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短篇小説「新語・流行語全部入り小説2023」

 下心にまみれた男たちの懐に潜むなけなしの10円パンを、頂き女子が無慈悲にカツアゲしてまわるこの現代社会。そんな新しい戦前の時代に革命を起こすべく誕生した新しい学校のリーダーズには、様々な裏稼業を請け負う「別班」――ここであえて「VIVANT(ヴィヴァン)」と発音してお洒落国フランスに憧れるのをやめましょう――と呼ばれる闇の組織が存在する。これはいわば公然の秘密である。

 本家の首振りダンスに対して、別班は首狩り任務ばかりおこなっていると揶揄されることもあるが、彼女らは表舞台に立つアイドルを守るための必要悪として、業界内では黙認されている。さらに名称をぼかして、別班のことを「アレ(A.R.E)」と呼ぶ者がなぜか関西方面に多い。またアメリカの大富豪が別班を買い取って「X(エックス)」に改名したがっているようだが、これはすでに不評だと聞く。いずれにしろ別班とは、それほどまでに正体を秘するべき存在であるということだ。

 黙認されていた事実(性加害)がついに表面化したといえばジャニーズ問題であるが、その会見において配られたNGリストにも別班メンバーの名前は掲載されていた。もちろん全員本名ではなく通り名であるが、それこそが彼女たちが怖れられている証拠でもあった。

 ちなみに彼女らは5類の欄に掲載されていたが、4類の欄には藤井八冠の名が見られたという話もある。分類の基準は明確にはわからないが、新型コロナの例を鑑みれば5類よりも4類のほうが危険度が高いということになる。彼の知略が昨今いかに警戒されているかということの証左であるかもしれない。

 別班のリーダー、つまり〈新しいリーダーズの別班のリーダーズのリーダー〉は「エッフェル姉さん」と呼ばれている。彼女はフランスからの帰国子女であり、ずば抜けた射撃の腕を持っている。一説によればエッフェル塔のてっぺんから、ヴェルサイユ宮殿を散歩しているルイ14世の首元のひらひらのうちのひとひらをピンポイントで射抜いたとも言われているが、これは明らかに時系列が間違っているため信用できぬただの一説である。

 ちなみに別班を「VIVANT」と発音したのはフランス帰りの彼女の提案で、ほかに誰も真似する者はいないが彼女だけは常時無理にそう発音するため、いつ見てもその下唇は鮮血にまみれている。

 その他のメンバーはいずれも通称で「ちょんまげ小僧」、「観る将」、そして生成AIによって生み出された「スエコザサ」の3名。計4名の少数精鋭による組織となっている。

 ちょんまげ小僧は浪人稼業の闇バイトから這い上がった苦労人で、昨今の地球沸騰化に耐えきれず、いっそちょんまげをざん切り頭にして文明開化の音を鳴らしてやろうかと目下お悩み中である。もちろん闇バイト用語における「叩き」=その剣術のスキルに間違いはない。

 観る将は無類の餃子好きで餃子の王将へ通うのが趣味だが、彼は店を訪れてもけっして餃子は食べず観る専門であるためにそう呼ばれている。

彼は厨房まで何食わぬ顔でするすると入り込むステルスの能力を持ち、調理人らが「ひき肉です!」の一声とともにまな板の上に持ち込まれたひき肉にマジックパウダーをまぶす凄技「ペッパーミル・パフォーマンス」をひそかに見学するのを史上の悦びとしている。WBCで活躍したラーズ・ヌートバーも、王将でのアルバイト経験からあのパフォーマンスを盗んだに違いないと彼は睨んでいる。

 スエコザサは生成AIによって生み出されたVRキャラクターであり、ネット上を暗躍してあらゆる情報を盗み取る。その名の由来は謎に包まれているが、開発者に近い者の発言によれば「スエコ・ザ・サード」を略したものであるとの説が濃厚である。つまり「ルパン3世」ならぬ「スエコ3世」というわけで、苗字ではなく名前のほうを代々受け継ぐパターンがリアルかどうかは疑わしいが、いかにも彼女の怪盗っぷりにふさわしい名前ではあるだろう。

 そんな別班のリーダーであるエッフェル姉さんのもとに、WEB上をパトロール中のスエコザサから緊急連絡が入った。あらゆるSNS及びネット掲示板を巡回のうえ、個人のLINE及びダイレクトメッセージまでハッキングしたところ、4年ぶりの声出し応援が解禁された新しい学校のリーダーズのライブ会場に、まもなくOSO18が現れるという不穏な情報をキャッチしたというのだ。それはアーバンベアと呼ばれる都会に降りてきた熊の通称であり、そんなものがすし詰めのライブ会場に入場してきたら大惨事になるのは目に見えている。

 まずはエッフェル姉さんが、電動キックボードを走らせる。そして家でのんきに文明の味かすていらを味わっているちょんまげ小僧を拾ってうしろに乗せると、今度は餃子の王将へ寄って絶賛ペッパー・ミル見学中――すなわち「ペッパー観る」状態――の観る将までもその細いボード上に無理やり乗っけてやる。1台に3人というこの限界を超えたライドシェアはまさに来たるべき2024年問題と言えるが、むろんオーバーツーリズムにより渋滞中の都市部を走り抜けるにはこれがベストな選択肢と心得てのことだ。一方でVRスエコザサは、各地の防犯カメラ及びドローンの空撮映像からOSO18の現在地を特定する作業に入った。

 派手に後輪を滑らせた別班の3名が電動キックボードを鮮やかに乗り捨て、裏口から会場内へと突入する。駆け上がった二階席からオールスタンディングのフロアを見渡すと、パフォーマンス中の会場内ではステージ、客席ともに首が何度でも左右にズレまくっているものの、特段の混乱は見られないようだ。しかし後方にいる一人の周辺にだけ、不自然に一定のスペースが空いているのが見えた。

「なんか変なのがいるわね」

 真っ先にその異変に気づいたのは、やはり高所からの観察力に定評のあるエッフェル姉さんであった。黄色いスーツに赤いパーマヘアの人物が、なにやら腰のあたりに組みあわせた両手から前方へ波動を送るようにして、周囲の観客をしきりに遠ざけている。

 場内にまだ熊の現れる様子はないが、迷惑行為をおこなっている観客を放っておくわけにもいかない。別班のメンバーはフロアに降り立つと、この人物を囲い込んでひと息に取り押さえた。そこへ別班各自のイヤホンへ、スエコザサから緊急連絡が入った。

「そちらへ向かっているのはOSO18ではなく、新種のOSO59である模様です!」

 これは大変なことになった、とエッフェル姉さんは思った。そういえばOSO18の「18」とは、いったいなんの18であったのか。18が59に増えるとしたら、何かが3倍以上に膨れ上がっているということになる。

「OSO18の『18』とは、熊の足跡の幅18センチから来ているとのことです。ちなみに体長は2.1メートル、体重は330キロと報告されています。繰り返しますが、いまそちらに接近しているのはOSO59、OSO59! 追跡中のドローンの位置情報によると、正確には向かっているのではなく、すでに会場に到着している模様です!」

 もしも足のサイズと体の大きさが比例するとすれば、その熊の体長は6メートル以上、体重はおよそ1トンにまで及ぶことになる。そうなればもはや怪獣だが、さすがにそんな巨大生物はこの会場内には見あたらない。そもそも入口の時点で入れないだろう。

 そうしてエッフェル姉さんが思考を巡らせている間にも、組み伏せた膝の下では赤い長髪が何やらしきりに呟いている。押しつけた脛に感じる骨の太さで、それが男であることが初めてわかった。

「オッス、オラ悟空!……オッス、オラ悟空!……オッス、オラ悟空!」

 どうやらこの男は、なぜか野沢雅子の格好をして『ドラゴンボール』の孫悟空のモノマネをしているらしく、その声はたしかに驚くほどそっくりであった。漫画のキャラクター本体ではなく、その声を担当した声優の格好をしてキャラクターを演じるというねじれた構図が、ある種の狂気性を感じさせる。だが彼が熊でも身長6メートルでもないのは明白であった。

「ハイハイ、あんたの推しの子が悟空だってのは、もうわかったよ」

 エッフェル姉さんがそう言って男を黙らせると、その赤い髪色に文明開化を感じたちょんまげ小僧が、男の発言を自称・令和のペリーから学んだばかりの英語に翻訳してみせた。

「Ossu Ora Goku……OSsu Ora Goku……OSsu Ora 59……OSO59!」

 それは英訳でもなんでもなく、単に日本語をローマ字に置き換えてみたり、駄洒落を用いて発音を数字化してみたりしたに過ぎなかったが、どんなときにもまぐれ当たりというものはあるものらしい。

「お前……さては熊なのか?」

 それまで特に押さえる必要のない男の耳を、好きな餃子に似ているからというだけの理由で二つ折りにして押さえつけていた観る将が、ようやく見えてきた答えから遠ざかる的はずれな質問を突如ペッパー・ミルのように振りかけた。すると赤髪黄スーツの偽悟空は、

「I'm wearing pants!(アイム・ウェアリング・パンツ)」

 と、これまた的はずれな答えを返した。どうやら自分はこうしてきっちりパンツスーツを着用しているのだから、熊のはずはなく人間に決まっているだろうと言いたいらしい。やはり思考回路のねじれた男ではあるようだ。

 だが結果、男のこの回答が彼をOSO59と特定する決定打となった。そしてそうと判明した途端、別班の3人は、相手が夢中になって追いかけていた熊ではなくただの人間だとわかった瞬間に興味を失うという、いわゆる蛙化現象に見舞われることになった。まもなく別班はすぐさま男を解き放ち、好きなようにかめはめ波を打ち放題にさせて帰宅した。

 もちろんイヤホンの向こうではVRスエコザサも呆れかえっており、今回の件は総じて別班のY2Kに終わったというほかない。Y2Kとは「やっつけ」すなわち「やっつけ仕事」を示す隠語である。

 以上、まるでチャットGPTで書いたような展開の文章と思われるかもしれないが、これは間違いなく人力の尻文字によって記された小説に、王将秘伝のマジックパウダーをまんべんなくまぶしたものである。

《新語・流行語大賞2023 候補語一覧》

  1. I'm wearing pants!(アイム・ウェアリング・パンツ)

  2. 憧れるのをやめましょう

  3. 新しい学校のリーダーズ/首振りダンス

  4. 新しい戦前

  5. アレ(A.R.E)

  6. 頂き女子

  7. X(エックス)

  8. エッフェル姉さん

  9. NGリスト/ジャニーズ問題

  10. オーバーツーリズム

  11. 推しの子/アイドル

  12. OSO18/アーバンベア

  13. 蛙化現象

  14. 5類

  15. 10円パン

  16. スエコザサ

  17. 性加害

  18. 生成AI

  19. 地球沸騰化

  20. チャットGPT

  21. 電動キックボード

  22. 2024年問題/ライドシェア

  23. ひき肉です/ちょんまげ小僧

  24. 藤井八冠

  25. ペッパーミル・パフォーマンス/ラーズ・ヌートバー

  26. 別班/VIVANT(ヴィヴァン)

  27. 観る将

  28. 闇バイト

  29. 4年ぶり/声出し応援

  30. Y2K

※本文中には、新語・流行語の意図的な誤用が含まれております。各自正しい意味をお調べになることをお勧めします。
※この小説は、新語・流行語大賞の候補語30個すべてを本文中に使用するという、きわめて不純な動機でのみ書かれたフィクションです。

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