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08その瓶は死を待っているのか(2)

「あっ、望月さん! よく来てくれましたね」
 クラス委員長をしていた……たしか、モリナガ……いやモリスエだったか、の男子が満面の笑みで会場に迎え入れてくれた。川崎にある小さなホテル。立食パーティーではあったが、テーブルは3年生のときのクラスごとに分かれていた。
「望月さん、相変わらずキレイだね」
「そういえば、サキヤマってもう結婚したんだって。3年の時付き合ってた……」
「今日って、モトムラ先生って来るの?」
 みんなが、少しカビの生え始めた記憶に一生懸命に息を吹きかける。懐古に、ちょっとだけの興奮を混ぜたような空気。やっぱり苦手。もう名前も思い出せない元級友たちの談笑に曖昧な相槌を打ちながら、亜桜は目の端で朔人を探していた。
――確か、三組……いや四組だったっけな。
 それらしい人影は見当たらない。
 その時、紗菜が会場の奥からすーっと寄ってきた。
「いたよ、金沢。六組のところ」
 亜桜に耳打ちして、紗菜が微笑む。亜桜はその耳からゆっくりと赤くなって、小さな声で強く、「いや探してないし」と否定した。
「バレバレよ。これでも、あなたみたいな変わり者のそばにずっといたんだからね」
「はあ? 私のどこが変わり者だって……」
「こんなに美人で、運動も勉強もできて、でも他人のことには無頓着、というか無関心? おしゃれにも芸能人にも興味なくて、口を開けば『ナントカ理論』とかの話ばかりで。金沢と別れて、部活も辞めちゃってからはいつでも一人ぼっちで。私が話しかけても上の空なことも多くて……」
 紗菜が滔々と亜桜の黒歴史を語ろうとするので、亜桜は彼女の口の前に両手を出して制した。
「OK、ストップ紗菜」
 思えば、中学・高校とほとんど友達ができなかった亜桜と根気よく付き合ってくれ、いわゆる「普通の女子高生らしいこと」を仕込んでくれたのは紗菜なのだ。
「えっと……、そうね。紗菜、なんかごめんね。あと、これまで言えなかったけど……ありがとう」
「いいのよ。ほら、あいつに声かけておいで」
 紗菜が笑顔で手を振る。

 黒のフレアスリーブニットと、グレーチェックのプリーツスカート。大人っぽく見せたくてシックにまとめてみたけど、ちょっと地味すぎじゃなかったかな?
六組のテーブルまでの道で、亜桜はせわしなく袖を上げたり下げたり、ピアスを触ったり。そして――
「えっと……朔人……くん」
 消え入りそうな声で呼びかけると、朔人はゆっくり振り向いてその細い目を見開いた。
「あ……、亜桜」
「久しぶりだね」
「あ、ああ久しぶり……。いや、まさか亜桜も来てたなんて。というか亜桜から声をかけてもらえると思ってなかった」
 高校の時は「お公家さん」なんてあだ名されていた朔人だったが、21歳になった彼は息をのむほど美しかった。でも、その幼い笑顔は昔と何も変わらない。あまりの変わらなさに涙が出そうになる。
「ごめんね。でも、あれから一度も話もできていなかったから、少し心に引っかかっているものがあって。それで今日会えたらいいなって思っていたの」
「ああ、そうなんだ……それで」
「うん?」
「心に引っかかっているものがあったんでしょ?」
「あっ、えっと……」
 六組の人たちのちらちらとした視線が光るのが気になる。
「あ、まあ心に引っかかっているものは、会えて話せただけでよかったっていうかー……。ねえ朔人……くん、この会のあともし時間あったらちょっとだけ付き合ってもらえないかな」
「あとで? いいよ」
 朔人の笑顔の向こうに広がる落ち着かない空気を感じ取って亜桜はぎこちなく笑い、「じゃっ」と手をあげて逃げるように一組のテーブルに戻ってきた。
「どう? どうだった?」
 紗菜が目をキラキラさせて迎えてくれる。
「どうって……。元気そうだったよ」
「ちがーう! ほらもっと、『キレイになったね』『あなたこそ』とかさ。そういう、もう一度燃え上がる恋、みたいのちょうだい」
 勝手に一人二役で盛り上がる紗菜に、亜桜は引く。中学時代の環希といい、紗菜といい、どうして私の周りにはこういう恋愛体質の子たちが集まるんだろう、と亜桜は思った。
「でも、この後二人で飲みに行く約束はしたよ」
「ええーっ! やるじゃん。もしかしてそのまま……」
「紗菜、下品」
 亜桜が赤くなって睨むと、紗菜は首をすくめて小さくなった。

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西智弘(Tomohiro Nishi)
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