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短篇小説「あの店は子沢山」

 うちの店には優秀な「子」がたくさんいる。子沢山という意味ではない。なぜならば主語は親ではなく店であるからだ。もちろん子供が働いているという意味でもない。そんなことをして労働基準法を堂々と犯すわけにもいかないし、その必要もない。みな立派に成人しており、その親ではなく本人と正式な社員契約すら結んでいる。
 すべてのはじまりは店頭に立つ売り子だった。そのころ彼女以外の店員たちは、誰ひとりとして「子」とは呼ばれていなかった。しかし店のバックヤードで棚卸しをしていた店員らには、それが不満であった。なぜ彼女だけが「子」と呼ばれ、上司から可愛がられるのか。
 たしかに売り子は表に出る商売であるから、店員の中でも特に見た目の良い者が選ばれてはいた。そして店長や客から彼女が可愛がられているのは、やはりその見た目が良いからであるに違いなかった。
 しかしほかの店員たちはそれを素直に認めるのが口惜しく理不尽に思えたので、すべては彼女の呼び名に可愛い「子」の字が授けられているせいだと思うようになった。実際のところ店長も常連客も、彼女のことを名前ではなく「売り子さん」と呼んでいた。
 ある日、店頭で商品の棚出しをしている若い女性店員に、バックヤードから運んできたダンボールを受け渡したベテランの女性店員が「出し子さん」と呼びかけた。商品を売る人間に「売り子」と呼ばれる権利があるのならば、商品を棚に出す人間に「出し子」と呼ばれる権利も当然あると考えたからだ。
 突然そう呼ばれた女のほうは、その音を「出汁子」と頭の中で漢字変換してしまったがゆえに、ひょっとして自分の体から何か美味しい匂いでも漂っているのだろうか、そういえばお昼休みに蕎麦屋の出汁巻き卵は食べたけど、あの程度でにんにくのように全身からその匂いが噴出するはずもないし――と混乱の表情を一瞬浮かべた。
 しかし改めてそう呼ばれた自らの状況を冷静に分析してみると、先ほどから自分はずっと棚出しという行動を続けている。そこに気がつくと彼女はその音を「出し子」と変換し直すことで、新たな呼び名を素直に受け容れることができた。さらにはそう呼ばれることでようやく自分も売り子と同等の立場になれたような気がして、彼女は元気な笑顔でその呼びかけに応えさえしてみせるのだった。
 こうなるともう止まらない。その店の誰もが互いのことを、相手がおこなっている仕事上の動作に「子」をつけて呼びあうようになった。
 しかしひとりで複数の役割をこなす店舗業務における行動に、そこまで各人の違いはなかった。売り子とて、単に客からの評判が良いから彼女の店頭に立つ回数が自然と増えているだけで、彼女が休みの日や店頭に人手が足りない場合はほかの店員が売り子をすることもあったし、逆に閑散期には売り子がバックヤードの作業をやらされることもあった。
 つまり時間が経つにつれて、誰もが売り子と、そして誰もが出し子と呼ばれるようになってしまったというわけだ。そうなってしまえば誰が何子だかわからず、と同時に誰もが何子でもあって、まもなく「出し子さん」と呼べば全員が一斉に振り向く事態になってしまった。
 そこでいったんは、「その名に反応して良いのは、いま現在従事している作業にふさわしい場合に限る」というルールをなんとなく設けてはみたのだが、それでも同時に棚出しをしている店員が店内に二人いれば、呼び分けは不可能になってしまう。
 こうなると呼び名が細分化するのは当然の流れだ。それはつまり作業の細分化を意味した。
 たとえば同じ棚出しの作業でも、その中には何段階かの動きがある。ならばバックヤードから商品を持ってくる人は「持ち子」、そのダンボールを開ける人は「開け子」、そこから商品を取り出す人は「取り子」、そしてその商品を棚に並べる人は「並べ子」というように、それぞれ呼び分けすることが可能だ。
 そしてその呼び名を各人に定着させるには、それ以外の動作をけっしておこなわないという約束が必要になった。おかげでこの店では、極度な分業制が進んだ。ダンボールを開ける作業と畳む作業ですら、別の人間がやらなければならない。そのうちに、「動作が細かく限定的であるほど、『子』をつけて呼ばれたときに可愛い」という謎の価値観までが生まれ、店はたちまち人手不足に陥った。

 ――現在当店では、アルバイトスタッフを募集しております。募集職種はいまのところ、「読み子(レジでバーコードを読み込む仕事です)」「切り子(レジから飛び出してきたレシートを手で切る仕事です)」「渡し子(レジでお釣りを渡す仕事です)」「投げ子(来店したお客様に挨拶の言葉を投げかける仕事です)」「書き子(宅配便伝票に、受け取りのサインを書く仕事です)」「剥ぎ子(ダンボールのガムテープを剝がす仕事です。ダンボールを組み立てることも、逆にガムテープを貼ることもありません)」となっております。そのほかにも応募者様の側でもし思いついた業務があれば、必要によって随時採用いたします。いずれも誰にでもできる、簡単なお仕事です。勤務日、時給応相談。奮ってのご応募、お待ちしております!


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