映画、そして駐車券を探す
平日の休みは久々だった。
子どもたちは、それぞれ登校し、本当の意味で自分のためだけの休日である。
こういうとき、秘密の恋愛をしている方々であれば、2人で郊外へ、と計画されるのであろうが、私(1年以上、別居中。シングルマザー状態)と先生(同じ職場のちょっと上の上司。単身赴任中の妻持ち。物知りだから、この呼び名)は、どういうわけか、お互いの休日について、前もって予定を共有することは、ほぼない。
田舎暮らしなので、どこで会うにしても、誰かに出会いそうなリスクが高い。それに先生は多趣味な上、最近一人暮らしになってしまった、遠方の母親に会いに行くことが多いので、休日まで会ってほしいという願いは叶えられそうにない(たとえ、それらの理由が全くの嘘で、実は妻との楽しい時間であったとしても、事実を突き止めることもできないし、ましてや、ギャーギャー言える立場ではない)。
私も、居住区の自治会の会計をしている関係で、せっかくの平日の休み、役所や金融機関に行きたいな、と考えていた。
まあでも、こんな平日に1人で過ごせるのに、細々とした雑用だけで、一日を終えるのはもったいない、と、当日の朝になっていろいろ調べてみた。行きたい美術館の多くは休みだし、リフレクソロジーなんかの予約も取れそうにない。
はてさて、どうしたものか、と考えていたら、
急に思い出した。
映画……そうそう「パーフェクトデイズ」をずっと観たくて、でも観られていなかった。
でも、さすがに、もうどこもやってないだろうね、と諦め半分で検索してみたら、我が都道府県の一番都会の映画館でやっていた。しかも午前中1回のみ。映画だけ見て帰ってくれば、そのあと雑務をこなせるだろう。
心を決めた私は、今まで着たかったけれど、チャンスがなかった「都会」っぽい服を着て、そして意外と都会の方が歩くので、スニーカーを履いて、車に乗り込んだ。
普段、子どもの部活の大会でしか峠を越えない、つまり市外に行かない生活をしているので、都会に降り立つだけで、駐車場を決めるだけでも一苦労である。料金の微妙な設定の違いがあるのはわかっても、何が得なのか、さっぱりわからない。
とにかく、映画館の近くになりそうな駐車場に入る。歩いて3分、映画館までの道は、私でも聞いたことのある有名ブランド店や、銀行の大きなビルが立ち並ぶ。
映画館に着くと、チケットを購入する。9割方空席だったので、後方の端の方の席をとる。
駐車券、該当のものであれば、割引きます、
と勧められたが、全く関係ない場所に駐めたので、駐車券を見せたが、安くはならなかった。
10分前になればご案内させていただきますので、
ということで、ロビーの映画情報をくまなく見てまわる。
映画については、もうすでにたくさんの方々がご覧になっていらっしゃると思うので、ここで書くほどのことはないが、
とても良かった。
あえていうなら、映画を観ながら、何度も
ここに先生がいれば、
と思った。
先生の趣味が写真や音楽である、というだけでなく、昔からこの映画の監督さんの過去の作品が好きであることを知っていたからである。
映画のことを、私の車の後部座席で、2人で喋ったことを思い出しつつ、
もう先生は観たのだろうか、
ダメ元でも、今日一緒に観ませんか、と誘えばよかった、
と、後悔した。
暴力も性的表現もほぼなかった、あえて言うならタバコのシーンがあったくらいなので、子どもたちと観ても良かったかもしれないが、この映画を観た後の感情は、ある程度の年齢がないと、味わえないに違いない。
なんてことを考えながら、映画館をあとにした。
そして、駐車場に戻ろうとしたのだが、道に迷った。ぐるぐる同じところを回っている錯覚に陥っていた。
携帯電話は便利なもので、駐車中の車はここだよ!!と、地図で示してくれたり、経路を伝えたりするのだが、似たような立体駐車場が多く、どこだかわからない。
そうだ、駐車券を見れば、駐車場の名前がわかる!
と、駐車券を探してみると、今度は駐車券が見当たらない。
青ざめた。
駐車券がない。
記憶を辿って、駐車場を求めて歩いていくと、とある立体駐車場の料金所のところで係員さんが立っておられた。
すみません、駐車券なくしちゃったんです!
と、伝えると、どういうわけか、
ここの駐車場ですか?
と、落ち着いて返事されたので、よくよく見ると、間違っていた。平日の最大料金が、ここの方が100円安い。
間違えました!すみません!!
と、立ち去ると、そのビルの反対側にあった、私の車をとめた、つまり探していた駐車場が出てきた。
駐車券、まあなくても、平日の最大料金くらいでいけるだろうと「本部連絡先」に電話してみた。
すると、その最大料金の4倍以上の金額を支払うように、と説明された。
どうしよう。
本気で探すしかない。
駐車券を最後に見たのは、映画館のチケット売り場だ。そこから服のポケットにしまったはずなのだが、わりと浅めのポケットなのだ。
しかも、そこに携帯電話も入れていて、映画館の座席に座ってから、携帯電話を取り出して、カバンの中に入れたような……。
映画館の座席だろうか。
映画館への道順を戻りながら、その気持ちが大きくなっていった。
確信はないが、もうそれしか考えられなかった。
映画館の受付で、事情を説明すると、
今のところ、そのような駐車券の落とし物について、連絡はありません。
ご覧になられた場所は、今、上映中ですので、映画が終わり次第、スタッフが探してみますが、それでもいいですか?
とのこと。
藁をも縋る思いの私は、
それでも構いません!
映画が終わるのは、1時間後ですよね、
その頃に、またこちらに来させてください!
と、返事をした。
もちろん、必ずしもある、とは限りませんので、ご了承ください、
と、念押しされると、さらに、不安は増大した。
時間もお金も、両方失うのか……と、途方に暮れる思いだった。
映画館のロビーで待つ、という選択肢もあったのだが、さすがに悲壮感漂う客(私のこと)の姿がずーっとそこにあるのも、店にとってはイヤかも、と思い、映画館をあとにした。
このあと、最大限支払わなければならない金額を思うと、カフェでお茶するなんて気分になるはずもなく、ましてや買い物したい、などとは考えられなかった。
いつもなら、駐車券をおさめておく、内ポケットのあるカバンを持ち歩くのに、
車をどこに駐めようと、子どもたちが私を確実に我が家の車まで導いてくれるのに、
と思うと、映画の余韻も吹っ飛ぶ程の悲しみが襲ってきた。
と、おしゃれな繁華街に、似合うとは言い難い、赤い鳥居が見えてきた。
初詣で、人がごった返す、人気の神社である。
1時間、うだうだと歩くくらいなら、参拝してみるか、と神社に向かって歩き出した。
平日なので、そこまで人もいないだろう、と思っていたが、さすが都会、うちの田舎の神社の初詣くらいの人数が見えた。
女性2人連れ、建設関係者の団体、そして海外からの観光客、そうした人並みから外れるように、ガシガシ本殿へと向かっていった。
お守りも、おみくじも、今日は無しだ。
でもさすがに、お賽銭は出そう。
金額はいろいろ迷ったが、100円玉を投じた。
こんなに心乱れた参拝もない、
自分の今後、子どもたちの未来、いやいや、まずは駐車券……と、もう何も文章化されないままに礼と拍手を何回かずつ行った。
約束の時間、三たび、映画館へ。
恐る恐る受付にたずねると、今から探しに参ります、とのこと。
無理かも、いやあるかも、とぐちゃぐちゃな感情のまま、それでも平静を装っていると、
向こうから、受付で対応してくださった係員さんがやってきた。
右手に、黄色い小さな紙を持って。
まさしく、私が探していた、駐車券であった。
神よ!
と、先ほどの神社に祀られている神様というより、どう考えても西欧の神に対するような叫び声を、心の中であげ、係員さんに何度も感謝の意を述べた。
座席の間に挟まっていたそうだ。
結局、駐車料として、平日の最大料金を支払うのだが、それでも満面の笑顔で帰路についた。
予想以上の大冒険となり、スマートウォッチを見ると、よく働いた日以上の歩数を記録していた(本当にスニーカーを選んでよかった)。
子どもたちに、そして先生に、何から話そうか、と考えてしまうのだった。