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1万人のライブと100人のライブ

学園祭が近づき、準備のために皆が残る。

クラスの中心となるグループはワイワイ楽しそうにテキパキと作業を進める。
行事に興味を持たない子たちは巻き込まれる前に「関係ないね」って顔してそそくさと帰る。

興味はあるのに輪に入ることを拒絶し、ちょっと離れたところでまごまごしているだけの子がいる。
これが今の僕なんだろう。

10月22日、3度目となる田村ゆかり嬢のライブ「Meet Me?」に参戦した。
今回も同居人に強く勧められての参戦ではあるが、初めてチケット代も自分で出したので、行きたかったんだろうとは思う。

8月末から「点染テンセイ少女。」というアイドルグループにハマり、池袋にある小さなライブハウスにちょくちょく出没しているので、ゆかりんクラスの大規模なライブなら平常心でのんびり楽しめるだろう。
家を出てから帰ってくるまで同居人に全てを任せて、ライブ中は周りに合わせてペンライト振ってればいいんでしょ?余裕余裕。

なんて思ったからバチが当たったんでしょうなぁ。

かなり早めに横浜へ到着し、のんびり昼飯を食べている最中に、同居人の大チョンボが発覚。
必須の身分証明書を持ってこなかったらしい。

「今日のライブは身分証明書が必要だから免許証はちゃんと持ったか?」

家を出る前に同居人に注意を受けていた。
財布に免許証を入れっぱなしの僕は生返事をしていたが、ちゃんと「自分こそ持ったのか?」と確認するべきであった。

慌ててタクシーに飛び乗り、横浜駅からぴあアリーナMMへ向かう。
身分証明書確認列に行き、保険証を提示しながら事情を説明するも
「こちらで出来ることはなにもありません」
と、にべもない返事。

100%こちらが悪いのはわかっているが、もうちょっと言い方ってもんがあるだろう。なんて怒りも沸く間もなく、急ぎ駅へ向かう。往復時間は3時間近く。
ここで思い浮かぶ選択肢3つ。

ひとつ。二人してしょんぼり帰る。
ふたつ。二人して帰って身分証明書を取って戻ってくる。
みっつ。僕だけ先に会場へ入り、同居人は急いで帰って免許証を持ってくる。

駅まで10分ほどの距離を急ぎ足で進みながら、選択肢がグルグル回る。
正直しょんぼり帰りたい気持ちでいっぱいだが、チケット代1万円はもったいないし、空席を作るのはファンにもゆかりんにも申し訳ないし、一年ぶりにゆかりんに会いたいし、チケット代1万円はもったいない。
一緒に帰って最後の30分ぐらいでも観ることが出来れば御の字かなぁと思っていたが、同居人は「もちろん残って先に会場に入るでしょ?」という感じで荷物を僕に預け、涙目で改札へと消えて行った。

ゆかりん柄のトートバッグ(缶バッチ付)を持って、ゆかりんのTシャツを着て桜木町の改札にたたずむ中年の小太り男性。
まるでゆかりんの大ファンみたいじゃないか。

いや、間違ってはいないんですけども。

近くの喫茶店へ飛び込み、WEBチケットを同居人からLINEで受け取る。
これから僕がすべきことは、アプリを入れてチケットを受け取り、会場へ行って身分証明書を提示し、列に並んで入場。
席を見つけて荷物を置いて、ペンライトを準備して周りの人に合わせて楽しむ。
もちろん全部ひとりでやらなければならないらしい。

新しい体験なんて何一つしたくないんだ!

いつからこんなに消極的な子になってしまったのだろう。
10代前半のころは野球観戦にハマり、年間何十試合も神宮球場に通っていた。
応援団近くの席を陣取り、2回の裏には声が涸れるほど大声を出し、あっという間にメガホンは叩き壊しガムテープで補修して使っていた。
20歳前後のころは、サークルやイベントスタッフなどの中心にいて、皆を引っ張っていくような役割をすることが多かったし、社会人初期のころもお調子者で通っていた。

いつの頃か、幼少期がそうであったように、引っ込み思案で人見知り。外食だってチェーン店がいいし、通っていた美容院がつぶれて、10年以上美容院迷子になり、ここ一年は美容院に行くことすら放棄。勝手知ったる場所でしか過ごせない残念な大人になってしまった。
テレワークが全部悪いってことにしておこう。

兎にも角にも喫茶店で時間をつぶす。
開場が16時で開演が17時。
早く行き過ぎても遅く行き過ぎても僕的には大問題。
多分、普通の人なら全く必要ないことで頭を使う。
若干余裕をもって30分前に現場へ到着すれば問題ないだろう。
タバコをふかしながら読んでいる小説は頭に入ってこない。

何度も何度も時間を確認しながらぴあアリーナMMに到着。
予想以上に長く伸びた確認列にドキドキしながら並び、なるべく周りと同じタイミングで免許証を財布から出し受付完了。そのまま入場までスムーズにこなす。

チケットの番号を何度も何度も確認しながら座席へ向かう。
僕の席は、最近よく行くライブハウス二つ分最後尾ぐらいの場所。花道がすぐ横にある。怖くて振り向けはしないが、多分かなり前の方のいい席のようだ。

開演まで20分。
トイレに行き、喫煙所を発見し一番奥で縮こまる。
吸いたい気分でもないタバコを2本消費し、席にもどって10分前。まぁ上々だろう。
ペンライトを取り出し、点灯するのを確認。
もう一本は同居人が来たときにすぐ取り出せるよう、ゆかりんだらけのトートバッグの一番上に置く。
ピンク色に染まった会場で、携帯電話を取り出していいかもわからず、キョロキョロすることも出来ずに誰もいないステージを見続ける。

17時はだいぶ過ぎたんじゃないか?と思ったころに場内は暗くなる。
薄闇の中ぐにぐに動き始めたライトに注目していたらいつの間にかライブは開始したらしい。気が付いたらステージ中央にゆかりんが鎮座していた。

ペンライトが加わり一層ピンク色に染まる場内。
周りの真似をしながらペンライトを動かしていたら、あっという間に2曲が終わりMCが始まる。

「やりたくないよー。もう終わりにしようよー。ね?やりたくないでしょ?」
振り返り、バンドだけでなく、袖下にいるであろうスタッフにまで声をかけてグダるゆかりん。

わかる気がする。
何もしなければ心を動かされて気疲れすることもなく平穏でいられる。
始まったらちゃんとやらなければいけないし、ちゃんと終わらせなければならない。
何もなければ、なんでもない一日がただ過ぎて行くだけだもの。

「今日はもう終わりにしよう!」
なんてわけにもいかず(ファンは許してくれそうな気がするが)、楽しそうにライブは進行していく。
幸い同居人は早い段階で戻ってきた。

これまた幸いなことに、隣の席の人が、激しすぎず緩すぎずライブを楽しんでいる方だった。僕は自分の席内で出来る限り後ろに下がり、常に彼を視界に入れながらペンライトを振れたので、比較的ライブに集中することが出来た。

去年より早く時間は過ぎていき、あっという間に終盤へと差し掛かる。
「終わっちゃうのかぁ…。終わらせたくないなぁ…」
さっきと逆のグダり方をするゆかりん。
わかる。
やりはじめたら楽しいんだもん。
時間はあっという間に過ぎ去るし、はじめるまで億劫であればあるほど、終わらせるのは寂しい。

「どうする?演る?」
ファンにゆだねる姫。拍手で答える王国民。
「そっかぁ演った方がいいのかぁ。意外。そうだよねみんなご飯とか食べたいもんねー」
ちょっと寂しそうな姫。
違うんだよ。みんないつまででもずっと演ってて欲しいんだよ。



「席を区切っているライブあるんだよねー。この区画は騒ぎたい人用のサファリパーク、この区画は彼氏面とかね。腕組んでウンウンなんて言ったりしてねー」
MCで楽しそうに話していたゆかりん。

是非、棒立ち区画を作って欲しい。

僕みたいに音感も運動神経も千切れまくっていて周囲に溶け込めないくせに、溶け込んでいるフリはしたいという残念な人用に、ステージが見えるのか見えないのかわからんような場所に10席ぐらいあると大変助かる。
家でライブDVDでも見てろよって言われそうだが、やっぱりね。生で聴くと全然違うのよ。楽しいのよ。

棒立ちしていても周りは気にしないし、勝手に突っ立ってろよって声が聞こえてきそうだが、気になっちゃうもんは気になっちゃうんだもの。
あの残念席の人たちはアレで楽しんでるんだなーって思って生暖かく見てもらえる席があれば、心置きなく楽しめると思う。

や、もちろん無くていいんだけどね。

今日、池袋のサウンドピースという小さいステージで、点染テンセイ少女。のライブを散々悩んだあげく飛び込みで観てきた。
いっつも当日券で損しちゃう。
100人いるのかな?というステージを観終わった後、大好きな、ものすごく好きな推しさんにとんでもなく失礼なことを言ってきた。

「やっぱりライブが苦手です。早くもっと大きなステージに立ってください」

そんなの本人たちが一番望んでいることだろうし、そのためにものすごく努力をしているはず。
歌のことなんかなんもわかんないけど、初めて観た時や初期のころの楽曲よりクオリティが上がっていってるもん。
抜けた子も、新しく入った子も、ずっといる子たちも皆魅力的で、僕にはなんで大きくならないのかさっぱりわからないし、どうやったら大きくなるのかもさっぱりわからない。
供給過多なのかなーとも思うし、業界的に外に広がりにくそうだなーとも思うがやっぱりわからない。

着実に動員は増えているようだし、見る目がせっかち過ぎるとは思う。
まさに爆発する瞬間にいるのかも知れないしね。
そうだといいなぁ。

観れば観るほど、魅了されれば魅了されるほど、視覚と聴覚に全部もっていかれて棒立ちになっていく僕。

1/10000ですら気になってしょうがないのに、1/100だと気が気じゃない。
多分、向日葵のような優しい笑顔で「自分の楽しみたいように楽しめばいいんだよ」って言ってくれると思うし、僕だってそんな奇特な人がいたら「気にしなくていいじゃん。とりあえず楽しみなよ」って言うと思う。
でも、わかっててもダメなんだよね。

今回のゆかりんのライブ、振り返った時に見た1万本のピンクのペンライトが揺れ動く様はとてもキレイだった。
ステージ上から見る風景は想像を絶するものだろう。
ゆかりんには、なるべく長く17歳のままあの風景を見続けて欲しいし、推しさんたちにも是非あの風景を見て欲しい。
そうなれば、僕も今よりちょっとだけ手汗の量も減って、すみっこの方でゆらゆら動いていられると思う。

「頑張れ!」なんて無責任なヤツが言う言葉だ。
と、どこかで聞いたことがある。
一面としては正しいと思う。
けど、やっぱり「頑張れ!」って言いたい。僕も一緒に頑張るから。
なにを頑張ればいいかわかんないけど。

と、いうことで、メンヘラおじさんってどうしようもねぇなってお話でした。
二日間、気持ちが忙しかったけど楽しかったなぁ。



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