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医者は、医者でしかない(続き)

 前回の記事では、自由診療(非標準治療)が行っていることがいかに愚かなのか、という点を冷静な視点から「構造化して」解き明かしていくとして、「標準治療の医者(医療)が信用できない」場合について言語化を試みた。

 続いての今回は「標準治療では効果が見込める治療が無くなってしまい、できることが無い」場合について考えてみよう。
 今回もキーフレーズは「医者は、医者でしかない」である。

 さて、上記のような場面はどういった医療シーンで見られるだろうか。
 その多くは、それまでに標準治療を様々に試み続けた結果、癌に耐性ができてしまい積極的に癌を攻撃する手段が尽きてしまった、という場合である。他にも、癌の進行によって全身状態や臓器機能が悪化し、治療に耐えられる体力では無くなってしまった場合なども含まれる。

 医者から積極的治療の中止を告げられ、緩和ケアの専門科・病棟がある病院へ通院先を変えてください、などの説明を受ければ、誰だって動揺する。
「もっと他にできる治療は無いのですか」
などと食い下がりたくなるのも当然だろう。
 そんなときに自由診療から「うちのクリニックならできる治療がありますよ」と甘く囁かれれば、そちらになびくのも仕方がないのかもしれない。

 しかしここで自由診療クリニックに主治医を移すのは、総合的に見て本当に患者さんを幸福にするのかを考える必要がある。

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