見出し画像

バッハ・コレギウム・ジャパンでカンタータを聴く歓び

コラールカンタータ300年シリーズを聴く

 今年2024年から来年にかけてバッハ・コレギウム・ジャパン(以下BCJと略す)は「コラールカンタータ300年」と銘打って40曲のコラールカンタータを4曲ずつ10回にわたるシリーズで演奏している。
 コラールカンタータとはルター派が整備した讃美歌集(コラール)を素材として作曲されたカンタータのこと。従来カトリックの教会では合唱団がラテン語で歌っているのを会衆は聴くだけだったのに対し、ドイツ語で会衆がみんなで歌うということを目指しルター派によって整備された讃美歌集がコラールだ。その整備がなされ初めて出版されたのが1524年。
 1724年にライプツィヒでカントールを務めていたバッハはそれから200年を記念して日曜に向けて毎週のようにコラールカンタータを書き続けたのであった。翌年にわたって40曲も!
 それから300年を記念してBCJはそれらの全曲演奏をしているという次第。私も楽しみに第1回からそれを聴いていて、今日は第3回。

 なおライプツィヒには一度だけ行ったことがある。本項冒頭の写真もその時撮ったトーマス協会。noteでも紀行文を前後編と2回にわたって書いている。ご興味あればご一読いただければこれ幸い。


カンタータの魅力。BCJでそれを聴く歓び

 私がバッハのカンタータの虜になったのは高校時代。エラートが連続して出していたレコード(!)でフリッツ・ヴェルナー指揮ハインリヒ・シュッツ合唱団&プフォルツハイム室内管弦楽団の演奏を聴いてから。ソリストもトランペットのモーリス・アンドレ、オルガンのマリー=クレール・アラン、オーボエはピエール・ピエルロとジャック・シャンボン、フルートもランパルとラリューなど、フランスが誇る垂涎の名手揃いの名シリーズだった。

 それから数十年。ずっと好きではあったけれど、時々聴いたり、スコアを見ながらリコーダーパートを吹いてひとり楽しんだり、といった状態が続いていた。

 一方、BCJはその結成以来ずっと気になっていた。録音では聴く機会を少なからず持って愛聴していたが、実演に接する機会がなく月日は過ぎた。
そして何かのきっかけで実演を聴きに行き、いっぺんで虜となった。それから毎月1〜2回は初台や調布まで通い続けて今日に至る、という次第。

 いわゆるピリオド楽器(作曲された当時の楽器)によるバッハ演奏の世界最高峰レベルの演奏を日本にいながら聴けるなんて、これ以上の贅沢はないというもの!未聴の方にはぜひお勧めしたい。

本日の大収穫!至福のひととき

 今日も4曲。いつものように前半2曲、後半2曲。そして開演前、後半開演前に指揮の鈴木雅明氏のプレトークが聴けるのも学びがあり、すぐあとの鑑賞がより深く楽しめてありがたい。
 今日の4曲はカンタータ第114番、第96番、第99番、第78番。全て1724年の9〜10月に書かれた曲たち。まさしく今の時期、ちょうど300年前にバッハが書いたのだと思うと感興深し。
 これら4曲全てにフラウト・トラヴェルソ(木製のフルート)あるいはソプラニーノ・リコーダーの独奏が含まれるのが特色。その時期にライプツィヒに名手が滞在していたことが推測されるとのこと。これら優れた曲をバッハが遺してくれたのも、その方が滞在してくれたおかげ。感謝感謝。

 4曲の演奏順は作曲順ではない。いつもは使われている楽器が4曲の中で色々違うので、演奏者の出入りが少ないようにといった事情もありそうだが、今日はほぼ同じ編成。プログラミングとして効果を狙っての曲順だろう。つまり最後に置かれた第78番がいわゆる「メイン曲」に据えられたと思う。
 そしてそれは私にとっても実にありがたいことだった!第78番のなんという豊穣!もちろん4曲とも素晴らしかったのだが、第78番は突出して心を動かされた。
 第1曲の合唱における通奏低音群の半音階下降の妙。そしてその上に乗って合唱によって歌われるのは「魂の救済」。「自分の魂をサタンの穴倉からイエスは自分の死によって救い出してくださった」ということが厳かに歌われる。
 そして白眉が続いての第2曲!ソプラノとアルトの二重唱は第1曲とは一転して極めて快活に向陽性を感じさせる。「ピクニックに行くが如く」とは鈴木雅明氏の言。二重唱の二人も実に楽しげに歌う。演奏者たちもそうで、特にヴィオローネの方が楽しそうにピッツィカートしていたのが印象的だった。
 もちろんカンタータ好きとしてこの曲は何度も録音では聴いていた。有名な二重唱であることも知っていた。いい曲だな、とも思っていた。しかし実演で聴くのはやはり全然違う!このような天上感、多幸感を感じられるとは。BCJの名演のおかげ!まさしく至福のひとときだった。
 そしてそれが終わると一転してテノールが「ああ!私は罪の子です」と歌う落差たるや…。バッハの掌に乗った気持ち。実に劇的な音楽だ。そしてこの第3曲は鈴木雅明氏のプレトーク解説によれば、一曲を通じて「正しい」和音が全く出てこない楽曲とのこと。確かにそう言われて聴いてみるとまさしく当時の「正しい」和音ではないだろう響きが鳴りわたる一曲。テキストが自らの罪深さを告白する内容なので、「正しくない」和音で曲を作り上げているのだ。バッハの歌詞を曲にする力、先進性を感じた。
 以後の第4曲以降ももちろん素晴らしく、最終曲のコラールが閉じられると温かくも万雷の拍手。良いコンサートだった。

 今日も全ての曲目に満足だったけれど、繰り返すが一番の収穫は第78番。私のカンタータベスト3は何十年も変わらず140番・147番・182番(順不同)なのだが、それに次ぐぐらいに食い込んできたのは間違いない。ありがたい秋の収穫!BCJありがとう。

独唱者たち、演奏者たち

 ソプラノの松井亜希さん、アルトの久保法之さん、テノールの谷口洋介さん、バスの加耒徹さん、みなさんいつもながらに最高!それぞれ持ち味が全然違うが、みな素晴らしすぎる方々。

 演奏者たちもみないつもながらに素敵。オーボエの三宮正満さん、オルガンの大塚直哉さんらいつもの名手がいつものBCJクオリティを堪能させてくださる。そしてナチュラルホルンとツィンクは元N響の福川伸陽さん。以前からモダン楽器とピリオド楽器の双方を自在に吹く達人だ。音楽にモダンもピリオドもないだろうという融通無碍さがかっこいいなぁ。

大満足で帰路に就いた秋の夕暮れとなった。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?