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あの患者さんのおかげで、いまこのまちに暮らしている
「最後にもう一度、ブレーメン通りで買い物がしたい」
昭和時代に建てられた古びたアパート、窓に嵌め込まれたすりガラスには笹の葉の文様。
窓から差し込む冬の日にほこりの粒がきらきらと舞う。その光に照らされた、6畳ほどの小さな部屋で横たわる老女は、往診に訪れた僕にそうつぶやいた。
もう15年も前の話だ。
大抵のことはきれいさっぱり忘れてしまう僕が、情景も含めてこんなに細かく覚えているのは、よほどその場面が印象的だったからだろう。
死の直前になって、「もう一度」と希求されるものが、食べ物でも愛する人でもなく、鈍行しか停まらないまちの、小さな通りへ行くこと。そんなに強く想われる、その通りの名前は、あの時から僕の中で特別な色に変わったのかもしれない。
そしていま僕は、そのブレーメン通りの近くに住んでいる。
家を買う時、あの老女のことを思い出した。
あの老女とあの時に出会ったからこそ、僕はいまこのまちで暮らしている。
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