過去のレコ評(2018-7)
(2018年「SOUND DESIGNER」誌に寄稿)
「Please Don't Be Dead」FANTASTIC NEGRITO
P-VINE RECORDS
PCD- 24729
このアルバムが似合う風景を考えてみた。60年代後半の白人ロックを思わせるような、骨太なエレキギターのリフとそれに絡みつくシャウトするボーカル。アメリカのハイウェイで聴くラジオだろうか。とはいえファンタスティック・ネグリートは、アフリカ系アメリカ人によるひとりプロジェクト。よく聴くとサンプリングのクラップに今のブラックネスを感じる。しかしそれ以外はフィジカルな音楽をまっとうな形で記録しているという点で、逆に今っぽくもある。泥臭い音楽を現代の優れた録音芸術に仕立てているあたりは、田舎よりは都会に似合う音楽なのだろう。今のテクノロジー社会を生きる者が「ここに今存在しないもの」を追体験すべく聴く音楽。そう捉えるのが相応しい佳作だ。
「TODAY」THE NOVEMBERS
MAGNIPH / Hostess
HSE-8042
1曲目、数秒に一度レコードノイズが入る。それはパーカッションの代わり。読者の大半はレコードノイズというものを体験していない世代なのかもしれない。ソフトシンセで昔の実機をシミュレートしたものは山ほどあるが、昨今ではマイクもギターアンプも往年の名機をプロファイルし再現している。それらはもはやプリセット名でしかない。そしてレコードノイズでさえ「そういう現象があったのをサンプリングして使っている」という認識になるのだろう。思えば20年ほど前にマックスウェルのデビューアルバムでも同じような使い方をされていたが、それとは使い方の質が違う。聴き返してみると、今回はそこにサイドチェインコンプの要素が加わっている。そこには確かな進化がある。
「ye」カニエ・ウェスト
GOOD Music
1曲目、歌詞がストレートに入ってくる。もはやラップでもない話し声。トラックはカーティス・メイフィールドの「trippin’
out」で有名な循環コード。レイドバックしたタイム感と、後半のいきなり違うキーとなるヒップホップ的編集。意識してようがしてまいが、明らかにブラックミュージックのマナーが貫かれている。アルバム全体がリアルな彼自身の吐露となっていて、正直暗い。しかしなぜこんなにキャッチーなのだろう。ひとつひとつの曲が短く、曲間がほとんどなくメドレーのように続く。違う曲に移るたびに、まるで前の曲がAメロであったかのように聴こえる。そのキャッチーさは6曲目でピークに達する。音楽的なシンプルさとメロディアスな部分がある種のクリシェとなり、彼に興味がある人もない人も楽しめる。タイトルの「ye」はカニエの「エ」でもあり「yes」にも聞こえる。その肯定感を感じる。