温のことを指しているだけではなく、何かの暗喩だと思われます。私的には暖かい服は匿名性など、精神的なダメージから身を守るものの例えであり、それらがないアイドルは他者からの批判や評価を一方的に受ける立場にあるということを示しているのだと思っています。 「以外」においても「寒さ」が同様の意味を含んでいるとしてもう一歩踏み込んだ解釈をしてみます。「以外」前半部で円香が透を「見ている」とき、雛菜や小糸とともに暖かいストーブの周りにいました。後半部では仕事上の成り行きではありますが、スタッフに呼ばれてストーブから離れ、透の隣に移動しています。透を遠巻きに見ているのは暖かい。そして透の隣に立つのは寒い。象徴的だと思いませんか?透に並び立つことは透と比較されることを意味します。コミュ中では「透クンと円香クンが並ぶと絵になるな~期待してるよ~」との好感触で終わっていますが、この後の撮影でも皆が思わず見惚れる存在感の透と比較されるわけです。(「存在」でも透が高い評価を受けたことで円香が(ノクチルの他3人が)大きな期待を受ける描写があります。)これは「心臓を握る」にて

「期待なんか背負いたくない。必死になんか生きたくない。自分のレベルなんか試されたくない。何度も何度も……そんなの私は怖い……」

と本心を吐露した円香にとって相当きついことに違いありません。また上述した通り、透は生来の「アイドル」であり、仕事だけでなく私生活でも多くの注目を集めます。透の隣にいることは集団の中で匿名性を失うことに等しく、嫉妬や羨望から級友に陰口を叩かれることも十分に考えられます。よって透の隣に立つのは「寒い」のです。 ⦅個人的にはもうちょっとだけ近づいてみる?と問いかける小糸やここでいいと答える雛菜にも暗示的なものを感じてしまいます。考察厨とかフロム脳とかそしられそうですが。このコミュでは単に暖かいところに居たいだけということでしょうが雛菜にはどことなく計算高さや鋭い洞察力を感じているので、円香が結構無理して透と並んでいることを気づいていそうだなと思います。雛菜が円香に無理するのやめたら?と問いかける二次創作漫画をどこかで見た記憶があるのに探しても見つからない…。あと公式イラストで透と甜花と冬優子が並んでタピオカ飲んでるやつあった気がしますがこれ書いてて冬優子内心ビジュアル強い勢と並ぶの嫌がってそうだなとか思いました⦆ 

 部屋  

透の部屋にて。タイトルは分かりやすい。円香のママみがすごくておぎゃれる。でも最後にまーた暗転させて重い感情ぶち込んできたよこいつ~っておったまげるコミュ。
透の寝相や会話からは一貫してだらしない、子供っぽい印象を受ける。明日の予定分かってる?との円香の問いへの答えが「レッスン、なんか。」であることから、「以外」の撮影でも前日から気持ち作って臨んだりはしてないだろうと分かる。つまり最後の「いい、知ってる。」は「いい、(ほんとは特に何も考えてきていないこと)は知ってる」だと推測できる。これは意外と重要なポイントで、透は往々にして透をよく知らない人から過大評価を受ける傾向にあるということを再確認しています。この傾向は「途方もない午後」の「所感:頑張ろうな」で特に顕著で、透が何を話しても相手が勝手に美化する様子が描かれている。 以上のことを踏まえて最後の暗転セリフを私的に解釈すると、 私だけは(理想の)浅倉透に見惚れていない。知ってる、分かってる。私だけは(だらしのない、等身大の)浅倉透を。 ということになります。これは「部屋」というプライベートな空間に円香と透が二人でいる演出から考えてもそこそこ自然な解釈だと思います。 また、カード名「UNTITLED」からも補強できそうです。「無題」、一言では言い表せない円香の透への感情を示したものだとするのが自然だとおもいますが、「(称号や)肩書のない」という意味から、私だけがありのままの、等身大の浅倉透を理解しているという円香の自負をも示していると考えることができます。 最後の力強い「見てない」はなかなか難しいです。上手く言語化できません。私だけは見惚れていない、あなたを特別視していない。これは確かにそうです。一方隣に立つ(特別視しない)ためにかなりの努力を重ね、また苦痛に耐えている。他者のためにこのようなスタンスを取るのは円香にとって明らかに特別です。この矛盾した心情からあふれ出た強い言葉なのかなくらいに思ってます。「強い言葉を使うときはそう思い込もうとしてるとき」ですから。 
⦅個人的には円香の「浅倉」呼びもありのままの浅倉透と対等にありたいという思いの表れだと思っている。遠巻きに尊敬の念を向ける人は「浅倉さん」呼び、近くにいて透を好意的に思ってる人は親しみを込めて「透ちゃん」「透クン」「透」。フラットに「浅倉」って呼んでる人はかなり少ないんじゃないかな。⦆

蛇足 

このコミュの何が怖いってシャニPが出てこないことです。Pは透と積極的にコミュニケーションを取ったり日誌をつけさせてまで「ありのままの」透を理解しようとしている。円香が独占していた「私だけが知っている透」の領域を明らかに侵犯しているわけです。それが語られない。その時点でもう怖い。そしてさらに天塵などで「私の知らない透」をPだけに見せているわけです。当時は脳破壊だNTRだとキャッキャしてましたが、ノクチルを知れば知るほどあの時の……にどれだけ重いモノローグが秘められているのか怖くなります。
⦅もっと突っ込んだ話をするなら物語の構成上いつか来るカタストロフが予感されて今からもう恐ろしいです。Pとノクチルのストーリーは彼女らの幼馴染という関係を大きく変容させるものです。ノクチルは4人それぞれ対人関係に問題を抱えており、それを幼馴染という狭い輪に閉じこもることでやり過ごしてきました。Pとノクチルのストーリーはその克服というのがテーマの一つにあり、それはある意味で依存的な今の4人の関係を壊すことにも繋がります。ストーリーが進むにつれて、小糸の対人不安は和らぎ、雛菜の他者への関心の薄さ、拒絶的な態度はなにがしかの変化を見せ、透は自分の気持ちや考えていることを今よりもちゃんと言葉にできるようになるでしょう。そしてその時「私だけが知っている透」はおそらくいない。今からもうGRAD怖い…怖くない…?⦆

 超蛇足:「やがて君になる」を読んでくれという話 

本編と全然関係ない話なんですがノクチル好きな人「やがて君になる」という漫画絶対はまると思うので是非読んでみてください。ネットフリックスにアニメもあります。百合漫画です。キャラクターはビジュアルも性格もノクチルと似ていませんが、それぞれ歪んだ心情を持ったキャラクターが寄り集まり、干渉しあって弾けたのちにある種の解決を迎えるという大枠のストーリーや関係性に結構重なるものがあります。要するにめんどくさい女の子が好きな人は多分はまるので是非読んでください。 前回の記事が思いがけず多くの人に読まれていてびっくりしました。いくつか反応もいただきとてもうれしかったです。拙文をお読みいただきありがとうございました。

 P.S 「BURN THE WITCH」冒頭のニニーちゃんに樋口円香を幻視しました。「おとぎ話なんかクソでしょ」って言ってる樋口見たくない?誰か描いて…描いてください…

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