マジ魔人卍
ひろき
「あれは梅雨に入りかけの頃だったかな、大学に向かう準急列車に乗っていた時のことなんですけどもね。その日は昼にしては電車が混んでまして、座席の前に陣取って吊り革に掴まってたんです。電車がカーブに差し掛かった時、揺れた反動で、後ろに立っていたお兄さんにお気にの白スニーカーを踏まれたんでごわす。その中南米顔の髭面お兄さんは、謝りもせずに気味悪くブツブツ何かを呟いていたんですけども、あたくしは家から最寄り駅まで自転車で切った風が心地良く、気分が良かったもんですから、「外人さんかな?」なんて思いながらそのまま大学に向かった、なんてことがあったんです。
そんなことも忘れて、あたくしが宇宙の表と裏の間にある僅かな隙間でゆっくりしている時に、「魔人A」が全てをめちゃくちゃにしたんです。要は、世界のシステムを書き替えたんですね。その瞬間、もはや全ての境界線はなくなって、この世の全てが同一の物質となりました。HBの鉛筆も、スタバの新作も、高層ビルも、金星やカシオペア座も、あたくしとあなたですら、この宇宙の全てが一つになったんです。
とは言え、その事実に気付いた人はほとんどいないでしょうね。普通に過ごしている分には、目に見える変化はないですから。しかしながら、確かな事実としてこの世が一つとなったんです。「あたくし」が「あなた」で、「あなた」が「あたくし」で。かつ、「あたくし」が「あたくし」で、「あなた」が「あなた」で。つまり、目の前にあるオムライスを、あたくしが食べても、あなたが食べても、誰が食べても食べなくても同じことなのであります。
かくいうあたくしは、丁度その瞬間に表と裏を繋ぐ関節部分で三角座りをしてたもんですから、そのことに気付けたわけでございますねぇ。黄色とオレンジ色を混ぜたような、ヌルッとした液体が全てを包んでいく様はこれまた壮観でございました。徐々にあたくしがいた所も侵食されていきまして、ついに表と裏の世界、そしてあたくしが一つになろうかというタイミングで、あたくしの中に誰かが入ってくるのを感じた訳です。
実態のある人間があたくしの体を裂いて入ってきた訳ではございません。でも確かに、あたくし中にもう1人の人間がいる、ということが分かるんですね。誰だろう誰だろうと、じーーーっくり考えてじーーーっくり感じてみたんです。えぇ、それはもうじっくりと。しばらくすると、ゆっくり人の影が浮かんでくるんですね。オレンジ色の光に包まれてシルエットがだんだんくっきりしてきまして。さらにぐわーーーっと集中していくと、顔が見えてね、えぇ。あたくしびっくりしましたよ。その人、電車で会った外人さんだったんですよ。
なんであの外人さんがあたくしの中にいるのか、皆目見当もつかないなぁ、と思っていたのですが、少し考えたら答えは一つでした。外人さんこそが、「魔人A」というわけです。今思えば、あの人は電車でイライラしている様子でした。他人の靴でも踏んで溜飲を下げたかったんでしょう。そしてそのまま他人にイライラをぶつけたかった。しかしあたくしが何も言ってこないもんだから罪悪感にまみれたんでしょうね。その罪滅ぼしに世界を一つにした。まぁなんせ魔人ですから、それくらい朝飯前なんでしょう。
それが良いことなのか悪いことなのかは分かりませんが、あれ以降、僕の周りでは争い事が減った気がしますね。気のせいかもしれませんが…(笑)。もしかしたらみんな、気付いたのかもしれませんね。一つしかないコーヒーを自分が飲んでも他人が飲んでも同じ事、ということに。そうなると、彼も喜んでいるでしょうね。
ただ一つ不満があるとすれば、液体で満たされたせいで、表と裏の間に行かなくなったことですかね。あそこで好きな人とラインをするとなんだか上手くいったんだよなあ(笑)
僕の立ち話はこんなところです。付き合っていただいてありがとうございました。最後に一つ、僕はこの一件で思ったんです。世界はパズルみたいなものなんじゃないのかなって。この世はもともと一つで、彼はズレていた部分をはめ直しただけなのかもしれない。もしこの先、あなたが自分や周りに違和感を感じた時は、再びピースが外れた合図、なのかもしれません…」
けいた「それな(笑)」
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