10-1:10日間の涙(前編)
日曜日の朝、自宅マンションでYくんは亡くなった。
奥さんが、朝に様子を見に行った時、Yくんは眠るように息を引き取っていたということだった。
及川から後で聞いた話だが、子どもたちとは金曜日に会えたという。子どもたちを引率するのに、及川に手伝ってくれるよう、キャンプを主催する側から要請があったのだそうだ。普段は保健室利用者の自宅にはうかがわない及川だったが、Yくんたちの事情を考慮して、今回は特別に引き受けたという。
及川と、子供たち数人がマンションを訪れた時、Yくんは眠っていた。子供たちの元気な声が聞こえたのか、Yくんはゆっくり体を起こし、
「ああ、よく来たね」
と言った。及川が、
「調子はどう?」
と聞くと、
「大丈夫ですよ」
と、眠そうに答えるYくんだったが、その後の会話も寝ぼけているようにところどころ飛んだ。
「お兄ちゃん、眠たいの?」
と子供たちに聞かれると、
「昨日くらいから、少し眠っている時間も増えた感じなのよね」
と奥さんが答えた。それでもYくんは、来てくれた子供たちの近況を尋ねたり、自分が知っている子どもたちの名前をあげては、「元気にしているか」「最近はどうしている?」と聞いていた。もちろん、キャンプに参加している子どもたちは、それぞれ学校もクラスも違うことが多いため「知らない」「わかんない」という答えがほとんどなのだけど、それでもYくんは「そうか」と言いながら、子どもたちの答えを笑顔で聞いていた。
子供たちが帰った後、Yくんはすぐに眠ってしまったという。
疲れたのかしら、と思っていた奥さんだったが、翌日の昼になっても目を覚まさない様子に心配となり、病院へ電話を入れた。すぐに往診にかけつけた当直の医師は、
「少し痛み止めが多くなって、眠る時間が長くなっているのかもしれません。薬の量を少し減らして、様子を見ましょうか」
と説明したうえで、
「ただ、カルテから拝見する限りは、体の中で重大なことが起きている可能性もあり、急変のリスクもあります。ご希望でしたら、入院して検査をしたり、様子を見るということもできますが」
とも提案した。奥さんは、少し考えていたが、
「いえ、彼はなるべく家にいたいと言っていましたので。苦しくなく眠っているだけなら、もう少し様子を見ます」
と答えた。では何かあったらいつでも連絡をください、と言い残して、往診医は病院に戻ったとのことだった。
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