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Tokyoの中心で、チルアウト
彼女の旅立ちの前途を祈り、別れをうら寂しくあじわったチルアウト。
行きたい場所に向かうのでなく、やりたいことをするのでもなく、欲しいものを買ったわけでもない。Tokyoをそれぞれの五感で堪能し、その少しばかりをぽつりぽつりと言葉にして共有した、3時間半のできごと。
Chill out(チルアウト)…Hang out(ハングアウト)の代わりに、使うことば。もともと“ゆっくりする”と言う意味から来ているため、活発な遊びというよりは、まったりとしたイメージ。カフェでお茶したり、ゆったり散歩したり。
「どこか行きたい場所、おすすめのお店はありますか?」
「『インドカレーの中で一番美味しいと思ってる』と、友だちにおすすめされた銀座にあるカイバルというお店が気になってます」
そんなLINEを交わし迎えた当日。天気は風もおだやかな春の陽気。彼女と会うときはいつも晴れているから、きっとどちらかが晴れびとだ。
あとで渡そうと思いクッキーを焼いていたら家を出るのがギリギリになってしまい、ちょっと遅れるかなあ、と思っていたら彼女からLINEがきた。
「すみません!10分ほど遅れそうです」
「大丈夫です!私も同じこと言おうと思ってました」
路線検索をしたら、少し余裕をもって着くことはわかっていたのだけど、私も遅れることにしておいた。彼女にのんびり来てほしいと思ったから。
* * *
「本日のカレーの、辛口は○○で、中辛は△△で、マイルドは××で~」と、店員さんが説明してくれたすぐ後に彼女に質問した。
「いまなんて言ってました?」
記憶力には自信がある。歴史の授業でならった人物やできごとはテストで間違え知らずだし、ポケモン151匹だってすぐに覚えた。だけどレストランでのメニューの説明だけは、不思議と右から左に抜けてしまう。
「わたしも忘れました!」
また気が合ってしまった。松浦弥太郎さんの本をふたりともよく読んでいたり、好きなおにぎりの具が一緒だったり、自然が好きだったり。気が合うとは思っていたけれど、何もこんなところまで一緒じゃなくてもいいのに。
彼女のおすすめのタンドリーチキンよりも、色とりどりの3種のカレーよりも、濃厚な味が舌の味蕾(みらい)から脳漿(のうしょう)まで突き抜けたのは、黄金色の液体したたるチーズクルチャだった。
チーズクルチャ。字面もいいし、音の響きもいい。とろ~り伸びるシズル感だけでなく、独特なチーズの匂いやクルチャのもちもち感もたまらない。五感すべてで魅了されてしまった。
偶然の出会いは記憶につよく残る。
はじめて行った町に探していた欲しいモノがあったり、気まぐれに曲がった道でお気に入りのお店を見つけたり、電車のなかで高校の同級生と再会したり。
東京のレストランでばったり出会った、インド料理のパン。
予想外に発見したすてきなパンと、五感のときめき。気の合うひとと食べたごはんの美味しい記憶は、いつまでも忘れない。あたまじゃなくて、こころとカラダが覚えているから。
* * *
銀座から足をのばし訪れたのは、できたばかりの東京ミッドタウン日比谷。
豪華絢爛とは、まさにこのこと。至るところにあふれる、開店祝いに贈られた胡蝶蘭。ふかふかのじゅうたんに、余所行きの洋服に身を包みオシャレしたひとびと。The Tokyoという感じ。
ふらっと寄ってみたが、どこか居心地が悪かった。
この場所に欠けているものがあったわけではない。むしろ完璧なくらいに整っていて、きれいで美しい。ただ私たちが求めていたのは、欠けているところや歪(いびつ)さがあってもいいから、自然なところだった。
気分によって、同じ場所が全然違うように見える。
一流のシェフが作った上品な料理だけでなく、鉄板や炭火で焼きあげられたB級グルメも、ちいさい頃にお母さんが作ってくれたシンプルな味噌汁も。食べものにはそれぞれ異なる美味しさがある。
同じように、過ごす空間に感じる心地よさも、そのときどきの気分よってちょうどよいものがあるような気がする。過不足ないちょうどよさ。
チューリップやシャガの花が咲き乱れる、ふたりが求めていたこころ安らぐ場所がすぐ目の前にあった。
「東京にもこんなところがあったんですね」
と、銀座で働いていた彼女が言った。
自然ゆたかな環境で育ち、さいきんは山に登ることに夢中な彼女。ことばにしなくても、いきいきし出したのが隣にいて感じられた。
パシャ、パシャ、パシャ。
買ったばかりのあたらしいスマホで楽しそうに写真をとっている。
「見てください、わたし天才ですね」
すぐ調子にのるところが、なんともかわいらしい。自由きままにのびのびと、これからもいてほしいな、と思った。のんびりマイペースなのが、彼女らしくていいところだから。
まだ時間があったから、東京駅まで丸の内をぶらぶら歩いた。
ゆっくり歩きながら、思いついたことを話したり話さなかったり。
ひとりでいる時より自分らしくいられ、自分のやさしい面がでるひとが何人かいる。彼女もそのひとりで、そういうひととは沈黙が苦にならない。
価値観が近くて似ているところはあるだろう。
だけどたとえ気が合うといっても、相手がなにを考えているかは永遠にわからない。
ただそのわからないことについて、ほんとうに知りたくなったら聞けば教えてくれるし、伝えたいことがあれば言ってくれる。
そういう信頼感があるから、安心してぼーっとしていられる。
* * *
物理的に距離が離れるから、もう滅多に会うことはない。
それぞれ忙しい生活のなかで、相手を思い出すこともほとんどないかもしれない。(そう思うとちょっと寂しいけど)
そんななかでも何かの拍子に顔が浮かんだり、東京で過ごした日々に思いを馳せることがあったりしたら嬉しいなあ、と思う。
制限があるから、大切に思えることがあるのかもしれない。
大きな夢や目標のすくない私に、将来のたのしみごとが珍しくできた。いつのひか、彼女と一緒にチーズクルチャを食べたりしながら、まったりした時間を過ごすという。
また会う日まで、元気でいようと思います。
半年まえに彼女と散歩したときの日記もおすすめです。
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