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世界をあるがままに受け入れる

 これから、3つのお話をしたい。
『世界は贈与でできている』を読んで思い出したお話しを。

①2つの宗教

 僕のうちには宗教が2つある。

 僕が子供のころ、法事で父方の家に行くのと、母方の家に行くのとでは、線香の供え方に違いがあることが不思議だった。
 父方では、線香を半分に折って香炉に寝かせる。
 母方では、線香を折らずに香炉の中に1本立てる。
「なんで、このお寺とさっきのお寺で違うの?」
 と聞いたところ、母は「宗派が違うのよ」と教えてくれた。
「お父さんのところは浄土真宗、うちは曹洞宗。同じ仏教だけど、違いがあるの」
 子供だった僕は、その意味もよくわからないまま、へえーと頷く。そして母は少し笑いながら
「でもね、あなたは曹洞宗の子だからね」
 と言った。
「どうして?」
 と聞き返す僕に、母は
「あなたのお祖父さんはね、それは宗派に厳しい人でね。お母さんが嫁ぐ先も『曹洞宗の家の男でないといかん』って言っていたの。それでお母さん、お父さんと結婚するときに、それを確かめたのね。あなたのご実家は曹洞宗ですか?って」
「そしたらお父さん、何て言ったの?」
「ええ、そうですって」
「そうなの?」
 と、僕が聞き返すと母は、ふふふっと笑って
「違ったでしょ?そうなのよ。お父さん、適当に返事しちゃったんだって。それで、お祖父さんも結婚を承諾してしまったんだけど、そのあとで『実は違いました』ってなって」
 と答えた。

「え、それでどうなったの?」
「だからね、お祖父さんもしぶしぶ認めざるを得ないことになったんだけど、お父さんにね『君もこれからは曹洞宗だからな』って言って。お父さんは次男だからね、はいわかりましたって言ったのよ」
「そうなんだ」
「そう。昔はね、そんな風に宗派が違う家は結婚できないこともよくあったのよ。でもお父さん、そういうの全然こだわらない人だからね。ただ、あなたはうちの長男だから。あなたが守るのは曹洞宗の家よ」
「うん・・・、わかった」
 と、幼心にも重たい言葉と受け止めて、僕は線香の匂い立ち込める中、手を合わせた。

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②シイタケ食べてマンガの世界に入る

 先日、子どもたちと一緒にシイタケ狩りに行った。
 娘が幼いころにも行ったことがあり、シイタケをもぎる感触と、そのあとで食べた炭火焼が気に入ったようで、「今年の秋はシイタケ行かないの?」と長年せがまれていたのだ。
 ただ、その弟である息子は、キノコ全般が食べられない。アレルギーとかではなく、とにかく嫌いだというのだ。味がしない、食感が悪い。そんなこともあって、しばらくの間はシイタケ狩りはおあずけ、ということになっていた。でも、今回は嫌がる息子をなだめ、「食べられなかったら他の食べ物を食べてもらえばいいよ」という話になって出発した。

 山が深くになるにつれて、錦に彩られた樹々を抜けたところにお目当ての狩場はあった。着くや否や、子供たちはすぐにでも走り出したい気持ちをおさえてそわそわ。農家のおじさんの説明を聞く。
「お店で売っているシイタケは、まだ傘が開かない未成熟の状態で出荷するけど、ここのは傘が開いてる。大きく育って傘が開いているほど熟して美味しいから、そういうのを取ってくださいね」
 説明を真剣に聞く子供たち。足はもうすでに狩場の方を向いていたけれども。
「じゃあ、どうぞ~」
 と、おじさんの声がかかるやいなや、子供たちが駆け出す。傘が開いたもの、大きいもの。吟味して、もぎって、どうだ!と言わんばかりに見せる。もし万が一、シイタケが食べられなかったとしても、この笑顔だけでもう十分なんだろう。

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 さて、袋いっぱいになったシイタケをもって炭火焼コーナーへ。
 いま取ったばかりのシイタケを、網の上にのせる。チリチリと焦げ目がついてきて、傘のひだに小さい水滴がたまる。この水滴が、シイタケの旨味なんだそうだ。
 息子は心なしか緊張した面持ち。
「食べられそうかい?」
「うん、食べてみる。食べてみたい」
 と、おそるおそる網からおろして、醬油をたらしてひとくち。
「おいしい!」
 息子もびっくり、親もびっくり。食べれるんかい。よかったねえ、と。

 ああ、なんかこんな場面を目にしたことがあったな、と思っていたんだけど、

美味しんぼ だ。

 まさに、山岡士郎と海原雄山が出てくる場面ではないか。この食べ物きらい!と言っていた子供に、「これが本当の味だよ」って教えて「ぼ、僕、食べられるよ!」って場面。
 そういえば、農家のおじさん言ってたな。
「ここのシイタケは原木栽培っていう方法で、この木を細かく砕いておが屑にして育てた菌床栽培とは違います。でも、今やこの原木栽培でやっている農家は全国でも数%にしかすぎないんです」
 と。

 こんな締めくくりまで、美味しんぼの世界ではないか。
 楽しさの中に、寂しさの残る旅だった。

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③緩和ケア病棟にひとり

 その患者さんは、僕が勤務する緩和ケア病棟で担当した男性だった。
 天涯孤独で、幼いころに両親とは死に別れ、仕事にも就いたが体を壊して生活保護になった。そして1年前、がんと診断されたが
「別に長生きなんかしたくないし、治療はしなくていいよ」
 と言って、この緩和ケア病棟に移ってきたのだ。

 彼はいつも寡黙だった。過去のことも、あまり話したがらなかった。
 幸いにも、がんに伴う痛みや食欲低下などはなく、普通の生活がおくれていたものの、誰も支えてくれる人がいない彼には、帰れる場所もなかった。

 ある日、彼が珍しく過去に住んでいた場所の話をしてくれたとき不意に、
「先生、俺って生きてきた意味あるんですかね」
 と聞いてきた。
「俺なんて、生きていても死んでも別に変らないでしょう。別に悲しむヤツがいるってわけでもなし。朝起きて、飯食って、クソして寝るだけ。いつまで続くんですかね。もういつでも終わっていいんすけどね」

 僕は、彼の問いに答えることはできなかった。答えがなかった。茜さすベッドサイドで彼の語りを聞いてただ、沈黙した。

世界は贈与でできている、そのいくつかの形

 この3つの話からわかることはなんだろう。
『世界は贈与でできている』の著者は、

今自分が手にしているものは一つ残らず誰かからもらったものだ、ということです。他者からの贈与が、自分の中に蓄積されていったということです。

 ということを「あとがき」で述べ、だから自分はこの本を書き上げたことができたと結ぶ。そしてこの本は、僕らもたくさんのものを既に受け取って生きているはずだということに気づかせる。
 だとしたら。
 僕の3つの話からわかることは、世界にある贈与とその受け取り方には、いくつかの型があるということだ。

①贈与を認識して、受け取る
②贈与を認識して、受け取らない
③贈与を認識できないがゆえに受け取れず、贈与自体が消えてしまう
④認識できる贈与そのものが存在しない

 という型を僕は考えた。
 最初の話では、「西家の人間」として、浄土真宗を継ぐのが本来だろうと僕は思った。それこそが、西という家のご先祖様たちが子孫に向けて贈ってきた贈与のひとつだろうと思ったから。でも一方で、自らの父が(図らずも)選択した、曹洞宗の家との出会いによって、この僕は生まれている。それは母の家からの贈与だ。だから、宗教的には浄土真宗と曹洞宗という一見すると相反する教え(他力と自力)を学びながら、僕は育ったことになる。
 長じて僕は、曹洞宗を自らの宗派として選んだ。それは、母方からの贈与を受け取り、父方からの贈与を受けとらない ――正確に言えば、僕自身は受け取ったが、これを先の時代に贈らない選択をしたことになる。つまり僕は①曹洞宗という先祖からの贈与を認識して受け取った、一方で②浄土真宗という先祖からの贈与は認識して受け取らない、ということをしたことになる。

 次の話では、僕らは「シイタケ本来の味」を認識できなかったがゆえに、受け取ることを忘れていた。それはいうなれば食文化の一部の喪失であり、そういった例はシイタケに限らず他にもたくさんあっただろう。原木シイタケはこれからも受け取る人がいなくなれば、時代を経て完全に「なかったことになる」。それと同じように、たくさんの文化が「僕らが認識しないままに」受け取らないまま、②と違って吟味をすることもなく喪われてしまうことがあるし、これからもあるのだろう。

 そして、こういった贈り、贈られる関係性からはじかれてしまっている人たちというのがいる。これまでも大きな贈与を受け取っておらず、そして自らも与えるものを持たない人たち。『世界は贈与でできている』からすれば、もちろんそういった方々も多くのものを受け取っているはずなのだが、「そう認識できない」がゆえに、彼の中に贈与は存在していない。
 それを、認識できないその人たちが問題だ、と責めるだろうか。それとも、彼らに認識を変えてほしいと求めるだろうか。少なくとも僕は、沈黙するしかなかった。

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世界をあるがままに受け入れる

 僕たちは、先人たちからたくさんのものを贈られて生きている。それを時には受け取り、時には捨て、また受け取りを忘れたまま喪われたりしながら生きている。
 その在り方全体が人の営みであり、一人一人が形作った未来である。そう考えるなら、仮に「何も与えるものはなく、何も受け取っていないと認識している人」がいたとしても、その人はやはりそこに存在していることの意味はあり、「俺には生きている価値はあるのか」という問いそのものの意味こそが無なのではないかと思う。彼は世界に存在を与えている。しかしその贈与は彼を救うことはない。与えたら救われるというのは交換の概念だ。
 緩和ケア病棟の彼も、あの時の僕も、「交換」の前提に立っていた。だから沈黙せざるを得なかった。しかし今なら、彼が僕に問いかけた時点で、僕は彼の贈与の受け取り先であり、そのうえでやはり僕は沈黙をしただろう。

 世界をあるがままに受け入れる。
 それは、世界にいまある悲しみも理不尽も、すべてに色をつけずに受け入れるという意味だ。世界は贈与でできている。人の営みは贈与であり、それは存在そのものも然りである。それが、その存在を与えたその人を救うことは無いかもしれないけど、世界は確実に、その人の存在分、少しだけ動いている。僕らはそのちっぽけさで、世界と対峙するのだ。

#キナリ読書フェス



 

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