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11対決、そして4人の思い(2)

 翌朝、玄関のチャイムが鳴った。
 亜桜がドアを開けると、そこには赤垣が少し不機嫌そうな顔で立っていた。
「おはようございます。亜桜先生、元気にしていましたか」
「うん、ありがとう。元気だよ。急に呼び出してごめんね」
「構いませんけど。亜桜先生、メッセージ送っても全然返ってこないから心配してましたよ」
「いやー……ごめんね。朔人の件で、凪さんに呆れられているかなーって思っていたらなかなかメッセージ書けなくてさ」
 亜桜が曖昧な笑顔で赤垣を見る。赤垣の無表情は変わらないままだった。
「呆れてはいませんけど」
「けど?」
「亜桜先生、あのとき何を考えていたのかなってことはずっと気になっていました。確かに先生にとっては初めての制度下安楽死で、金沢さんは昔からの知り合いってことは伺っていましたけど、それにしても亜桜先生らしくない動揺だなと」
「うーん……。まあちょっとその件も、歩きながら話すわ。今日来てもらったのは、ちょっと付き合ってほしいところがあって」
「はい、どちらに?」
「ええと、拘置所に。運野先生に会いに行くのよ」
「えっ? 何をしに行くんですか」
「うん、それも歩きながら話すわ」
 亜桜は靴を履いてつま先をトントンとしながら言った。

 亜桜は、中学生の頃からの朔人との関りについて、駅までの道をゆっくりと歩きながら赤垣に話した。赤垣は驚いたり、にやついたりしながら亜桜の話を聞いていたが、最後には顎に手を当てて考え込んだ。
「そうだったんですね。確かに、単なる『昔の知り合い』ではなかったですよ、あの雰囲気は」
「うん……。凪さんにはもっと前に伝えておいてもよかったかもね。でも、もう何とも思っていなかったのよ。付き合っていたのも20年くらい前の話だし、最後に会ったのも10年も前だったし。だから、担当医になっても大丈夫と思っていたんだけどね」
「まあ、何とも思っていなかったわけではなかったんでしょうね」
 赤垣が真顔で放つ言葉が、亜桜に鋭く刺さる。
「何とも思って……いたのかなあ。だって10年前に会った時ですら、恋愛感情って感じではなかったよ」
「うーん。亜桜先生って、本当に自分の感情を見るのが苦手ですよね。理性で感情をコントロールしようとしている気がします。頭で理解できるものなら身を委ねられるのに、感情とか本能に任せることにはブレーキをかける感じで。恋愛もゼロかイチかみたいに考えすぎじゃないですか。以前にも言った気がしますが」
「そ、そうかな」
「そうですよ。金沢さんのこと、恋愛として好きっていう単純な感情ではなくても、大切に思っていたんじゃないですか。だからこそ、注射器のシリンジを押せなくなったんじゃないですか」
 亜桜は無言になって考え込む。朔人だけではない、他の患者たちのことだって大切に思っている。医師として接する関係性において、そこには差がなかったように思っていた。しかし……。
「そうね、大切な人だったわ。私にとって」
「だから、大丈夫かなって心配してたんですよ。亜桜先生は、大切な人を喪った。しかもただ喪っただけでなく、知り合いの医師に奪われた形になっているじゃないですか。そんなのってつらすぎます」
自分の手で終わりにするのと、他人に奪われたのでは、どちらがつらかったか。それはわからない。ただ、これまでずっと埋めてきた朔人との時間、その最後のピースが埋まらければ亜桜は一生、朔人の思い出に縛られるのではないかという怖さを感じていた。
「だから今日、その奪った張本人に会いに行くのよ。私の気持ちにけりをつけるためにね」

 拘置所で手続きを取ると、10分ほど待たされた後、面会室へ案内された。
「刑事ドラマとかでよく見るやつですね。本当にあるんですね」
 警察モノが好きといっていた赤垣は、緊張する亜桜をよそにソワソワと楽しそうだ。亜桜が小さくため息をついていると、係員に連れられた運野が、アクリル板の向こう側に現れた。
「運野先生、ご無沙汰しております」
 亜桜と赤垣が立ち上がって礼をすると、運野は怪訝な顔で二人を見つめた。

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西智弘(Tomohiro Nishi)
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